2013年8月 『劔岳に登る』 August, 2013 "Mt. Tsurugi"
20013年8月14-18日、憧れの劔岳に挑戦した。
8月14日、お盆の帰省から帰る人達で新千歳空港はごった返していた。全日空富山便は、小さな子供連れの家族でいっぱい。賑やかなフライトであった。それにしても富山空港に降り立った時の熱気の凄いこと。体を包む空気がサウナ風呂のように感じられた。暑さの質が北海道とはまったく違う。富山空港からは電車、ケーブルカー、バスを乗り継いで登山口の室堂へ。着いたのは午後4時ごろ、バスターミナルから15分歩いたところに、この日の宿であるみくりが池温泉があった。宿に着いたころ、立山連峰は雲に隠れていたが、夕食が終わって外に出ると、雲はすっかり晴れ、夕日を浴びる立山連峰、そして鏡となったみくりが池が眼前に広がっていた。
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食事が終わった時間でみな部屋の中でくつろいでいたのだろうか、二人占めの絶景を楽しんだ(正確には、もう一組み。この写真を写してくれた)。





翌朝、みくりが池温泉の豪華な朝食をたらふく食べて、水をたっぷりと水筒に詰めて出発した。
この日は、室堂から雷鳥沢へ下り、そこから雷鳥坂の急勾配を一気に上り、劔御前へ。そして劔沢小屋まで下る、わずか4時間足らずの行程。しかし昨夜の睡眠不足がたたり、二人とも意気があがらない。というのも、みくりが池温泉は12人の相部屋であったが、こともあろうに夜の夜中、携帯電話の呼び出し音が三度も響きわたった。犯人は若い女性であったが、私たちはこの女性のことを「携帯女」と命名し、道すがら呪いあった。

雷鳥沢のテント場を見下ろす。雷鳥坂の急坂が立ち上がり、そのてっぺんに稜線上の劔御前の山小屋が見える。
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雷鳥坂からは室堂平、立山連峰が美しく見渡せた。
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苦しい雷鳥坂を登り終えると、・・・・・・・
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劔岳の全貌が目に飛び込んできた。少し下った所からは、劔沢のテント場、今日の宿の劔沢小屋、そして聳える劔岳が間近に迫り、明日登る劔岳別山尾根を注意深く眼でたどった。「本当に登れるのだろうか」と思いつつ。
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c0219616_19254913.jpg劔沢小屋には昼前に到着した。すぐに受付を済ませ、ひととおりのオリエンテーションを受けたが、「事故は下り、それも最後の前劔の下で起こる」と強く念を押された。1ヶ月前にも落石による死亡事故が起こっている。この日の午後は明日に備え、山小屋でのんびりと過ごした。

16日早朝、まだ暗いうちに劔沢小屋を出発した。劔沢に残る雪渓を横切るころ、ほどなく朝日を望んだ。
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c0219616_8351021.jpg劔山荘の山小屋を過ぎて本格的な山道となる。二か所の鎖場を越えて一服劔に到着。持参した朝弁当を広げた。水分もたっぷり補給し、これからの登りに備える。目の前には前劔がどんと聳えている。劔山頂はここからは見えない。少し下ってから急勾配の前劔の斜面を登る。落石に気を使う。よじ登る手で岩をつかんだときに、ごろりと崩れた。ひやりとした。
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前劔から劔山頂は指呼の間。でもその間には岩壁がいくつも聳える。c0219616_8444599.jpgc0219616_845199.jpgc0219616_8513676.jpg

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最後の難関「かにのたてばい」。50メートルに及ぶ垂直の岩壁だ。鎖を頼りに攀じ登る。最後の大きな一歩を終えて上の棚に立ち上がったとき、棚の上の岩に頭をゴッツン!ヘルメットがなかったら気絶したかもしれない、くわばら、くわばら。
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「かにのたてばい」をクリアするとあとは傾斜が緩まり、やがて山頂へとたどり着いた。感激の時であった。山頂からは360度の展望を堪能した。


