カテゴリ:PHOTO & ESSAY( 170 )
2016年5月 『輝く初夏、札幌』 May 2016 "Brightness of May in Sapporo"
凍えた寒さとパウダースノーで始まった2016年5月も、もう終盤。北見市で33℃を記録した日もあった。北海道の四季は精密だ。確実に日が長くなり、それに合わせて木々も、草花も、動物も、生き物すべてが「生命の華」を咲かせる。

北海道大学薬草園の牡丹と菖蒲
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ライラックの花のたもとでお昼寝
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スズランに芝桜に、オダマキにそしてシャクナゲ
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by kobayashi-skin-c | 2016-05-29 21:13 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2016年5月 『オカマをスベル』 May 2016 "Ski into the Crater Pot of Mt Youtei"
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5月も後半。札幌の桜はもう散ってしまったが、羊蹄山の麓ではエゾヤマザクラが満開を迎えていた。もちろん、花見に来たのではない。山の左稜線近くに、頂上まで達する雪渓が見えている。比羅夫登山口から入って、あの雪渓を詰めて頂上へ。そこには巨大な噴火口がある。一番大きな父釜、そして母釜、子釜が口を開けている。父釜は200mもの深さがあり、この季節は雪で埋め尽くされている。
 羊蹄山頂からの滑降はすでに2年前に果たしていたので、あとは「オカマをスベル」のみ。頑張った。


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比羅夫登山口にある「蝦夷富士小屋」に宿をとった。まだ出来たばかりの素敵な山小屋。ご主人の近藤さんは、羊蹄山避難小屋の管理人も兼務している。蝦夷富士小屋のすぐ近くに「半月湖」がある。羊蹄山には頂上のお釜だけではなく、中腹、麓にも大小の噴火口があり、半月湖もその一つ。深い森に囲まれた神秘的な湖だ。夕陽に照らされた羊蹄山が湖面に映っていた。
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「蝦夷富士小屋」は自炊の山小屋。でも車で乗入れることができるので、いくぶん贅沢な夕食をとり眠りについた。

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4:30起床、5:30登山口を出発。登山口の標高は350m、山頂は1898m。父釜を200m滑り登り返すので、1700m以上の標高を1日で登り、降る。降りはスキーだが。

登山口から4合目半までは夏道を登った。針葉樹に覆われる山道は気持ちよく、やがて広葉樹に変わる林床にはびっしりと花が咲き乱れていた。
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にぎやかに咲く「ヒトリシズカ」
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「サンカヨウ」、初夏の山の定番です。
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「ニリンソウ」
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4合目半から夏道をそれて雪渓に入った。
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20℃近くまで上がった気温で、雪はざくざく。斜度が増すと、スキーシール、スキーアイゼンでは横滑りを起こしおっかない。スキーを脱いで靴にアイゼンを装着した。そしてひたすら登った。途中、雪渓が2箇所で途切れ、やぶ漕ぎを強いられた。
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ついに噴火口の外輪山の上に立ち、一気にお釜の底に向かって滑り降りた。
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あっという間にお釜の底。外輪山を見上げて満足だった。
しかし、200mの標高を登り返す気力も体力も、もう残っていなかったが、ゆっくりと休んで、おにぎりと大福餅を食べて、そして頑張った。
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降りで少し道を失って深い藪に入り込んでしまった。スキーをを捨てようかとも思った。それでも何とか夏道に戻り、スキーを担いでとぼとぼと降りるころ、正面のニセコ・アンヌプリに夕陽が沈んでいった。登山口に着いたのは日も沈んだ18:30。えんえんと13時間の山行だった。疲れた、・・・・・・・・・・・、でも、楽しかった。
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by kobayashi-skin-c | 2016-05-25 22:15 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2016年5月 『新緑の北海道大学』 May 2016 "in the Campus of Hokkaido University"
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新緑の若葉が目に眩しい。中央ローンには「サクシュコトニ川」が春の日差しをうけ、きらきらと流れている。昔(明治の初めころ)、この川では鹿が遊び、鮭が遡ってきていたとか。いつの日か、地下水をくみ上げすぎたためか、この川は涸れていた。近年のこと、大学構内を貫く環状通りエルムトンネルの開通に併せて、わざわざ藻岩山浄水場の余った水をここまで引いて、川を蘇らせた。札幌市と北海道大学の間で何らかの取引があったのだろうと推測している。何本ものポプラ、エルムの木々を犠牲にして貫かれたトンネルの代償か。

