2016年8月 『マッターホルン』 August 2016 "Matterhorn, The Fricle Mountain"
ツェルマット1日目 この日は、マッターホルンの登山基地、ヘルンリ小屋まで登る予定であった。しかし、昨日のこと、シャモニーからツェルマットへ移動後、すぐにツェルマット・アルパインセンターを訪ね、得ることができた山の情報は、「明日のガイドツアーは積雪のため中止。ガイドはキャンセルになりました。2-3日は難しいのではないか」との回答であった。予期していたものの「ガクッ」。

この日はハイキングとする。ツェルマットの町は早朝霧に包まれていたが、ゴルナーグラートへの登山電車は朝から満員。電車が高度を上げていくと、途中から霧がなくなり、青空と山々が広がった。満員の電車内に歓声がこだました。「あの山」が聳えていた。
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「美しすぎる!」

ゴルナーグラートからはゆっくりと山道を降った。目の前にはずっと「あの山」が立っている。リッフェルゼーに映し出されるその姿は、・・・・、「美しすぎる、・・・・・」
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「あの山」は周囲のアルプスから隔絶されて一人で立ち上がっている。「孤高の巨人」といわれるゆえんだ。緑の森をとおしても、「美しすぎる、・・・・・・」
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エーデルワイスとのツー・ショット、「美しい!」
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こんなに惚れているのに、「あの山」がこんなにも気まぐれで、私の心を翻弄するとは、・・・・・・・

ツェルマット2日目 晴天。予定では今日がマッターホルン登頂日。朝一番に、またアルパインセンターを訪れた。「明日はマッターホルン・ガイドが行われます」とのこと。一瞬喜んだが、「あいにくガイドは予約でいっぱいです。キャンセル待ちも難しい状況です。明後日であれば予約可能です」と告げられた。さらに「明後日は天候が崩れる予報で、中止の可能性もあります」とのこと。奇跡を信じて、明日のガイド・キャンセル待ち、そして明後日のガイド確保をお願いし、頻繁に連絡を取り合うこととした。

少しでもマッターホルンに近づいておいたほうが有利と考え、この日はシュヴァルツ・ゼーまでゴンドラで上がり、終点にあるシュヴァルツゼーの山小屋に泊まることとした。
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シュヴァルツゼーから見上げる「あの山」からは、「威圧感」を感じる。「恐怖感」さえ覚える。周囲をハイキングした。美しい。しかしマッターホルンを眼前にした待ちぼうけに、心は晴れない。
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ツェルマット・アルパインセンターとのやり取りで、結局、「明日のキャンセル待ちガイドは無理。明後日の予約はOKであるが、天候次第」とあいなった。インターネットの天気情報でも「明日深夜から雪、明後日は午後から吹雪」。登頂は困難な状況だ。大きな葛藤が始まった。命のかかった登山である。「行くべきか、諦めるべきか?」、「大丈夫か、危険すぎるか?」、「高額のガイド料金を取り戻しておくべきか?」、・・・・、もうこの山の姿を見るのも鬱陶しくなってきた。
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日が沈むころ、ゴルナーグラート氷河の向うのモンテ・ローザは夕映えに赤く染まり、残照が「あの山」を照らした。
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。「チャレンジもしないで撤退はいやよ」の衣子の言葉で、どんな天気であろうと、マッターホルンに登ることを決心した。

ツェルマット3日目 予定では下山日というのに、我々はまだすそ野にとどまったまま。晴天の空に上った太陽が、マッターホルンを赤く染めた。今日は多くの登山者がもうあの壁を登っているのだろう。悔しいなあ!
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ヘルンリ小屋まで登り、まずは取り付き口の偵察を行った。登り始めは垂直の壁だ。
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ヘルンリ小屋での夕食の時、ガイドのヨハン、イヴォンヌと顔を合わせ、食後、装備のチェックを受けた。夜半起きだしたとき、星が見えていた。もしかして、・・・・、・・・・

