2012年3月教室 『20周年目を迎えた乾癬の会』
全国に先駆けて始まった患者会「乾癬の会」が設立されて、今年で満20周年を迎えました。20年前のことを振り返りながら、いまや全国的なうねりとなった乾癬患者会のこれからの役割について、皆さんと一緒に語り合いました。医療はみんなの力で大切に、着実に育てるもの。これからの医療の方向に患者会はなくてはならない存在です。

参加していただいた方から、

「乾癬のつらさは、他人にはなかなか分かってもらえません。いちばん身近な家族でさえも、本当のつらさを分かってくれてはいないと思います。でも、乾癬患者同士はピタッと分かるのです。お互いが分かりあえるのです。その仲間の大切さを何よりも大事にしたいです。」

「自分は、通っていた病院のポスターでたまたま乾癬の会の学習懇談会の開催を知り、初めて参加しました。その時に、自分が求めていたものはこれだ、と確信し、以後すっかりはまってしまいました。」

「私はアウトドアやスポーツをやったりしてけっこう趣味が広いのですが、乾癬の会でみんなが集まるあのひと時がなによりも楽しい。」

「乾癬の患者は全国にもたくさんいます。ことに今たいへんなのは『3.11』で傷ついた仲間達です。宮城に乾癬患者会ができていますが、その会員の方のなかに、今も連絡が取れない方がいます。家族を失くした方もいます。福島にも乾癬患者会がありますが、原発事故のため住むところを失ったり、治療する場所が無くなったりした方がいます。けっして『3.11』を風化させてはなりません。乾癬の仲間としても、いっそう絆・連帯を深めていきたいと思います。」

といったお話しがありました。

また乾癬の会草創期に事務局長をされた岡部さんが、思い出の写真とともに、会の発展の歴史についてお話しされました。そして最後には、これからの患者会が目指す方向について以下のようにまとめられました。

①原因解明と完治・現状よりの改善・心の癒し(QOL)
 ―患者の努力、医師・コメディカルの支援、行政による救済―
②患者・会員が主役の患者会活動 
     全国的、全世界的規模の患者会を展望
③現代医学、東洋医学を結集して、完治をめざす研究の発展 
  ・新しい治療法の探求=医師と患者の協力・協同 
  ・人間が持つ治癒力を引き出す=温泉療法、リハビリの経験から
④どんな社会が難治性疾患から患者を解放できるか

4月14日(土)午後3時から『乾癬の会20周年記念学習懇談会』が
かでる2・7 820会議室で開かれます。
講演『皮膚は地球を救う』(大阪大学大学院教授 玉井克人先生)
そして皆さまからの質疑応答があります。皆さま奮ってご参加ください。
くわしくは、「お知らせ」の記事を参考にしてください。


昨年12月10日に発行された乾癬の会会報『陽だまり』に、乾癬の会の思い出をつづった「乾癬の会歴史ヒストリア、私が乾癬にいちばん近づいた日」を寄稿いたしました。長文ですが、お読みください。

「乾癬の会歴史ヒストリア、私が乾癬にいちばん近づいた日」
            相談医 小林皮膚科クリニック院長 小林 仁

 日々診察室の中では、乾癬の具合を診るため、皆さまにぐっと近づいて仔細に皮膚を観察したり、あるいは指で触ったり、そっと手でなでたりさせていただいています。ですから、いつも乾癬の皮膚にはたいへん近づいているのではありますが、私が乾癬にいちばん近付いた日は、1993年9月、初めての豊富温泉湯治ツアーのときだったように思います。今でこそ湯治ツアーはもう今年で19回目を迎え、乾癬の会になくてはならない年中行事となっています。私自身も初回以来連続参加の常連となり、ふれあいセンターの湯船では経験豊かな主(ぬし)の風情でおりますが、今となっても第一回目の湯治ツアーのあの時の光景が鮮明に頭によみがえります。

