カテゴリ:PHOTO & ESSAY( 165 )
2016年10月 『北海道大学、秋の異変』 October 2016 "A Surprising Change in Hokkaido University"
この秋、北海道大学の構内から子供の姿が消えた。秋の好日にもかかわらず中央ローンはひっそりと静まり返っている。
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いっけん親切な看板にも見えるが、これが子供が消えた元凶。
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「子ども走ると芝傷む」北大が立ち入り規制 幼稚園や保育園困惑 | どうしん ...
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北海道大学当局は、子供を締め出すことを決意した。クラーク博士は淋しそうに見えるのだが、・・・・・・・・
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人の世の移ろいを無視するように、秋は深まり行く。
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この素晴らしい北海道大学を、子供たちにもう一度開放してほしい。
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by kobayashi-skin-c | 2016-10-20 12:28 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2016年10月『天晴れ、日本晴れ、里の紅葉』 October 2016 "Glorious Autumn Day"
天晴れなほどの日本晴れの日、札幌の里にも紅葉が降りてきた。来週には真っ赤なカープが日本一をかけた戦いのため札幌に来る。
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まばゆいほどの青空に、紅葉の八剣山が聳える。岩山の八剣山は低山だが登り甲斐があり、岩壁の紅葉がこの上もなく美しい。
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下山後は札幌の街に戻った。道庁前庭の紅葉に迎えられた。
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道庁に続く赤レンガテラスには素敵なレストラン『プティ・サーレ』がある。素敵な秋の味覚に迎えられた。前菜の茸(ポルチーニとシャンピニオン)のスープ、メインはエゾシカのヒレロースト、そしてデザートは夕張メロンスープの中に共和メロンの果肉と道産の梨、そしてミルクアイスが浮かぶ。顔がほころぶ。
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by kobayashi-skin-c | 2016-10-19 20:10 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2016年10月 『赤の季節』 October 2016 "The Season of the Red"
紅葉が美しい。晴天の日曜日、十勝連峰の富良野岳、上ホロカメットクを巡った。1週間前の大雪山に負けず劣らぬ『赤』を堪能した。
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そう私の心の中は真っ赤赤なのである。

10月1日、土曜日の診療を終えて向かったのは、夕張岳登山口に建つ夕張岳ヒュッテ。2年前に改築があいなった。林道を車でつめると札幌から約2時間のところにあるので、土曜日の診療後からでも利用できる最適の山小屋。
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ところが、ところが、美しい夕張岳を望む地点まで車は到達したものの、その先の橋は無念にも通行止め。先般の台風のため林道の路肩が崩れているのだとか。夕張市のホームページには「8月25日から林道開通」と掲載してあったのに・・・・。車の中には、山小屋宿泊のための一式をそろえた大きなバックパックが収まっている。空しく札幌に帰るのも悔しい。そのまま道路を三笠桂沢湖方面に進み、富良野から上富良野へ。十勝岳・富良野岳登山口にある自炊宿泊施設「白銀荘」に向かった。

美しい朝が迎えてくれた。朝日で「赤く」染まる富良野岳。
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富良野岳山頂にて。
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富良野岳から三峰山、上ホロカメットクへと青空の稜線を歩いた。十勝岳に向かって、ハイマツの香りに包まれながら空中漫歩。ナナカマドの葉は散っていたが「真っ赤」な実が残っている。
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上ホロカメットク山頂から富良野岳を振り返る。
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上ホロカメットクは今年3月に、冬山訓練で登った山である。参考までにそのときの写真。ずいぶんと違うものだ。
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山の紅葉は、少しずつ裾野に下り始めている。紅葉と青空と、そして火山の白い山肌が絶妙のコントラスト。やはり、今年の紅葉は、「赤が濃い」。
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普通、紅葉は木々・草々の葉であるが、山肌を埋める綺麗な実の紅葉?(紅実)は初めてであった。
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まさに『赤の季節』
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下山後、十勝岳安政火口を訪れてみた。黄色の硫黄で染まるむき出しの山肌、溶岩ドームの黒い塔、白く立ち上る火山蒸気、そして青い空。異世界が広がっていた。
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ウン、青?!ファイターズも頑張れ!
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by kobayashi-skin-c | 2016-10-02 16:06 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2016年9月 『赤に染まる大雪山』 September 2016 "Red Mountains"
カープの優勝を祝福するように、大雪の山々が赤く色づいた。今年の紅葉はいつもより「赤が濃い」、気がする・・・・

