2015年7月 『憧れのモンブランへ』 July, 2015 "To Mont Blanc, My Dream"
私の中学時代、1年生と3年生のときの担任は政本桂子先生。数学を担当し、熱心で少しおっかない存在の先生だった。そんな先生が、夏休みが終わった秋の授業で、「モンブラン」に登頂した話を聞かせてくれた。当時のこと、スライド写真などなかったものの、先生の話しに夢中になり、「いつかは自分も登ってみたい」と思ったものだった。小さい頃から家族でハイキングや山登りに行くことが多く、高校生になってからも、大学に入学してからも、自然と山登り、山歩きはよくしていたが、モンブランの夢はいつしか忘れてしまっていた。

4年前の夏、スイスにトレッキングに訪れた際、小さな山小屋(Lobhorn Huette)でフランスから来た山岳ガイドのChristophe Kern氏と一緒になったことで、その夢が少し現実のものに近づいてきた。最初はただ冗談交じりに”Would you take us to Mont Blanc and to Matterhorn?"と話しかけたのだが、Christopheは本気で(実は冗談交じりだったのかもしれない)、"Of course!"と返事してくれたのだ。

昨年の春、スイスアルプスの3000mを越す"Haute Route"を、スキーを履いてChristopheの案内で、最後は涙を呑んだものの、歩きとおした。そして、そのとき見た氷河の上に聳える白きたおやかな峰「Mont Blanc」!真剣に挑戦しようと決意した。

昨年の秋、Christopheとのメールのやり取りで、次のような提案があった。

Mont Blanc
The ascent of the highest peak in Europe is a challenge.
Every year hundreds of climbers trying to trample its summit with more or less success.
This project requires a very good stamina and perfect acclimatization to high altitude.
In order to greatly improve the chances of success of this great company, we invite you to regroup during the 3 days preceding the ascent of Mont Blanc a complete and balanced program that have largely proven in the Ecrins, the fantastic and the wildest massif in the French Alps.

Programme (subject to the conditions encountered)
La Grave - Ecrins Mountains
J / 1 Accueil in La Grave at 8am. Control of materials and presentation of the course. Purchase of Personal shopping and food intake of up to 3200m cable cars. Maneuvers with ropes and acclimatization glacier walking on the glacier and the Col de la Girose (3600m).
J / 2 Exercises and rope maneuvers on the rocks of Ailefroide in Vallouise valley then up to the refuge of the Glacier Blanc(2700m). Ascent of the bigest glacier of the Ecrins and reassembled at the refuge Ecrins (3100m).
J / 3 Ascension dome Ecrins (4015m), superb summit with fantastic view on the massif and the northern Alps. Long way back and night in the valley.

Chamonix Valley
J / 4 Transfer in the Chamonix valley and cable car Les Houches and appoche with
Mt Blanc train to the the Nid d'Aigle. Quiet walk to Tête Rousse hut (3167m)
J / 5 slow and careful Ascent of the Aiguille du Gouter to the Refuge du Gouter (3819 m)
The rise in the morning helps prevent rope descending and numerous rock falls
J / 6 summit of Mont Blanc
Nocturnal ascent to the Dome du Gouter (4304 m) and then in the morning we go through the Vallot hut (4362 m), a final effort on Bosses Ridge and finally the summit of Mont Blanc (4810m).
Champagne? Not yet ...
Descent Goûter to return to earth ... then after a quiet descent soup valley. Evening separation.
La montagne en pente douce Christophe Kern et guides U.I.A.G.M associés, Le village 05120 Les Vigneaux 06 86 49 83 10 Site : montagnes-ecrins.com

そして最後に、"We will invite you to my house in Ecrins." とあった。

7月8-11日、ストックホルムで開催された第4回世界乾癬・関節炎会議に出席したのち、
7月12日、朝6時、ストックホルムからパリ・シャルル・ド・ゴール空港へ飛び、空港駅からTGV(フランス新幹線)に乗り一度乗り換えたのち、リヨンのさらに南のヴァランスへ、そしてイタリア国境に近い山の町ブリアンソン(Brianson)行きローカル線に乗り換えて、Christopheが住むL’Argentiere-la-Bessee村へと向かった。ストックホルムを出発して12時間。L’Argentiere-la-Besseeの駅のホームにはChristopheの顔があった。