ツェルマット4日目 3:40am起床、4:00am装備すべてを整えて朝食。4:20am小屋を出発した。我々以外には、若い男女二人組だけが後ろに続いた。曇っているが視界は良い。風も微風で暖かい。マッターホルンでは、ガイド一人に、客が一人の一対一。私はヨハンとロープで結ばれ、ヘッドランプの灯りのみをたよりに、岩壁を攀じ登り始めた。凍った雪渓では緊張を強いられたが、恐怖感はあまりない。

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しかし、我々のマッターホルンは4時間で終わった。3940mまで登ったところで吹雪。ヨハンから「この天候、君たちのスピード・技量ではここまで!」と、下山を指示された。ヘルンリ小屋に帰着したのは8:30mだった。ただただ無念、無念。たしかに下りではすでに雪が3センチほど、もう積もっており、岩はスリップしやすかった。危険であることは百も承知だが、「まだ登れたのではないか、もっとチャンスがほしかった、昨日の天気だったら・・・・・」と無念の思いがこみ上げた。移り気で気まぐれな山に翻弄され続けた4日間。それでも、未練が残る。
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# by kobayashi-skin-c | 2016-08-26 23:58 | PHOTO & ESSAY | Trackback | Comments(0)
2016年8月 『アルプスの女王、モンブラン』 August 2016 "Queen of the Alps, Mont Blanc"
シャモニーの町に来るのはこれで4度目。今年の4月、オートルート(山スキーの縦走)へ来たばかりであったが、今回の目的はツェルマットから登るマッターホルンであり、シャモニーから登るモンブランはあくまで高所順応の訓練のため。昨夏のモンブランは、熱波による落石事故多発のためグーテ小屋コースが閉鎖となり、三山縦走コースでモンブランに初めて登頂した。なかなかの難コースで登頂の歓びはひとしおであった。

今年、高所順応に訪れたエギーュ・デュ・ミディからふたたび昨年のコースを見上げたが、クレバスだらけのあの斜面をよくも登れたものである、とあらためて感心した。
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シャモニー1日目 時差調整、高所順応にまずラック・ブラン(Lac Blanc 白い湖) へ出かけた。道々モンブラン山群全体を見渡すことができ、また山の斜面ではアルペンローゼの花がちょうど満開の時を迎え、楽しいハイキングとなった。
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シャモニー2日目 終日雨と強風のため宿で停滞。日本人アルピニスト神田氏が経営する「シャレー・ジャポニアール」は自炊設備があり、また庭にはジャグジー風呂も備えられ、だれに気兼ねすることもなく快適に休息を取った。

シャモニー3日目 予定を一日遅れとして、高所順応のためValee Blanche氷河の上をエギーュ・デュ・ミディからイタリア側のエルブロンネへと歩いた。
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真っ青な青空、新雪が積もった真っ白い氷河、垂直にそそり立つ黄色い岩壁に囲まれて幸せな一日であった。