秋分の日、白雲岳避難小屋に泊り、赤岳、白雲岳、緑岳、そして高原温泉沼巡り。
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ウラシマツツジの紅葉
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ナナカマドの紅葉
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3日後の週末、旭岳温泉「アートヴィレッジ杜季」に泊り、姿見の池から裾合平、中岳温泉、間宮岳、旭岳と巡った。
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裾合平、チングルマの紅葉
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紅葉に囲まれる中岳温泉
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旭岳噴火口の赤い岩壁
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帰りに立ち寄った美瑛の素敵なレストラン「ビ・ブレ」も赤で迎えてくれた、気がした・・・・
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紅葉はこれからゆっくりと里に下りてくる。札幌の町に下りるころ、カープは日本一、・・・・・・
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by kobayashi-skin-c | 2016-09-29 18:35 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2016年9月 『カープ、カープ、カープ広島、広島カープ!』 September 2016 "Hiroshima Carp!"
2016年9月10日、東京ドームにおいて巨人に勝利し、広島カープが25年ぶりのセリーグ優勝を果たした。
1975年の初優勝の時も後楽園球場。巨人を破ってつかんだ栄冠だった。あの時も、そして今回も、勝利に涙した。
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         (9月11日『日刊スポーツ』)


好調カープの試合を、広島のマツダスタジアムで観戦したいと、7月から旅行の手配を行っていた。しかし、必ず優勝するとは思っていても、「もし応援に行って負けづいてしまったらどうしよう」の思いがぬぐいきれず、観戦の決心がなかなかつかなかった。というのも20年前のこと。今も伝説として語り継がれる長島巨人の「メイク・ミラクル」。その大逆転優勝は、札幌円山球場での対広島戦3連勝からスタートした。その三連戦を私は応援していたのだ。以来、私が観戦・応援するたび、カープは目の前で負けた。今年の対ファイターズとの交流戦は珍しく2勝1敗と勝ち越したが、私が応援したのはその1敗の時だった。友人であり、現広島球団オーナーの松田君からは「頼むけー来てくれるなよ」と言われていた。

しかし、あろうことか、今年のカープは「神ってる」。どんどんとマジックナンバーを減らしていった。予定どおり9月7,8日、故郷広島に帰ることとした。松田君には帰る前日に「明日帰るけー、席を頼む」と伝えた。松田君も「だめじゃ」とは言わなかった。
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北海道広島県人会の赤いはっぴを着て、マツダスタジアムのオーナー室に乗り込んだ。松田君は「わしも優勝が信じられん、ほいじゃけど、これでやっとたくさんの人達に恩返しができるような気がするんじゃ」とつぶやいた。

応援した9月7日、8日は中日ドラゴンズに快勝。真っ赤なマツダスタジアムで私たちも燃えた。目の前の胴上げを見ることはできなかったが、優勝を確信させるマジック1まで到達した。
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広島中が真っ赤に燃え、面白いものも発見した。
「赤いローソン!」
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赤い「カープの鯉人」(明らかに、北海道の『白い恋人』のパクリ!)
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カープ坊やの「カープカレー」、黒田の「男気カレー」
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心なしか赤く見える「お好み焼き」
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そう言えば「宮島さん」も赤い!
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次は日本一!
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他球団を応援される読者の皆さま、さぞ不愉快な記事であったことと思います。25年ぶりの無礼をなにとぞご寛容ください。この記事を掲載している今日、北海道日本ハムファイターズがパリーグ優勝を決めた。凄い!!、おめでとう。
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by kobayashi-skin-c | 2016-09-29 16:58 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2016年9月『乾癬学会に付随して、日光、男体山』 September 2016 "Nikko & Mt Nanntai-san"
第31回日本乾癬学会が宇都宮市において開催された。
「日光を見ずして、結構ということなかれ」の言葉があるくらいなのだから、死ぬまでに一度は訪れておくべきなのだろう。華厳の滝、中禅寺湖、そして男体山もずっと気になっている。