オシドリ夫婦が河畔で休んでいた。
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河畔の草原には、ヒナギク、タンポポ
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「恵迪の森」に向かうと、林床はニリンソウの花で埋め尽くされていた。
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エゾエンゴサクの淡い青が色を添える。
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飽きさせられることのない被写体、オオバナノエンレイソウ。
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悲しいかな、今年のあのクロフネツツジは、「塀の中」。
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大学本部の工事が進行中。北海道大学、どこへ行く。最近、建物増えすぎではありませんか?
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by kobayashi-skin-c | 2016-05-13 13:10 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2016年5月『新境地、岩登り』 May 2016 "Climbing -New Challenge"
我々の脳裏には、マッターホルンの三角錐が刻み込まれている。

だから『新境地、岩登り』とあいなった。ノマドの宮下さんから、「まずは、小樽赤岩。ここを10ピッチぐらいなんなくクライミングできる技量と体力が求められます」。宮下さんに連れられて、初めての本格的クライミングに挑戦だ。

小樽赤岩はこんな所。
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「今日は、三十点!!」と宮下さんから一言。今日はたったの4ピッチだったのだが、それにしても怖かった! 最後の1ピッチ、「ATC(確保器)にトップロープをつけたまま、フォローで登っていたのだ!」。「落ちたら、・・・・・・・・、ひえーーーーっ!!」.

また新境地に嵌ってしまったようだ。65歳の挑戦。
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by kobayashi-skin-c | 2016-05-05 16:29 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2016年5月『まだ粉雪、北海道の春』May 2016 "Still Powder Snow in Hokkaido"
アルプス・オートルートから帰国して、ゴールデンウィーク入り。
札幌市内ではすでに桜が満開。
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しかしゴールデンウィーク中、平地でも降雪をみるほどの悪天候が続いた。
連休初日は羊蹄山へ。登山口まで雪が残っていたが、天気はいまいち。風が強く斜面はカチカチ。標高1200mで諦めて下山。下山後はレストラン『マッカリーナ』のアスパラと時鮭の初物が待っていた。美味しかった。
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翌日には、ノマドのオダッチに連れられて、『トムラウシ・ワンデイアタック』に挑戦。
トムラウシ温泉・東大雪荘に宿泊。翌朝3:00am出発で頂上を目指す!、はずだったのだが、吹雪・強風!! 5:00am出発に変更。東大雪荘の前からスキー、シールを履き冬尾根を登った。

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「頂上2000m付近は風速20m/秒の強風の予報です。あと3時間半登ると頂上ですが、今日はコマドリ沢のパウダーで遊びましょう」、とオダッチの指示。ホッとしたやら、無念やら。

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気温は-12℃、膝までのパウダー。これが5月か!! ツリーランも素晴らしかった。
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翌日は快晴の朝を迎え、白く輝く日高山脈の連なりに感動。しかしトムラウシは雪雲に隠されたまま。「また、おいで」ということか。
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天候に恵まれなかった北海道のゴールデンウィーク。ただ一日、晴天の日があった。トムラウシのリベンジに、大雪旭岳へと向かった。
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雲一つない青空に胸が躍る。ロープウェイからみる斜面はパウダーっぽい。期待に胸が膨らむ。