途中、急斜面の小ピークに上がった。
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小ピークの上でポーズをとるガイドのオルトンヌ。モンブランへは彼が私達二人をガイドする。
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イタリア側のエルブロンネからフランス側のエギーュ・デュ・ミディまでは、このゴンドラに乗って戻った。絶景の展望を望みながらの30分間の空中散歩であったが、この三連結のゴンドラは、人の乗り降りのたびに数分間隔で停止する。最高所での宙ぶらりんには、「まいった」。風が少なくて幸いだった。
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シャモニー4日目 シャモニーからバスでレズーシュへ移動、ロープウェーに乗ってベルビューへ上がり、今度は登山電車に乗り換えて二・デーグルへ。ここが登山口となる(2372m)。それにしてもこんな急勾配を電車が登ってくるなんてすごい。
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すでに森林限界を越えた急勾配の砂礫地をジグザグに登り、3167mのテート・ルース小屋がある雪渓へと至る。ここでクランポンを履き、ハーネス、ヘルメットを装着する。眼前に真っ黒な岩の急斜面が立ちはだかる。この急斜面にいくつかの細い谷間があり、横切っていかなければならない。ここが昨年落石で多くの人の命を奪った「グランクーロワール」。「Rock, Roc, Rock, Roc!」の大きな叫び声の後に、乾いた音をたてながら猛スピードで岩が転がり落ちていく。一つだけではなく、いくつもの岩が続く。それも何度も。「まったくなんでこんなところを登らなくちゃならないんだ」と言ったってしょうがない。ガイドのオルトンヌとロープで結ばれ、小走りに雪渓を横切った。
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下山する人たちとすれちがいながら、岩の急斜面を3時間、攀じ登った。下山してきた人たちのほとんどは、今日の悪天候でモンブランには登頂できなかった、と残念そうに語っていた。昼過ぎに3817mのグーテ小屋に到着したが、深いガスと雪のため、視界はゼロ。気温はマイナス5℃。グーテ小屋は完成したばかりの現代建築物であるものの、中も寒い。おまけに部屋が最上の4階であったため、息を切らせながらたどりつかなくてはならなかった。

シャモニー5日目 1:45am起床、2:00朝食。今日もグーテ小屋泊りの予定であるため、出発競争には加わらず、ゆっくりと小屋を3:00amに出発した。外は真っ暗で凍えるような寒さであった。ヘッドランプを点し、オルトンヌ、衣子、私の順にロープで結ばれ、雪の急斜面を登り始めた。ヘッドランプで照らされるわずか1平方メートルもの視界だけを見つめながら、息を切らせながら、ただひたすらに登り続けた。周囲にはガスがかかっているようだ。グーテ小屋を出発してから約2時間、少し山の稜線が白み始めるころ、避難小屋であるヴァロー小屋に到着した。オルトンヌの判断で、ガスが晴れるまでの間、小一時間、小屋の中で待機した。ほんの小さな小屋の中に、シュラフにくるまった登山者が転がっているのにはびっくりした。

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小休止のあと外に出ると、空は晴れ上がっていた。モンブランの頂上がまだずっと先のほうにある。
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小さなクレバスを越え、その向こうに続くボス山稜の細いリッジ上の踏み跡をみて、「あんなところを歩くのか」と少しびびる。頂上への稜線上には、登る人と降りる人で、列ができている。続いた悪天候のため今日に集中したようだ。
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そして、頂上へ至る。晴天、気温はマイナス8℃。申し分ない。アルプスの峰々と雲がはるか下に見える。遠くには紛うことなく、マッターホルン。その隣にモンテローザ山群。
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登頂の歓びは、「ウーーーム、去年のほうが格段に大きかった」かな。
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せっかくの頂上、それもこんな天気の良い日に、思いっきり写真を撮りたかったのだが、ガイドのオルトンヌは「ロープをはずしたらだめ」、「写真もだめ」と言う。客の安全のためには仕方ないのかも知れない。写真を撮れないぶん、しっかりと網膜に焼き付けたつもりではあるが、いかんせん記憶装置の劣化はどうしようもない。やはり写真が欲しいところ。頂上に名残を惜しみ、グーテ小屋へと降った。
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昨日は全く見えなかったグーテ小屋が全貌を見せた。まるで「宇宙船」を思わせる外観。中身はいまいちなんだけど、かっこいい。