かくして、乾癬学会の2日前から宇都宮を目指した。東京までは飛行機、東京からは新幹線で宇都宮、そして日光線に乗り継いで日光へ。途中宇都宮の駅では「焼餃子」、「水餃子」をさっそくいただいた。どうして宇都宮名物なのか理解に苦しむ。
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日光では「金谷ホテル」に宿をとった。なんでも日本最古の西洋式ホテルとのこと。明治時代、外国人の避暑地として人気を博したらしい。
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私たちが案内された部屋には、1922年、アインシュタインが滞在したそうな。外観も内装も古めかしく、アインシュタインが今でも歩いていそうな雰囲気である。
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日光といえば東照宮。東照宮こそが「日光を見ずして、結構ということなかれ」のはずであったが、現在「平成の大改修工事中」。あの陽明門も、本殿もビニールシートで覆われ、「見ざる、聞かざる、言わざる」の三猿と、あの眠り猫にいたってはレプリカに置き換えられていた。まあ、その情報は知っていて訪れたのだが・・・・・・
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東照宮から「パワー」を感じることはなかった。伊勢神宮では強烈なパワーを感じ取った。出雲大社でも敬虔な気分に浸った。故郷の厳島神社とその背景の弥山では幽玄な気持ちになるのだが、ビニールシートと、大勢の外国人観光客に囲まれた日光東照宮は、「残念!」(徳川東照大権現様、ごめんなさい)。

翌日には華厳の滝を見物して、男体山に登った。日光には東照宮以前、奈良時代に開山したと伝えられる二荒山(ふたらさん)神社があり、背景に御神体である男体山(2,486m)、女峯山(2,464m)、太郎山(2,368m)があり、男体山(古名は二荒山)は二荒山神社の奥宮となる。華厳の滝を含め、こちらはパワースポットであった。
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男体山の登山口は神社境内の奥から。入山料ではなく参拝料500円をおさめて出発した。中禅寺湖から一気にせり上がる男体山は意外に厳しい山道で、修験の場であったことを実感する。
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下山後は中禅寺湖の美しい景色に癒された。明日から乾癬学会。
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by kobayashi-skin-c | 2016-09-29 11:25 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2016年8月 『マッターホルン』 August 2016 "Matterhorn, The Fricle Mountain"
ツェルマット1日目 この日は、マッターホルンの登山基地、ヘルンリ小屋まで登る予定であった。しかし、昨日のこと、シャモニーからツェルマットへ移動後、すぐにツェルマット・アルパインセンターを訪ね、得ることができた山の情報は、「明日のガイドツアーは積雪のため中止。ガイドはキャンセルになりました。2-3日は難しいのではないか」との回答であった。予期していたものの「ガクッ」。

この日はハイキングとする。ツェルマットの町は早朝霧に包まれていたが、ゴルナーグラートへの登山電車は朝から満員。電車が高度を上げていくと、途中から霧がなくなり、青空と山々が広がった。満員の電車内に歓声がこだました。「あの山」が聳えていた。
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「美しすぎる!」

ゴルナーグラートからはゆっくりと山道を降った。目の前にはずっと「あの山」が立っている。リッフェルゼーに映し出されるその姿は、・・・・、「美しすぎる、・・・・・」
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「あの山」は周囲のアルプスから隔絶されて一人で立ち上がっている。「孤高の巨人」といわれるゆえんだ。緑の森をとおしても、「美しすぎる、・・・・・・」
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エーデルワイスとのツー・ショット、「美しい!」
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こんなに惚れているのに、「あの山」がこんなにも気まぐれで、私の心を翻弄するとは、・・・・・・・

