2012年5月 I Love Nepal. ネパールヒマラヤ再訪記(ランタン谷トレッキング)No.2
ネパールで出会った仲間たち、山で出会った花々。

美しい山々との出会い以上に、素晴らしい、素敵な仲間との、大好きな花々との出会いがあった。だから、Again, I LOVE NEPAL.

パタンの町のヒンドゥーのお坊さん。なにやら偉そう。
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バクタプルの町で。地元の高校生と。
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バクタプルの町で突然、「一緒に写真を撮ろう」と声をかけられた。インドから来た研修旅行中の学校の先生達。
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バクタプルの街中で。街角のいたるところにこうしたパティと呼ばれる休憩所がある。たいていは男がたむろしている。
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マッチェンドラナート祭にやってきた子供たち(パタンにて)
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カトマンドゥ出発の朝。登山口シャブルベシまで我々を運んでくれたランドクルーザーの前で。左端が運転手さん。左から二番目がNepal Himalayan Village Treks & Expedition (P) LTD.の社長Pitamber Gurung氏、右から二番目が名ガイドのDilli Gurung氏
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シャブルベシ出発の朝、ドイツ人夫妻のクラウスとレナーテ、そして彼らのガイドさんと。クラウスとレナーテの二人はランタン谷トレッキングの間、いちばんの仲間、話し相手となった。
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大切なトレッキングの仲間、ネパール式トイレ。
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ランタン村にて(左から我々のポータさん、ガイドのDilliさん、ドイツ夫妻のポータさん)。みんなで一緒に「はい、ポーズ!」
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ランタン村で一緒になったロシアからの女性トレッカー。
女一人での山歩き、そして半ズボン姿に驚かされた。シベリアのノボシビルスクに住んでいるのだそうだ。寒さに強いわけだ。
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高山に咲くアヤメ。高さは10センチほど。空の青さを映したかのように、濃い青色。
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ネパールリンドウ。直径1㌢足らずのほんの小さな薄紫色のリンドウの花。
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サクラソウは北海道で見るエゾコザクラに比べると花が房状で大きい。園芸種の西洋サクラソウ(プリムラ)にそっくり。
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キャンジンゴンパのロッジとテントを切盛りしていた女将さんたち。子供の頭を洗っていた。写真をうつしたら、私のスカーフをよこせと言う。子供の髪が薄いので頭に巻くのにちょうど良いと言う。だいじなスカーフだからと、丁重にお断りした。お互い片言の英語と身振りで、たぶんそんな会話だったのだと思う。
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ロッジの調理場はポータさんたちのたまり場でもある。カマドの火であたたまりながら談笑している。
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ジャガイモは南米アンデスが原産地であるが、地球を半周してここヒマラヤでも主食の一部を担っている。小さな茹でたジャガイモをヤクバターとヤクチーズを添えて食べた。
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ランタン谷の道を、馬に乗った地元の人も行き交う。ここは生活道路。
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畑の石垣で遊ぶ子供たち。
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ロッジの女将さんと談笑するDilliさん。ガイドにとってロッジの女将さんに気に入られることは大切なこと。
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ポータさんは、何でも運ぶ。鶏を6羽担いで歩いていた。
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ランタン谷ではラバの荷運びも多かった。そのせいで、道にはフン、フン、フン。
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マメ科の黄色い花が満開だった。
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シャクナゲの花はとにかく見事の一言に尽きる。標高の低いところから赤→ピンク→白と花の色が変わっていった気がするのだが、そんなことはないだろうか。
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ロッジのひとこま。日本の北アルプス辺りの山小屋に比べると十分なスペースがあると言える。持参のダウンシュラフに加え、毛布の貸し出しもあり、それに湯たんぽを頼むと、4000mに近いロッジでも十分に暖かく寝ることができた。
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トゥーロシャブルのロッジで、ガイドのDilliさんが女将さんを手伝って「モモ(チベット風餃子)」を握る。私も余興に日本風の餃子を1個仕立てた。向うに座るのは米国から来たカップル。
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バンブーロッジにて、フランス人カップルのジェシカとセザール。1年間の休暇を取り、世界一周の旅の途中。今回私たちは人生で一番長い休暇を取ったが、連休を合わせて全部で15日間。
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赤いシャクナゲ(ラリグリス、ネパールの国花)。
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トゥーロシャブルでであった姉妹。ランタン谷一帯にはタマン族の人たちが暮らす。
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ラウナビナへの登り道、シャクナゲ林の中で、イタリアのシチリアから来たアルベルトに出会った。3ヶ月の旅行も終盤。そろそろお金が尽きたとのこと。アルベルトも完全に”Himalayan Virus”に侵されている。
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ピンクのシャクナゲ。
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サクラソウ。
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ラウルビナのロッジは、客が少なかったせいか食堂のストーブは早々と消された。零下の気温、あとはフル装備で寝るだけ。3900mの標高にいても、だいぶ高度順応ができていたせいか頭痛もなく、食欲も戻って快調ではあったが、眠りに落ちるとすぐに息苦しくなり安眠はできなかった。
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色とりどりのシャクナゲ。
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ラウルビナでガーネッシュヒマールを背景に、Dilliさん、衣子、修行僧、ポータさん。4000mの高さで気温は零度前後というのに、修行僧の装束は一枚の布切れを巻いただけで下は裸。足は裸足で、このあと山道を走るように登って行った。Dilliさん情報で、修行僧はヒンドゥー教徒で聖地ゴサインクンドへの巡礼の途中。一言も喋らない無言の行を10年間続けているとのこと。
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イギリスとスイスから来たカップル(ラウルビナのロッジで)
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ラウルビナのロッジのマスター父子。14歳の子供は学校に行っていない。将来はコックになりたいそうで、私たちの夕食も朝食も彼が作った。日本だとこのお父さん、さしずめ児童虐待で訴えられそう。
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もう一人出会った修行僧。彼は英語でよく喋りたいへん上機嫌であったが、下山後のDilliさん情報によると、このあと高山病で動けなくなったらしい。昨日は、酸素マスクを付け、竹篭に背負われた日本人トレッカーが下山させられている姿を、この辺りでみかけた。
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ラウナビナからの下り道で、またジェシカとセザールに出会った。彼らは聖地ゴサインクンドを経てカトマンドゥまで歩いて帰る。
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下り道で突然現れた山羊たち。
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薪を運ぶ子供たち。5歳ぐらいから10歳ぐらいであろうか。私たちに笑顔を向けてくれた。私は、「頑張ってね」と声をかけた。ネパールの将来を背負う子供たち。その将来がいつまでも薪なのか、あるいはそれが便利な石油、自動車に変わっていくのか。どれが、何が、幸せなのか? 子供たちが担うネパールの将来について、とにかくみんな幸せでいて欲しいと祈った。
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さようなら、ランタン谷。さようなら、ネパール、ヒマラヤ。また逢う日まで、しばしの別れ。
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by kobayashi-skin-c | 2012-05-29 21:16 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
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