「姿見の池」に到着すると白銀の世界が待ち受けていた。地獄谷の噴気孔から上がる蒸気はまっすぐに空に向かっている。無風だ。
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雪はたっぷり、夏道登山道もすべて雪に覆われており、頂上までスキー・シールで登ることができた。
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トムラウシ山頂がくっきりと見えているのが、少し恨めしい。
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頂上からは360度の白銀の展望。頂上の杭にはすごい「えびの尻尾」。一昨日はここもすごい強風と吹雪が吹き荒れていたのだろうな、と実感。
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「さあ、旭岳北斜面の大滑降」と勇んで滑り始めたが、パウダーどころか、ガチガチのアイスバーン。斜面が青く光るところも! 我々の顔も真っ青!!
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それでも果敢に突っ込む。
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ところどころの沢斜面にはパウダーが残っており大感激。
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無事に下山。素晴らしい一日でした。感謝、感謝。
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by kobayashi-skin-c | 2016-05-05 15:46 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2016年4月 『パリ、ルーアン』 April 2016 "Paris, Rouen"
アルプス・オートルートへの途中、札幌→東京→パリの乗継が必要であり、せっかくだから『花のパリ』も少し楽しむこととした。パリ・シャルルドゴール空港に夕方着。スキー用具は空港内のBaggageに全部預けて、RER電車を乗り継ぎ、サン・ラザール駅へ、そしてフランス国鉄の電車でルーアンの街へと向かった。ルーアンはセーヌ川の河口にある古都。大聖堂とジャンヌ・ダルク終焉の地として知られる。亡き遠藤周作が青春のひと時を過ごした町である。

ルーアンの街並
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ノートルダム大聖堂。太陽が醸し出すファサードの光のうつろいを、モネが連作として描いた。1063年に創建された大聖堂は、現代に至ってもまだ改修が繰り返されている。
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ジャンヌ・ダルク教会。15世紀のこと、英仏百年戦争に敗れたフランスを救った少女ジャンヌ・ダルクは、「魔女」の汚名を着せられ、この地で火刑に処せられた。ジャンヌ・ダルクをしたう多くの人々がこの教会を訪れる。ステンドグラスは16世紀に作られたという。
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翌日パリに戻り、ロダン美術館を訪れた。日本における近代美術に大きな影響を与えたロダン。その彫刻、塑像を集めた美術館は、かつてロダンの邸宅であった。館内のみならず、広大な庭のいたるところに、ひっそりと、そして華麗に像が佇んでいた。
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『地獄の門』
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『カレーの人々』
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言わずと知れた『考える人』。しかし私にはどうしても、トイレで便秘に苦悩する男の姿にしか見えないのだが。

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こんな大勢の人に囲まれていたら、「出るものも、出ないよなあ」と同情してしまったが・・・・。フランスの美術館で感心するのは、子供達が多いこと。けっしてお行儀が良いわけではないが、その機会を与える環境と、少々の騒音を許してしまう大人たちの許容。うーーむ。


パリの街の中に『パッサージュ Passage』と呼ばれるアーケード街がある。18世紀末から19世紀前半にかけてパリのいたるところに作られ、パリジャンの憧れであったアーケード街も、今はデパート、大型店舗にその座を奪われ現存するのはわずかのみとなった。その一つ、Passage des Panoramas 53番地に素敵なお店があった。北海道出身、札幌グランドホテルで修行を積んだ「佐藤伸一さん」がシェフを務めるレストラン。その名も『Passage 53』。素敵な、美味しいご馳走を頂いた。
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その夜観たバレー『ロミオとジュリエット』に魅了された。Dorothee Gilbertが踊るジュリエットは、かろやかで美しく、そして一途に情熱的であった。
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パリを離れて、ジュネーブへ、さらにシャモニーへと向かった。ここからオートルートが始まった。
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by kobayashi-skin-c | 2016-05-02 22:53 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2016年4月『雪と氷の峰々-アルプス・オートルート①』April 2016 "Re-challenge of Alps Haute Route①"
2014年、悪天候と自らのスキー技術、体力の不足から撤退を余儀なくされた『アルプス・オートルート』に、今年再チャレンジした。天候にはおおむね恵まれ、アローラの村からツェルマットまで、スキーで歩き、登り、滑りとおすことができた。