ツェルマット2日目 晴天。予定では今日がマッターホルン登頂日。朝一番に、またアルパインセンターを訪れた。「明日はマッターホルン・ガイドが行われます」とのこと。一瞬喜んだが、「あいにくガイドは予約でいっぱいです。キャンセル待ちも難しい状況です。明後日であれば予約可能です」と告げられた。さらに「明後日は天候が崩れる予報で、中止の可能性もあります」とのこと。奇跡を信じて、明日のガイド・キャンセル待ち、そして明後日のガイド確保をお願いし、頻繁に連絡を取り合うこととした。

少しでもマッターホルンに近づいておいたほうが有利と考え、この日はシュヴァルツ・ゼーまでゴンドラで上がり、終点にあるシュヴァルツゼーの山小屋に泊まることとした。
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シュヴァルツゼーから見上げる「あの山」からは、「威圧感」を感じる。「恐怖感」さえ覚える。周囲をハイキングした。美しい。しかしマッターホルンを眼前にした待ちぼうけに、心は晴れない。
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ツェルマット・アルパインセンターとのやり取りで、結局、「明日のキャンセル待ちガイドは無理。明後日の予約はOKであるが、天候次第」とあいなった。インターネットの天気情報でも「明日深夜から雪、明後日は午後から吹雪」。登頂は困難な状況だ。大きな葛藤が始まった。命のかかった登山である。「行くべきか、諦めるべきか?」、「大丈夫か、危険すぎるか?」、「高額のガイド料金を取り戻しておくべきか?」、・・・・、もうこの山の姿を見るのも鬱陶しくなってきた。
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日が沈むころ、ゴルナーグラート氷河の向うのモンテ・ローザは夕映えに赤く染まり、残照が「あの山」を照らした。
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。「チャレンジもしないで撤退はいやよ」の衣子の言葉で、どんな天気であろうと、マッターホルンに登ることを決心した。

ツェルマット3日目 予定では下山日というのに、我々はまだすそ野にとどまったまま。晴天の空に上った太陽が、マッターホルンを赤く染めた。今日は多くの登山者がもうあの壁を登っているのだろう。悔しいなあ!
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ヘルンリ小屋まで登り、まずは取り付き口の偵察を行った。登り始めは垂直の壁だ。
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ヘルンリ小屋での夕食の時、ガイドのヨハン、イヴォンヌと顔を合わせ、食後、装備のチェックを受けた。夜半起きだしたとき、星が見えていた。もしかして、・・・・、・・・・

ツェルマット4日目 3:40am起床、4:00am装備すべてを整えて朝食。4:20am小屋を出発した。我々以外には、若い男女二人組だけが後ろに続いた。曇っているが視界は良い。風も微風で暖かい。マッターホルンでは、ガイド一人に、客が一人の一対一。私はヨハンとロープで結ばれ、ヘッドランプの灯りのみをたよりに、岩壁を攀じ登り始めた。凍った雪渓では緊張を強いられたが、恐怖感はあまりない。

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しかし、我々のマッターホルンは4時間で終わった。3940mまで登ったところで吹雪。ヨハンから「この天候、君たちのスピード・技量ではここまで!」と、下山を指示された。ヘルンリ小屋に帰着したのは8:30mだった。ただただ無念、無念。たしかに下りではすでに雪が3センチほど、もう積もっており、岩はスリップしやすかった。危険であることは百も承知だが、「まだ登れたのではないか、もっとチャンスがほしかった、昨日の天気だったら・・・・・」と無念の思いがこみ上げた。移り気で気まぐれな山に翻弄され続けた4日間。それでも、未練が残る。
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by kobayashi-skin-c | 2016-08-26 23:58 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2016年8月 『アルプスの女王、モンブラン』 August 2016 "Queen of the Alps, Mont Blanc"
シャモニーの町に来るのはこれで4度目。今年の4月、オートルート(山スキーの縦走)へ来たばかりであったが、今回の目的はツェルマットから登るマッターホルンであり、シャモニーから登るモンブランはあくまで高所順応の訓練のため。昨夏のモンブランは、熱波による落石事故多発のためグーテ小屋コースが閉鎖となり、三山縦走コースでモンブランに初めて登頂した。なかなかの難コースで登頂の歓びはひとしおであった。