シャモニー6日目 7:00amに朝食。7:30amには下山を開始した。落石の危険を避けるため、グランクーロワールをできるだけ朝早い時間に通ったほうが良い。
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無事に通り抜け、雪渓の上を尻滑りしたり、登りでは見れなかったお花畑に感嘆したり。出発点の二・デーグルに引き返し、登山電車に乗ってシャモニーへと下山した。
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シャモニー7日目 悪天候で一日予定が遅れたため、休息日なしにツェルマットへ移動。昨夜来、雷が鳴り響き、雨が降り続く。予報では「山間部は雪、高所で40-50㌢の積雪」とのこと。
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# by kobayashi-skin-c | 2016-08-25 17:11 | PHOTO & ESSAY | Trackback | Comments(0)
2016年7月 『日本の一、二、三』 July 2016 "Mt Fuji, Mt Kita-Dake, Mt Aino-Dake"
骨折からまだ3週間も経っていなかったが、マッターホルン登頂に向けた高所訓練のため、以前から計画していた北岳、間ノ岳、富士山へ行くこととした。骨折の3日後、先輩の松田整形外科記念病院院長の菅原先生に、鎖骨、中手骨の金属固定手術を受けており、その菅原先生から意外にも「マッターホルンへ行ってもいいよ、富士山も大丈夫だよ」との言葉があったからだ。事故の直後は完全に諦めていたのだが、我ながら「人間の体ってすごいもんだな」と、再びやる気が出てきた。日本最高峰はもちろん富士山(3776m)、そして第2位が北岳(3193m)、第4位であった間ノ岳が最近の国土地理院の表記法変更によって、奥穂高岳と同じ第3位(3189m)。同時に『日本の一、二、三』の登山。3000mの山小屋に3連泊の訓練である。

7月16日(土)の午前の診療を終えて、新千歳から羽田へ、羽田からはバスで甲府へ。甲府駅前のホテルに宿泊し、翌17日(日)8:00amのバスで北岳登山口の広河原へと向かった。
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あいにくの空模様で、出発してすぐに雨が降り始めた。雨と霧の中、視界ゼロとなり、稜線に出てからときおり登山道を外れてしまったが、「北岳肩ノ小屋」になんとか無事到着。「海の日」連休のため小屋は満員であった。おまけに全員がずぶ濡れ。小屋の中は不快極まりなかった。「訓練、訓練」と言い聞かせ、怪我の痛みに耐えながら、せんべい布団に横たわっていた。「北岳肩ノ小屋」の食事は「南アルプスの飯はまずい」の謂れに反して「大変美味しかった」。ご飯のお代わりも存分に食べることができた。
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翌朝(7月18日海の日)、山の神様は微笑んでくれた。
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ゆっくりと朝食を取り、青空の下まずは北岳山頂へ、そして間ノ岳への稜線散歩。途中おにぎりを食べながら、富士山、南アルプスの山々、遠く八ヶ岳連峰、中央アルプス、北アルプスの眺望を楽しんだ。

北岳山頂にて。
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稜線の向こうに間ノ岳、振り返ると北岳の雄々しい姿。
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間ノ岳山頂にて。
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再び稜線を引き返し肩ノ小屋に帰ると、素敵なショーが待ち受けていた。
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ブロッケン現象のショーは日が仙丈ヶ岳に沈むまで続いた。
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翌19日(火)も晴天。早朝、北岳バットレスを見上げながら下山。
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登山口の広河原から芦安温泉までバスで行き、温泉に浸かった。しばし休憩の後、ふたたび甲府駅へ出て、名物『ほうとう』の昼食。さらにバスに乗り、河口湖駅で乗換えをして、富士山五合目登山口に到着。今日の宿の八合目「東洋館」へ向かった。「雰囲気がまるで北岳とは違うね、まるでテーマパークね」とは衣子の言。言い当てて妙。
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列を成す登山者、かっこうもまちまち、外国の人たちが多い。富士山の山小屋は昔と大違い。トイレは水洗、便座に温熱ヒーター、食事も美味しく、ご飯のお代わり自由。おまけに寝るスペースは昔の倍の広さ。快適であった。

ぐっすりと眠ることができた翌20日(水)、雲海から昇るご来光を拝むことができた。これぞ富士山。思わず『万歳!』を叫ぶ。
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富士山剣ヶ峰山頂にて。
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これで『日本の一、二、三』を登った。天候にも恵まれ、良い訓練となったし、怪我の回復も順調のようであった。