素晴らしいガイド(ノマド宮下氏)、楽しい仲間に恵まれた思い出の山行であった。


まずはシャモニーで足慣らしから。
Grands Montes グラモンテから眺めるモンブラン4810m、右にシャモニーの町、左にはヴァレー・ブランシュ氷河、中央下にメール・ド・グラス氷河が見える。
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グラモンテ、フレジェール、ブレヴァンのスキーコースを滑った。上は粉雪、下はザラメ雪。
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ブレヴァンは迫力ある岩山で、シャモニーの谷の向こうに聳えるモンブランはひたすらデカイ。綺麗だ。昨夏登頂できたことが我ながら凄いと思う。エギーュ・デュ・ミディ、モンブラン・ド・タキュル、モン・モディ、そしてモンブランへと続く登山ルートが眼前に広がる。ところで、ブレヴァンの山頂付近、岩壁の端に人が?
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拡大してみると、人だ!!
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そして、
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飛び降りて、飛んだ。『ムササビ・マン(スカイ・フライイング)』。よう、やるわ。

夕方、目くるめく色を変える山のショータイムが始まった。傾いた太陽に照らされるシャモニー針峰群とモンブラン、ボソン氷河
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そして、夕陽に照らされた山々は赤く燃えた。
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翌朝、仲間全員が集合し、ヴァレー・ブランシュ氷河スキーへと出発した。
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まずはロープウェイでエギーュ・デュ・ミディ山頂へ。『ムササビ・マン』も凄かったが、このロープウェイを完成させた人々の情熱と勇気にも脱帽。
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高度順応のため、展望台でのんびりと過ごした後、トンネルを抜けて氷河上まで急勾配の雪稜を慎重に下った。昨夏の稜線はもっと細く、ロープも張っていなかった。這って行き来する人もそう言えばいたな。
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雪のコンディションは必ずしも良いとは言えず、表面はガチガチ、でこぼこだった。宮下さん曰く「今までで最悪」とのことであったが、青空に聳える雪と氷の峰々に心が躍った。
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氷河は生きている(動いている)。押し寄せる氷壁・塔(セラック)は不気味だ。
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ヴァレー・ブランシュの氷河スキーを堪能して宿に帰ったが、実は6人のメンバーのうち、3人のスキーが飛行機乗継のトラブルでまだ届いていない。何時着くのやらもはっきりしない。宿のオーナー神田さんご夫妻が必死の交渉を、エアフランスとやりとりするが、明日のオートルート出発は無理のようだ。難コースのオートルートをレンタルスキーでは心もとない。ガイドの宮下さんは、「明日の停滞、明後日出発、1日短縮」を決断した。

翌日、晴天の下、ふたたびブレヴァン、フレジェールのスキーコースをくまなく滑り降りた。真正面に、モンブラン、シャモニー針峰群、メール・ド・グラス氷河とその向こうのグランドジョラス、そしてドリュ、ヴェルト針峰など名だたる名峰を望みながら、スキーを堪能した。そしてテラスでの楽しい昼食も、明日への英気となった。
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山の歴史を刻むシャモニーの町。また訪れたい。
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その夜9時を過ぎてから、3人のスキーが宿に届いた。
翌早朝、お世話になった神田さんご夫妻に別れを告げ、登山口のアローラ村に向かい、1日目のヴィネット小屋(3160m)を目指した。残念ながらこの日は曇り。ときおり小雪がちらつく。
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3000mを越す登りはかなりハードである。