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L’Argentiere-la-Bessee村は、新田次郎のアルプス紀行「アルプスの谷、アルプスの村」に登場する。しかし、新田は散々なことを書いている。「窓に花のない村」の章に登場するL’Argentiere-la-Bessee(ラ・ブッセ)村は、「死にたえた村のようにいんうつに、全体的に黒ずんでいた」と表現され、そしてウインパーのこんな言葉も引用している。「宿屋よりマグサ小屋の方がはるかにましだ」と。Christopheの家は、Ecrins エクラン山群が間近に迫る村はずれにあり、夕暮れの頃はこの上もなく美しかった。そのベランダで食べる夕食は、ワイン、語らい、人情、どれをとっても極上のものだった。新田次郎には申し訳ない。Christopheの奥さんAmira、長女のEmma、長男のMatteo、次男のGaspardのみんなが優しく、私たちに興味しんしんだった。

モンブラン・プログラムが開始するまでの3日間、エクラン山塊のハイキングを楽しんだ。この辺りはLe Parc National des Ecrins エクラン国立公園で、des Ecrins(4102m)を主峰として、3000m台の山々が山塊を成す。公園の広さは91,800 ha。園内には146のハイキングコースがあり、その総延長は700km!Christopheは「好きなところへ行ったら良い」と言って本を貸してくれた。

7月13日は、Vallee de Claree(Claree渓谷)のLac Long(日本語に訳すとさしずめ「長沼」。細長い氷河湖)。Lac Rond(丸池)を歩いた。途中、Refuge des Drayeresに立ち寄った。素敵な山小屋であった。奇異な山容のPointe des Cerces (3097m)が眼前に立ち、望みながら食べた山のハム、チーズ、そしてVin Blancが美味であった。
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7月14日は、L’Argentiere-la-Bessee村からほど近いDormillouseの渓谷へ。数年前に訪れたピレネーのトレッキングに似ている。もう少しワイルドで、ここでは公共交通機関がまったくなし。登山口まで見送ってくれたChristopheから、「下山したら、ヒッチハイクで帰っていらっしゃい」との指示。「えーーーっ!」。
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7月15日は、明日から始まるプログラムを前に休息日。ブリアンソンの町を散策した。
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町外れに架かる中世のアーチ橋。
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よく見ると、
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「バンジーだ」。何でも遊びにしてしまうフランス人の冒険心に感服。

こんな時分から冒険心を鍛えられているのです。
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7月16日、いよいよモンブラン・プログラムの始まり。エクラン山群を使った高所トレーニング。
早朝、La Meije (3983m)の麓の村La Graveに向かった。途中ツールドフランスの山岳コースとして有名な「Col du Lautaret(ロータレ峠)」を通過する。La Meije (3983m)が見えてきた。見事な山容である。クライマー憧れの山であり、アルプスの名だたたる山々が19世紀には初登頂された中、La Meije だけは20世紀の後半になり(1969年)やっと制覇された岩の峰である。もちろん私たちの山ではない。
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La Graveからは古めかしいケーブルカーに乗り一気に3000mに達する。
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山頂駅の向こうは氷の大平原Glacier de la Girose。夏の太陽に照らされて白く輝いていた。ここでクランポンを装着し、Christopheとロープで結ばれる。固い氷河の上を、クランポンの爪でしっかり氷をつかまえながら快適に歩きはじめた。
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今夏のアルプスは異常な暑さ。「Heat Wave 熱波」と表現されていた。クレバスが大きな口を開ける。

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Glacier de la Giroseを登りきった稜線の向こうに、des Ecirins (4102m)があった。その頂を中心としたエクラン山群の峰々がどこまでも広がっている。

昨夜のこと、「明日は氷河歩きだけにするか、ちょっとしたピークに登るか?」とChristopheから聞かれたので、「その『ちょっとしたピーク』に登りたい」と答えておいた。氷河の端まで登りきったところで、昼食をとり、クランポンをはずし、ロープを結びなおした。『ちょっとしたピーク』はギザギザ稜線の上にあった。その『ちょっとしたピーク』の名はLe Rateau (3809m)。「岩登りの山じゃん!」とびびったが、衣子は「面白そう!」と目を輝かせている。「Mont Blanc登頂のためには何でもチャレンジだ!」。ヤケクソ気分である。
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決して垂壁ではないのだが、自分で足場を探し、指がかかる場所を探し、よじ登る。急な壁はトラバースして、岩溝を探しそこから登る。そして、幅が60センチぐらいのナイフリッジにさしかかった。ほんの数メートルだけのナイフリッジなのだが、右は数百メートルの谷底、はるか下には氷河が流れている。左は数十メートルの岩の崖。どちらに落ちても・・・・・。この登りは立ち上がることができなかった。つまり、這って登ったのである。
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(この写真はくだりのときに撮影した。くだりでは意外と斜度を感じない)