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下降路は、集中力をけっして絶やさないよう注意した。「かにのよこばい」では渋滞が生じていた。前を行く人の足の置き方を参考にして、垂直の壁を横切った。
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そして垂直のハシゴ場を下降。ハシゴの上から覗き込むようにしてカメラを構えたところ。リュックのポケットに差してあった水筒が滑り落ちて、ハシゴの横を転がり落ちていった。どこまでも止まらない。人間もここで落ちると、あそこまで転がっていくのかと、命の縮まる思いであった。









0515amに劔沢小屋を出発し、山頂に着いたのが0820am。1100amには劔沢小屋に再び戻ってきた。安堵感と達成感からか、自然に笑みが顔にこぼれてしまう、そんな山行きであった。もう一度登る?Yes!
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残りのお弁当を食べ、預けてあったザックを片づけ、そして山小屋の主人の佐伯さんに今回の山行きの感謝を伝えた。
今日の宿は内蔵助山荘。劔沢から別山への急登には喘いだが、別山の稜線上からは快適な山歩きを楽しみながら山小屋へと至った。内蔵助山荘は、学生時代の40年前、同級生である富山出身の広瀬君と立山連峰を訪れ泊った山小屋である。その時、稜線上から真っ赤な夕陽、夕焼け、そして翌朝の朝日を望んだ。今も強烈な印象として脳裏に刻まれている。もちろん、その稜線上から見えた劔岳に憧れつづけたことが、今回の山行きの強い動機でもある。
しかし残念ながら夕陽も、朝日も今回は望むことができなかった。

17日0500am、山小屋を出発し稜線上から朝日を見ようとしたが、肝心の東の空は雲で覆われていた。それでも後立山連峰の山並がシルエットとなって美しい姿を見せていた。
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富士ノ折立(2999m)、大汝山(3015m、ここが立山連峰の最高峰)、そして雄山(3003m、いっぱんにはここが立山山頂)へと至る。雄山山頂には0700amに到着。山頂から今朝歩いた稜線、大汝山、そして遠くに劔岳を望む。
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c0219616_154588.jpg立山山頂には立山神社の祠がある。そしてそこには何と、装束に身を固めた神主さんが私たちを待っていた。参拝料は500円。40年前の学生時代、参拝料を払うのが惜しく、立山山頂を諦めた思い出がある。たしかその当時も500円であった記憶がある。
雄山山頂に至るころ、青空が広がり、わずかに秋の雲が筋を引いていた。夏の入道雲は今日はない。季節が昨日と今日で変わったようだ。青空のもと、立山山頂からは北アルプスの全容も、木曽の御嶽山も中央アルプスも南アルプスも富士山も八ヶ岳も見渡すことができた。
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立山山頂からは慎重に一ノ越に下り、そこから浄土山に登り返し、そして室堂に下った。峻嶮な立山連峰、劔岳の山々を望みながら、そして足下には可憐な高山植物を見ながらの素敵な山歩きであった。
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ミヤマアキノキリンソウ
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ミヤマリンドウ
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イワギキョウとイワツメクサ
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室堂ではふたたびみくりが池を訪ね、温泉のソフトクリームと、そして池に映る立山連峰を楽しんだ。この日の宿の弥陀ヶ原へは木道の散歩道をゆっくりと、山々に別れを告げながら、振り返り振り返りしながら、下っていった。
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タテヤマリンドウ
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弥陀ヶ原に点在する小さな池塘(「ガキ田」)
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こうして今回の山旅は終わった。3年連続で北アルプスに挑戦し、穂高連峰、槍ヶ岳縦走、そして劔・立山連峰を縦走した。長い間夢見ていた鋭鋒を無事登り終え、晴天の空に、そしてともに歩んでくれた仲間に心から感謝。
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by kobayashi-skin-c | 2013-08-28 11:30 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
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