下山後に宿泊した河口湖畔『うぶや』にて、富士山の登頂と結婚記念日であることを告げたところ、こんなサプライズが用意された。また思い出が一つ増えた。そう言えば去年の結婚記念日はモンブラン山頂であった。
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7月27日、日本を出発し、モンブラン、マッターホルンへと向かう。
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# by kobayashi-skin-c | 2016-08-25 15:58 | PHOTO & ESSAY | Trackback | Comments(0)
2016年6月 『アイタッ!』 June 2016 "Ouch!"
6月26日、第7回富良野アースライドが開催された。昨年は日本臨床皮膚科医会総会と重なったため出場できなかった。今年はマッターホルン登山に備えて体力作りが順調で、アースライドにもその練習の一環として、また体力試しに出場した。しかし、富良野はあいにくの雨。前夜から、衣子、息子からは「やめなさい」と言われていたのだが、「注意してサクッと走ってくる」と言い残して、4:00amにロードバイクを車に積み込んで出発した。
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雨も風も強く、けっして快適な走行ではなかったが、ペダルをこぐ脚はすこぶる快調であった。富良野から麓郷に続く長い登り坂も、先頭集団の中に残ることができた。そのうちに「注意して走る」の言葉も忘れて、一生懸命にペダルをこぎつづけた。そして魔のときが来た。上富良野に向かう長い下り坂、快調なままにスピードを上げていたとき、ちょっとしたはずみで転倒。70㌔のスピードが出ていたのでひどい転び方をした。左半身を頭から足まで強打して、しばらく意識も朦朧となった。

結果、
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左鎖骨、左第5中手骨の完全骨折、左3,4肋骨の亀裂骨折を負ってしまった。赤岩の第6肋骨を含めると、なんと5本の骨折を、マッターホルンを前に背負ってしまった。「アイタッ!」
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# by kobayashi-skin-c | 2016-08-25 15:36 | PHOTO & ESSAY | Trackback | Comments(0)
2016年6月 『美しい花には棘がある』 June 2016 "Thorns of Roses"
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石狩灯台。石狩川河口にある。「喜びも悲しみも幾年月」の一舞台にもなった。サイクリング道が札幌から続き、札幌近郊で私の好きな場所の一つでもある。
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灯台の周囲は砂丘となり、砂丘特有の植物が群生している。ひときわ鮮やに咲いているのが、この季節の「ハマナス(浜茄子)」。「ハマナス」バラ科の花(Rosa rugosa)。野生で咲くハマナスは濃い紅紫で、強い芳香を放つ。「北海道の花」に指定されており、皇太子妃殿下、雅子様のお印でもある。


札幌の街中、大通公園の西端にバラ園があり、各国の名花が咲き誇っている。
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あまりに綺麗なので、近付きすぎて写真を撮っていると、棘がひざを刺した。「美しい花には棘がある(No rose is without a thorn)」。


美しい岩壁「赤岩」にも棘があった。
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先週の赤岩西壁ルート登攀中、踏み出しの二歩目を踏みはずし、1メートルぐらい、下にドンと落ちた。痛みがズキッと走ったが、気にせずにその日は終わった。翌日から、寝返りや咳をすると、左胸に痛みが強くなったので、「また肋骨にひびが入ったか、まあすぐに治るだろう」と気にもしていなかった。しかし今週、またまたの赤岩通いの「2本目登攀」。途中岩に引っかかったロープを、岩にしがみつきながら、思いっ切り左手を伸ばしたり、回したりして、何とかその場を脱したが、頂上についてから左胸に息苦しいほどの痛みを覚えるようになった。この日はこれで撤退。翌日、松田整形外科の菅原先生に診察してもらったところ、「左第6肋骨亀裂骨折」の診断。レントゲン写真には、くっきりと「ひび」が入っていた。

「美しい岩壁には角がある」。無念。
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# by kobayashi-skin-c | 2016-06-24 09:06 | PHOTO & ESSAY | Trackback | Comments(0)