今年、高所順応に訪れたエギーュ・デュ・ミディからふたたび昨年のコースを見上げたが、クレバスだらけのあの斜面をよくも登れたものである、とあらためて感心した。
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シャモニー1日目 時差調整、高所順応にまずラック・ブラン(Lac Blanc 白い湖) へ出かけた。道々モンブラン山群全体を見渡すことができ、また山の斜面ではアルペンローゼの花がちょうど満開の時を迎え、楽しいハイキングとなった。
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シャモニー2日目 終日雨と強風のため宿で停滞。日本人アルピニスト神田氏が経営する「シャレー・ジャポニアール」は自炊設備があり、また庭にはジャグジー風呂も備えられ、だれに気兼ねすることもなく快適に休息を取った。

シャモニー3日目 予定を一日遅れとして、高所順応のためValee Blanche氷河の上をエギーュ・デュ・ミディからイタリア側のエルブロンネへと歩いた。
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真っ青な青空、新雪が積もった真っ白い氷河、垂直にそそり立つ黄色い岩壁に囲まれて幸せな一日であった。

途中、急斜面の小ピークに上がった。
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小ピークの上でポーズをとるガイドのオルトンヌ。モンブランへは彼が私達二人をガイドする。
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イタリア側のエルブロンネからフランス側のエギーュ・デュ・ミディまでは、このゴンドラに乗って戻った。絶景の展望を望みながらの30分間の空中散歩であったが、この三連結のゴンドラは、人の乗り降りのたびに数分間隔で停止する。最高所での宙ぶらりんには、「まいった」。風が少なくて幸いだった。
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シャモニー4日目 シャモニーからバスでレズーシュへ移動、ロープウェーに乗ってベルビューへ上がり、今度は登山電車に乗り換えて二・デーグルへ。ここが登山口となる(2372m)。それにしてもこんな急勾配を電車が登ってくるなんてすごい。
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すでに森林限界を越えた急勾配の砂礫地をジグザグに登り、3167mのテート・ルース小屋がある雪渓へと至る。ここでクランポンを履き、ハーネス、ヘルメットを装着する。眼前に真っ黒な岩の急斜面が立ちはだかる。この急斜面にいくつかの細い谷間があり、横切っていかなければならない。ここが昨年落石で多くの人の命を奪った「グランクーロワール」。「Rock, Roc, Rock, Roc!」の大きな叫び声の後に、乾いた音をたてながら猛スピードで岩が転がり落ちていく。一つだけではなく、いくつもの岩が続く。それも何度も。「まったくなんでこんなところを登らなくちゃならないんだ」と言ったってしょうがない。ガイドのオルトンヌとロープで結ばれ、小走りに雪渓を横切った。
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下山する人たちとすれちがいながら、岩の急斜面を3時間、攀じ登った。下山してきた人たちのほとんどは、今日の悪天候でモンブランには登頂できなかった、と残念そうに語っていた。昼過ぎに3817mのグーテ小屋に到着したが、深いガスと雪のため、視界はゼロ。気温はマイナス5℃。グーテ小屋は完成したばかりの現代建築物であるものの、中も寒い。おまけに部屋が最上の4階であったため、息を切らせながらたどりつかなくてはならなかった。

シャモニー5日目 1:45am起床、2:00朝食。今日もグーテ小屋泊りの予定であるため、出発競争には加わらず、ゆっくりと小屋を3:00amに出発した。外は真っ暗で凍えるような寒さであった。ヘッドランプを点し、オルトンヌ、衣子、私の順にロープで結ばれ、雪の急斜面を登り始めた。ヘッドランプで照らされるわずか1平方メートルもの視界だけを見つめながら、息を切らせながら、ただひたすらに登り続けた。周囲にはガスがかかっているようだ。グーテ小屋を出発してから約2時間、少し山の稜線が白み始めるころ、避難小屋であるヴァロー小屋に到着した。オルトンヌの判断で、ガスが晴れるまでの間、小一時間、小屋の中で待機した。ほんの小さな小屋の中に、シュラフにくるまった登山者が転がっているのにはびっくりした。