 1992年1月、凍てつく寒さの中、北海道大学医学部の旧校舎講堂で乾癬の会が発足しました。北海道新聞紙面にこのことが伝えられると、一気に会員の数が増え、その会員の中に「豊富温泉に行くと乾癬が治るよ」と教えてくれる方がいました。そのことを乾癬の会の役員の方々に伝えると、さっそく二人の女性役員が現地にとび、体験湯治を行ない、皮膚症状の推移を写真に収めて皆に披露してくれました。それから役員の皆さまの努力と、豊富町役場のご理解に支えられ、第一回目の湯治ツアーの準備はとんとん拍子で進められました。そしてそのツアー初日、北海道大学病院の駐車場に豊富町役場のバスが横付けされ、約50名のツアー参加者を迎えてくれました。乾癬の会第二代会長の高鍬さんを団長に出発です。初めての豊富湯治ツアー、初めて見る顔、私をはじめ皆さん一様に緊張していました。バスは日本海側の国道を豊富に向かって一直線に北上。左手に日本海を間近に見ながら、途中オロロン鳥で有名な天売、焼尻の島々を眺めたり、自己紹介をしながらお互いにうちとけていきました。やがて利尻富士の頂きがぽっかりと見えはじめ、天塩川を渡るころ、秋の陽は水平線に沈んでいきました。夕陽に照らされる利尻富士、橙色に染まる空を背景に、牧場と牛の黒いシルエット。今までに見たこともない北海道の景色であり、これから辿り着く豊富も、今までに経験したことがない未知の世界であろうと、期待と不安が、どちらかと言うと不安のほうが、私の心を大きく占めていきました。

 天塩川を渡ったバスは、海岸沿いから離れて北緯45度の目印を過ぎていきます。あたりには何にもなくなりました。家も畑も牧場も見えません。一面牧草地なのか、笹原なのか、とにかくナーーンニモナイ平原、丘陵をバスは走ります。外の気温がかなり下がってきたのか窓ガラスが曇り始めてきました。やっとポツン、ポツンと家の灯りが見え始めたころ、バスの運転手さん、そうそうバスの運転手さんをしてくださっていたのは豊富町役場職員の円谷さんとおっしゃる若い男性でした、が「豊富温泉に着きましたよ」と案内してくれました。そこには、登別でも定山渓でもない、かといって山の中の秘湯でもない、なにかウラ寂れた、そう場末のキャバレーと言ったら分かりやすいかもしれない、そんな町並みの豊富温泉が佇んでいました。ますます不安になってきたものでした。けれども宿のニュー温泉閣ホテルに案内されて入ると、支配人、女将さんが暖かく出迎えてくださり、テキパキと部屋に案内してくださいました。そしておいしい夕食をいただくころ、すこし気持ちも和らいできました。さあ、そして入浴です。

 豊富町営の「ふれあいセンター」がいわゆる源泉。みんな揃ってふれあいセンターに行きました。当時のふれあいセンターは、今とは違って、もう少し手狭でした。入ってすぐのところは食堂ではなく、休憩室でした。地元の農家の方たち、漁師の方たちが家族連れでくつろいでいました。その休憩室の奥に男用と女用の浴室。現在の湯治用の浴室だけしか当時はありませんでした。ふれあいセンターに入った時から感じていましたが、工事現場にいるような石油、アスファルトの臭いが漂っています。さあ、いよいよ入浴です。