思い出のヴィネット小屋。2年前にはここで悪天候のため2日停滞。結局アローラ村へと下山した。
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翌朝、小屋の周りはガスに包まれていた。慎重に隊列を組んでヴィネット小屋を出発し、ベルトール小屋(3311m)を目指す。空にときおり青空がのぞき始めた。
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レヴェーク峠3716mにさしかかる。スキーシールをはずして新雪の急斜面に向かってダイブ!ガスがときおり切れて、美しい雪と氷の峰々が姿を現す。歓喜の声が上がる。
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急斜面から緩斜面へ、そしてまた急斜面と、どこまでも滑降が続く。新雪に描くシュプールが美しい。
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いったい、どこまで滑り続けるのだろうか、と思うぐらい広い斜面が次々と現れる。
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やっと滑降が終わりシールを貼り、そして休憩。陽射しが強い。女性陣は完全フェースマスクの強盗スタイル。
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そして、3311mのベルトール小屋へ向かって登り始めた。
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広い!長い!息が切れる!
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元・山スキー部のKata先生は、果敢に直登。
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こまめに休んで、景色を楽しんで、ベルトール小屋はスカイラインに見えている。
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やっとのことで、ベルトール小屋が建つ稜線上に辿り着くと、小屋はさらに上の岩山に君臨していた。「どうやって小屋へ行くのだろう?」と思って、よくよく見ると、50m以上の鉄梯子が小屋まで伸びていた。「ヒエーーー!」と溜息をついていたら、衣子が「私は疲れてもうだめ、ここで荷物を降ろすからあとで取りに来て!」。どっこい私は高所恐怖症、こんな梯子を戻りなおすなんてまっぴらごめん。「自分で担いで登れ!!!」。二人の姿を、上から宮下さんがパチリ。
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必死の思いで登っていると、恐怖心なんてこれっぽちも感じない。へとへとになりながらも、小屋に辿り着いた。眼前には大氷原が広がり、その向こうにマッターホルン、ダン・デランの頂が顔をのぞかせ、さらにダン・ブランシュ、オーバー・ガーベルホルン、ツィナールロートホルンなど4000m級の名だたる峰々が連なっている。この大迫力の景観に、疲れも恐怖も吹っ飛んだ。
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ベルトール小屋はそれにしても凄い所に建っている。これは雪崩を受けないために、こんな場所に建てられているのだとか。金網でできたテラスの床下は200-300mはあろうかという断崖だ。しかし、怖いなんて言ってられない。だってこのテラスの上を歩かないと、トイレに行けないのだ。
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夕陽を浴びるテラスの上で、記念撮影をしてもらった。
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明日は、マッターホルン北壁を見上げながら、ツェルマットの町まで大滑降。楽しみだ。星空も綺麗だった、のだが、・・・・・・
明け方からビュービューという風の声。ガスがかかり雪が横殴りに吹き付ける朝を迎えてしまった。

悲しいかな、翌日の写真はこれ一枚きり。
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テート・ブランシュ峠3710mへの長い登りは吹雪の中。マッターホルン北壁下を横切るころ、斜面が氷の破片だらけだと思っていたら、壁の上の氷河が崩れ始め、先行する宮下さんから『急げーーーー』の号令。あわてて転んでしまった。

アルプス・オートルートは、『また来いよ』と言ってくれたのだろうか。

楽しい仲間との山歩き、語らい。感謝、感謝の連続だった。『山は友。そして友は山にあり』。
美味しい食事とお酒の協力も素晴らしかった。

フォンデュ
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イェーガーティーとロスティ
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山のリキュール、「Katoさん、どうしてこんなに良く知ってるの?やっぱり好きだから?」
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まだまだ頑張れるかな。またこの雪と氷の峰々に抱かれたい。
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by kobayashi-skin-c | 2016-04-27 07:14 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2016年4月『雪と氷の峰々-アルプス・オートルート②』April 2016 "Re-challenge of Alps Haute Route②"
無事にツェルマットに下山。しかし下山後も悪天候が続き、まる3日間マッターホルンは姿を現すことはなかった。

4日目の朝、
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ついに『孤高の巨人-マッターホルン』が姿を現した。他に比べようもない圧倒的な存在感を示す。

ゴンドラ、リフトを使ってかけ上がり、新雪のテオドゥーロ氷河を滑降した。オフピステゆえに、どこにクレバスがあるか分からない。先行者のシュプールをたどるように滑った。
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その動画模様は、以下のYouTubeサイトをご覧あれ。
https://youtu.be/ndXh0fegKmk
https://youtu.be/3p_TH8lYbvg

翌日は、ツェルマットアルパインセンター(山岳協会)にお願いして、現地のガイド、ルーディに連れられて『ブライトホルン4164m』を目指した。ツェルマットの町からはゴンドラ、ロープウェイを乗り継いで一気に3883mのクラインマッターホルン山頂駅へ。長いトンネルを抜けてスキーコースへ。しばらく滑り降りてコース外へ、さらに大雪原を降り気味にトラバースして、いよいよスキーシールを装着してブライトホルン山頂を目指した。新雪だ。
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約2時間、他のパーティーと抜きつ抜かれつ、ラッセルを交代しながら、やがて稜線上に出て、ルーディの『Congratulations!』の声に招かれた。モンテローザもマッターホルンも同じ高さに見える。遠くにはモンブランがひときわ高く聳えている。山頂ならではの感激を味わった。
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そして、新雪の急斜面にドロップイン。
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あっという間に滑り終えたが、緊張のせいか、はたまた空気が薄いのか、喘ぎながらの滑降であった。
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ルーディとは山の上で別れ、この日はスイス・イタリア国境線上に建つテオドゥーロ小屋に泊まることとした。改築されたばかりのテオドゥーロ小屋(イタリア山岳協会所属)には、マッターホルンを眼前に望む素敵なレストランがあり、眺めと言い、食事と言い、山小屋と言うよりも山岳ホテルという趣であった(寝るのは暖房なしのカイコ棚ではあったが)。
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テオドゥーロ小屋からは夕日、朝日、そしてAbend Rot, Morgen Rotをたっぷりと楽しんだ。