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小休止のあと外に出ると、空は晴れ上がっていた。モンブランの頂上がまだずっと先のほうにある。
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小さなクレバスを越え、その向こうに続くボス山稜の細いリッジ上の踏み跡をみて、「あんなところを歩くのか」と少しびびる。頂上への稜線上には、登る人と降りる人で、列ができている。続いた悪天候のため今日に集中したようだ。
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そして、頂上へ至る。晴天、気温はマイナス8℃。申し分ない。アルプスの峰々と雲がはるか下に見える。遠くには紛うことなく、マッターホルン。その隣にモンテローザ山群。
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登頂の歓びは、「ウーーーム、去年のほうが格段に大きかった」かな。
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せっかくの頂上、それもこんな天気の良い日に、思いっきり写真を撮りたかったのだが、ガイドのオルトンヌは「ロープをはずしたらだめ」、「写真もだめ」と言う。客の安全のためには仕方ないのかも知れない。写真を撮れないぶん、しっかりと網膜に焼き付けたつもりではあるが、いかんせん記憶装置の劣化はどうしようもない。やはり写真が欲しいところ。頂上に名残を惜しみ、グーテ小屋へと降った。
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昨日は全く見えなかったグーテ小屋が全貌を見せた。まるで「宇宙船」を思わせる外観。中身はいまいちなんだけど、かっこいい。

シャモニー6日目 7:00amに朝食。7:30amには下山を開始した。落石の危険を避けるため、グランクーロワールをできるだけ朝早い時間に通ったほうが良い。
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無事に通り抜け、雪渓の上を尻滑りしたり、登りでは見れなかったお花畑に感嘆したり。出発点の二・デーグルに引き返し、登山電車に乗ってシャモニーへと下山した。
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シャモニー7日目 悪天候で一日予定が遅れたため、休息日なしにツェルマットへ移動。昨夜来、雷が鳴り響き、雨が降り続く。予報では「山間部は雪、高所で40-50㌢の積雪」とのこと。
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by kobayashi-skin-c | 2016-08-25 17:11 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2016年7月 『日本の一、二、三』 July 2016 "Mt Fuji, Mt Kita-Dake, Mt Aino-Dake"
骨折からまだ3週間も経っていなかったが、マッターホルン登頂に向けた高所訓練のため、以前から計画していた北岳、間ノ岳、富士山へ行くこととした。骨折の3日後、先輩の松田整形外科記念病院院長の菅原先生に、鎖骨、中手骨の金属固定手術を受けており、その菅原先生から意外にも「マッターホルンへ行ってもいいよ、富士山も大丈夫だよ」との言葉があったからだ。事故の直後は完全に諦めていたのだが、我ながら「人間の体ってすごいもんだな」と、再びやる気が出てきた。日本最高峰はもちろん富士山(3776m)、そして第2位が北岳(3193m)、第4位であった間ノ岳が最近の国土地理院の表記法変更によって、奥穂高岳と同じ第3位(3189m)。同時に『日本の一、二、三』の登山。3000mの山小屋に3連泊の訓練である。