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左が錐のようなLa Meije、右が鋸のようなLe Rateau(鋸の頂点の右のピークまで登った)。今日の教訓、「ビビるな!たとえビビッたとしても、breathe、breathe(呼吸を忘れるな)!」。美しいLa Meijeをあとにした。
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7月17-18日、Programではdes Ecrins(4102m)を目指すこととなっていたが、「今年の夏は異常」のとおり、熱波のため氷河の融解が激しく、クレバスはいたるところで大きな口を開け、セラックは今にも崩れ落ちそうな気配で、エクランの氷河はとても危ないのだそうだ。目指すは、Glacier blancをはさんだエクランの向かいRoche Faurio (3730m)。Kern家から車で40分ほど谷を登ったAilefroideの村の先に登山口があった。
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眼前にMont Pelvoux (3932m)が大きく聳え、まず左側にGlacier Noirが押し出すモレーンが現れ、登るにしたがいGlacier Blancの舌端が見えてきた。すばらしい景観である。途中、池塘やお花畑も広がり、今日の目的地のRefuge Glacier Blancも見えてきた。
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Refuge Glacier Blancは素晴らしい山小屋だった。
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ほどよく疲れて美味しくビールを飲み、山の仲間たちと楽しい夕食を山小屋で囲んだ。見知らぬ仲間同士だが、食事の準備、食事の進行、食事の片付けと、じつに気持ちよく協力し合っている。ここにアルプスの山文化を感じる。子供たちの一団もある。「アルプス少年少女団か」。Christopheは「夏休みの山スクール」と説明してくれた。食事後のまだ明るい時間、「アルプス少年少女団」は山小屋の前のテラスに車座となり、ガイドと思しきおじさんの説明に聞き入っていた。
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翌朝、3:00am朝食、出発のはずだったが、Christopheが現れない。寝過ごしたようだ。ヘッドランプの灯りで歩き始める。山小屋から山道を小一時間歩いた後、氷河上へと出た。真っ暗な中、クランポンの装着、ピッケルの保持、ロープ確保の準備を整え、Christophe、衣子、私の順番で歩き始めた。ヘッドランプに照らされる足元しか見えていない。空の星は見えていた。足元はほぼ完全な氷面でクランポンが心地よく刺さり歩きやすかった。

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次第に夜が明けてきた。眼前のエクランがはっきりと見えるようになり、後ろを振り向くと黒くギザギザとした稜線上の空が暁色に輝き始めていた。やがてエクランの氷河がオレンジ色に染まり始めた。ため息が漏れるほどに美しい。
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一歩一歩、息を切らせながら氷河の上を歩いた。上部に行くほどに斜度が増し、Christopheの「Breathe, Breathe」の指示のとおり、深呼吸を繰り返す。そして、

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Roche Faurio (3730m)から氷河対岸のdes Ecrins(4102m)を望む。

雪が緩み始めたくだりはとても危険だ。クランポンに雪がくっついて、スリップしやすい。慎重に下った。
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登りでは真っ暗な中を歩いていたので分からなかったが、氷河の舌端部には大きなクレバスがいくつも口を開け、こんなにも危険なところを歩いていたのだ。

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無事山小屋まで下山。さらに一気に登山口まで。そしてL’Argentiere-la-Bessee村のChristopheの家まで戻った。今夜でChristophe一家とお別れである。

夕食のとき、Christopheが「Bad news」と言う。何度も繰り返すよう、今年のアルプスは異常気象、熱波に襲われている。Mont Blancでも今年はすでに数人が事故のため亡くなっているのだが、昨日17日、Tête Rousse hut (3167m)から the Refuge du Gouter (3819 m)への登り、クーロワールで落石のため二人が数百メートル下まで転落し、死亡したとのこと。「Very dangerous」。登頂を諦める可能性もある。
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by kobayashi-skin-c | 2015-09-02 14:42 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
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