2017年6月 『蕎麦懐石と八ヶ岳縦走』 June 2017 "Soba Dinner & Mt Yatsu"
上ホロカメットク山へ行ったとき、ノマド宮下親分から「八ヶ岳縦走」の計画があることを聞いた。何でも宮下親分のガイド仲間が、八ヶ岳の山麓に蕎麦のお店を開き、そこで美味しい蕎麦と酒を楽しむことができるとのこと。八ヶ岳はまあ「蕎麦のお供」程度とのお誘いであった。一にも二にも「ご一緒します!」。

かくして穂高からたった2週間後、ふたたび札幌から東京へ飛び、そして新宿駅から中央本線特急あずさ号に乗車していた。八ヶ岳山麓の茅野駅で下車。霧が峰ビーナスロード沿いにその蕎麦屋があった。
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その名は「六方庵楓林」。花々に囲まれた風情ある庵である。八ヶ岳の麓、美しい田園。そしてご主人の楓林さんが丹精をこめた料理の数々に舌鼓を打ち、美味しい蕎麦をたぐった。もちろん酒も進んだ(進み過ぎた)。
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翌朝、楓林さんも一緒に山に向かった。夏沢鉱泉からオーレン小屋、さらに夏沢峠を経て根石岳に登り、硫黄岳山頂を経て硫黄岳山荘に。
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根石岳山頂にて。後列の中央が、蕎麦名人であり名ガイドの楓林さん。

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硫黄岳山頂。そして鞍部の硫黄岳山荘に宿泊した。なんとも快適な山小屋であった。
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翌日、山は強風が吹き荒れていた。硫黄岳山荘から横岳へと向かう途中、ときおり突風が吹き抜ける。そのたびに身をかがめたが、前を歩く衣子の体が突然フワリと浮き上がり、左側に数メートル吹っ飛んでいった。しばらく起き上がれなかったが、頭も打っておらず何とか無事の様子であった(後で分かったが左側肋骨骨折の模様)。これが稜線上であれば命はなかったかも。

今回の八ヶ岳縦走には「蕎麦懐石」のほかに「満開のつくも草」の目玉もついていたが、寒さと強風で花弁は閉じたままであった。残念。
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八ヶ岳の最高峰赤岳山頂にて。

赤岳山頂を越えてからの稜線歩きが面白かった。こんなにスリリングとは!「蕎麦」と「つくも草」のお供のはずの「八ヶ岳」がこうも凄い山とは想像だにしていなかった。靴は軽登山用、バックパックにはほんの少しの着替えのみのハイカーなみ。それにしてもクサリ場、梯子の連続は楽しかった。
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キレットを越えて今日歩いた稜線を振り返る。迫力あるな。この写真に、今回の山行で一枚だけの自分が映る。左下に見える靴だ。

三日目の宿は「青年小屋」。5代目小屋主の竹内さんは、やはり宮下親分のガイド仲間。その夜、竹内さんからお酒の差し入れを受けた。「わしが國」。この「青年小屋」をお訪ねになった浩宮殿下も痛飲されたとか。有難く頂戴した。
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左:ノマド宮下親分、右:青年小屋主の竹内さん
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最終日は快晴。まさに梅雨の晴れ間。青年小屋から八ヶ岳南端の編笠山に登り、小淵沢に下山した。素敵な山々に、木々に、草花に、そして山仲間に感謝、感謝。
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by kobayashi-skin-c | 2017-07-16 22:54 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
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