7月16日(土)の午前の診療を終えて、新千歳から羽田へ、羽田からはバスで甲府へ。甲府駅前のホテルに宿泊し、翌17日(日)8:00amのバスで北岳登山口の広河原へと向かった。
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あいにくの空模様で、出発してすぐに雨が降り始めた。雨と霧の中、視界ゼロとなり、稜線に出てからときおり登山道を外れてしまったが、「北岳肩ノ小屋」になんとか無事到着。「海の日」連休のため小屋は満員であった。おまけに全員がずぶ濡れ。小屋の中は不快極まりなかった。「訓練、訓練」と言い聞かせ、怪我の痛みに耐えながら、せんべい布団に横たわっていた。「北岳肩ノ小屋」の食事は「南アルプスの飯はまずい」の謂れに反して「大変美味しかった」。ご飯のお代わりも存分に食べることができた。
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翌朝(7月18日海の日)、山の神様は微笑んでくれた。
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ゆっくりと朝食を取り、青空の下まずは北岳山頂へ、そして間ノ岳への稜線散歩。途中おにぎりを食べながら、富士山、南アルプスの山々、遠く八ヶ岳連峰、中央アルプス、北アルプスの眺望を楽しんだ。

北岳山頂にて。
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稜線の向こうに間ノ岳、振り返ると北岳の雄々しい姿。
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間ノ岳山頂にて。
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再び稜線を引き返し肩ノ小屋に帰ると、素敵なショーが待ち受けていた。
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ブロッケン現象のショーは日が仙丈ヶ岳に沈むまで続いた。
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翌19日(火)も晴天。早朝、北岳バットレスを見上げながら下山。
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登山口の広河原から芦安温泉までバスで行き、温泉に浸かった。しばし休憩の後、ふたたび甲府駅へ出て、名物『ほうとう』の昼食。さらにバスに乗り、河口湖駅で乗換えをして、富士山五合目登山口に到着。今日の宿の八合目「東洋館」へ向かった。「雰囲気がまるで北岳とは違うね、まるでテーマパークね」とは衣子の言。言い当てて妙。
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列を成す登山者、かっこうもまちまち、外国の人たちが多い。富士山の山小屋は昔と大違い。トイレは水洗、便座に温熱ヒーター、食事も美味しく、ご飯のお代わり自由。おまけに寝るスペースは昔の倍の広さ。快適であった。

ぐっすりと眠ることができた翌20日(水)、雲海から昇るご来光を拝むことができた。これぞ富士山。思わず『万歳!』を叫ぶ。
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富士山剣ヶ峰山頂にて。
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これで『日本の一、二、三』を登った。天候にも恵まれ、良い訓練となったし、怪我の回復も順調のようであった。

下山後に宿泊した河口湖畔『うぶや』にて、富士山の登頂と結婚記念日であることを告げたところ、こんなサプライズが用意された。また思い出が一つ増えた。そう言えば去年の結婚記念日はモンブラン山頂であった。
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7月27日、日本を出発し、モンブラン、マッターホルンへと向かう。
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by kobayashi-skin-c | 2016-08-25 15:58 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2016年6月 『アイタッ!』 June 2016 "Ouch!"
6月26日、第7回富良野アースライドが開催された。昨年は日本臨床皮膚科医会総会と重なったため出場できなかった。今年はマッターホルン登山に備えて体力作りが順調で、アースライドにもその練習の一環として、また体力試しに出場した。しかし、富良野はあいにくの雨。前夜から、衣子、息子からは「やめなさい」と言われていたのだが、「注意してサクッと走ってくる」と言い残して、4:00amにロードバイクを車に積み込んで出発した。
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雨も風も強く、けっして快適な走行ではなかったが、ペダルをこぐ脚はすこぶる快調であった。富良野から麓郷に続く長い登り坂も、先頭集団の中に残ることができた。そのうちに「注意して走る」の言葉も忘れて、一生懸命にペダルをこぎつづけた。そして魔のときが来た。上富良野に向かう長い下り坂、快調なままにスピードを上げていたとき、ちょっとしたはずみで転倒。70㌔のスピードが出ていたのでひどい転び方をした。左半身を頭から足まで強打して、しばらく意識も朦朧となった。

結果、
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左鎖骨、左第5中手骨の完全骨折、左3,4肋骨の亀裂骨折を負ってしまった。赤岩の第6肋骨を含めると、なんと5本の骨折を、マッターホルンを前に背負ってしまった。「アイタッ!」
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by kobayashi-skin-c | 2016-08-25 15:36 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)