マッターホルンをシルエットに浮かび上がらせる夕日。そして夕焼けの峰々。
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ミシャベル山群から昇る朝日、そして朝焼けのマッターホルン、イタリア側の峰々。
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アルプスを滑る最後の日、イタリア側の美しい町Cervinia/Breuilまで滑り降り、違った角度からのマッターホルンを眺めた。
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そして、マッターホルンを眺めながら、再訪を、願わくば登頂を心に期した。モンテローザホテルの壁に飾られたWhymperの胸像にもお願いをしておいた。
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by kobayashi-skin-c | 2016-04-27 06:18 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2016年4月 『北海道大学早春賦』 April 2016 "Spring has come to the campus"
アルプスを歩いている最中、熊本の地震のことをネット情報で知らされた。突然に襲う天変地異。熊本は私の亡き母の故郷であり、多くの類縁者が暮らす。何もできない(しない)自分が腹立たしい。

アルプスからの帰国後、北海道大学キャンパスには今年も変わらぬ春が訪れていた。

正門をくぐった脇に咲いていた可憐なフッキソウ
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中央ローンのヤナギはいちはやく新緑にまとわれていた。
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農学部前ローンにはキタコブシの並木がある。まさに早春の純白。
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もう一つの早春の純白の花、大野池たもとのミズバショウ。
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そして今年もオシドリの夫婦が池に訪れていた。変わらぬ夫婦なのか、相手が変わっていないのか、下衆の勘ぐりはやめておこう。オシドリ夫婦なのだ。早春の生命の躍動のひとこま。
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by kobayashi-skin-c | 2016-04-27 04:41 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2016年3月 『氷雪の上ホロカメットク』 March 2016 "Ice and Snow Climbing to Kami-Horokamettoku"
65歳の誕生日、新たな挑戦が始まった。今夏のマッターホルンを目指して、氷雪クライミングの訓練を『上ホロカメットク』で行った。指導はノマド宮下氏。

訓練にふさわしい天候であった。全山ガス、昨夜来の低気圧の影響下で風も強い。宿の窓越しにガスに包まれた森を写した。窓は氷に覆われ開けることができなかった。キタキツネも見つけた。
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ガスの中、宮下さんに導かれて、スノーシューで登り始める。
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上ホロカメットク山(かみホロカメットクやま)は、北海道上富良野町・南富良野町・新得町にまたがる標高1,920 mの山。十勝岳と富良野岳の中間にあり、夏は縦走の一環として登られることが多い。安政火口から屹立した岩山で、冬季に氷りついた爆裂火口壁が格好の氷雪クライミングルートを数多く提供する。


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壁の手前で、アイゼンに履き替え、ザイルで結ばれるのだが、準備に手間取り、「この時間ではもうアウト!」と宮下さんから厳しい一言。


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ガスと強風の中、頂上に立つ。途中、写真を撮る余裕は皆無。ただひたすら、アイゼンを氷雪壁に蹴り込み、ピッケルを打ち込み、そして寒さに耐えた。65歳、新たな挑戦はこれからも続く、のだろうか。

正直なところ、「非常に楽しかった」。


何も見えなかった上ホロカメットクだが、宮下さんが晴れた日の写真を提供してくれた。正面に突き上げるのが、この日登った北西稜だ。すごく、かっこいいルートであると思う。
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by kobayashi-skin-c | 2016-03-31 17:53 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)