 浴室も更衣室も、地元の人たち、観光で訪れた人たちでかなり混み合っていたように記憶しています。乾癬の会のみんなはどんな気持ちで、どうやって服を脱ぐか、乾癬の肌をどのように隠さなくてはならないか心配です。周りの人たちの視線が気になります。私は乾癬を持ってはいないのだが、すごく気になります。みんなが服を脱ぎ始めるころ、思わずまわりの人たちの顔色をうかがってしまいました。そして注がれたその視線にたじろぎました。びっくりしたような顔つき、すぐに眼をそらす人、そっと覗き込むようなまなざし、なにかしら不愉快そうなしぐさ?。そのように感じるのです。その全部がちくちくと私の心を痛めました。でも、口に出す人はいません。あらわな態度をとる人もいません。ホッと一安心。でもこそっ、こそっと、ちらっ、ちらっとみんなの肌を周りの人は気にしています。ちくちくと私の心は痛みます。だってみんなは私の仲間なんだから、私は乾癬の会の一員なんだから。私が乾癬に一番近づいた日、それがこの時でした。「みなさんと乾癬を共有した」、そんな第一回目の湯治ツアーだったと今でも懐かしく思い出します。

 ところで、あの時のみなさんの心持ちはどんなだったのでしょうか。最近の豊富温泉では、私もみなさんも、ぱっぱ、ぱっぱと服もパンツも脱ぎ捨てて真っ裸。あたりまえのようにフリチン(生まれたままの姿)になって、湯治用浴室に入っていきます。石油くささも心地良く感じます。周りの人の目なんか全然気になりません。だって浴室での会話は、「あんた大したことないね、十両なみだ。俺の桜吹雪、どうだい」、「生物製剤で乾癬は少なくなったけど、ここに来るためにこの乾癬は残しておきます」、「先生、乾癬がないね・・・・・・、アトピーかい?」。今のふれあいセンターの湯治用浴室では、乾癬がないことのほうが、みんなの仲間はずれみたいで「つらい」のです。素晴らしいですね。豊富温泉の効用は、もちろん乾癬が和らいでくれることにありますが、きっとそれと同じくらいに、浴室で、休憩室で、ホテル・旅館で一緒に語り合う仲間の存在にあると思っています。

 18年前のあの日、あの時。それがなければ、今の私の医師人生ももっと変わっていたようにも思います。私が乾癬に一番近づいた日、いや、近づき始めることができた時、と言ったほうがよいでしょう。それまでは病院の診察室でしか知らなかった乾癬のことを、この時から、皆さんの乾癬に近付き、皆さんの気持ちと触れ合い、皆さんと悩みを共有し、皮膚の深さだけにとどまらない乾癬の理解が始まったのだと確信しています。これからも、私も元気に豊富に行きたいと思っています。よろしくお願いいたします。皆さまも、どうか元気に豊富にいらしてください。

 余談ですが、まだ一度も湯治ツアーに参加されていない方、それは損ですぞ。ベテラン乾癬の仲間が、暖かい豊富のお湯が、優しい豊富の人たちが、おいしい海の幸が、雄大なサロベツの原野が、星降る空が待っています。医師と看護師も同行いたします。次回第20回目の豊富湯治ツアーは、平成24年10月6~8日の予定です。奮ってご参加ください。
(注、豊富温泉は弱アルカリ食塩泉に分類されます。たいへん濃い塩化ナトリウム=食塩分を含んでいます。しかしながら豊富温泉の最大の特徴はその原油成分。お湯の表面には油膜が張り、湯中には油泥が浮かんでいます。古典的皮膚科治療法であるタール治療に類似するものと考えられます。豊富温泉がすべての人の乾癬に効能を発揮するわけではありません。なかには塩分、油分が刺激となりかゆくなってしまう人もいます。乾癬が悪化する場合もまれにはあります。湯治ツアーは二泊三日で、この間で劇的な効果・効能はすぐには現れません。でも感触的に良かったとの印象を持たれる方が多いようです。豊富の原油を手に入れて、自宅で治療に使っておられる方もいます。しかしながら油成分によるニキビ・毛包炎、油やけも起こることから医師のチェックは必要です。湯治ツアーで現地の模様を知ることも大切です。)

第1回豊富温泉湯治ツアーの思い出の写真
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by kobayashi-skin-c | 2012-03-28 14:19 | 「皮膚の健康教室」抄録 | Comments(0)
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