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2016年8月 『アルプスの女王、モンブラン』 August 2016 "Queen of the Alps, Mont Blanc"
シャモニーの町に来るのはこれで4度目。今年の4月、オートルート(山スキーの縦走)へ来たばかりであったが、今回の目的はツェルマットから登るマッターホルンであり、シャモニーから登るモンブランはあくまで高所順応の訓練のため。昨夏のモンブランは、熱波による落石事故多発のためグーテ小屋コースが閉鎖となり、三山縦走コースでモンブランに初めて登頂した。なかなかの難コースで登頂の歓びはひとしおであった。

今年、高所順応に訪れたエギーュ・デュ・ミディからふたたび昨年のコースを見上げたが、クレバスだらけのあの斜面をよくも登れたものである、とあらためて感心した。
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シャモニー1日目 時差調整、高所順応にまずラック・ブラン(Lac Blanc 白い湖) へ出かけた。道々モンブラン山群全体を見渡すことができ、また山の斜面ではアルペンローゼの花がちょうど満開の時を迎え、楽しいハイキングとなった。
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シャモニー2日目 終日雨と強風のため宿で停滞。日本人アルピニスト神田氏が経営する「シャレー・ジャポニアール」は自炊設備があり、また庭にはジャグジー風呂も備えられ、だれに気兼ねすることもなく快適に休息を取った。

シャモニー3日目 予定を一日遅れとして、高所順応のためValee Blanche氷河の上をエギーュ・デュ・ミディからイタリア側のエルブロンネへと歩いた。
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真っ青な青空、新雪が積もった真っ白い氷河、垂直にそそり立つ黄色い岩壁に囲まれて幸せな一日であった。

途中、急斜面の小ピークに上がった。
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小ピークの上でポーズをとるガイドのオルトンヌ。モンブランへは彼が私達二人をガイドする。
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イタリア側のエルブロンネからフランス側のエギーュ・デュ・ミディまでは、このゴンドラに乗って戻った。絶景の展望を望みながらの30分間の空中散歩であったが、この三連結のゴンドラは、人の乗り降りのたびに数分間隔で停止する。最高所での宙ぶらりんには、「まいった」。風が少なくて幸いだった。
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シャモニー4日目 シャモニーからバスでレズーシュへ移動、ロープウェーに乗ってベルビューへ上がり、今度は登山電車に乗り換えて二・デーグルへ。ここが登山口となる(2372m)。それにしてもこんな急勾配を電車が登ってくるなんてすごい。
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すでに森林限界を越えた急勾配の砂礫地をジグザグに登り、3167mのテート・ルース小屋がある雪渓へと至る。ここでクランポンを履き、ハーネス、ヘルメットを装着する。眼前に真っ黒な岩の急斜面が立ちはだかる。この急斜面にいくつかの細い谷間があり、横切っていかなければならない。ここが昨年落石で多くの人の命を奪った「グランクーロワール」。「Rock, Roc, Rock, Roc!」の大きな叫び声の後に、乾いた音をたてながら猛スピードで岩が転がり落ちていく。一つだけではなく、いくつもの岩が続く。それも何度も。「まったくなんでこんなところを登らなくちゃならないんだ」と言ったってしょうがない。ガイドのオルトンヌとロープで結ばれ、小走りに雪渓を横切った。
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下山する人たちとすれちがいながら、岩の急斜面を3時間、攀じ登った。下山してきた人たちのほとんどは、今日の悪天候でモンブランには登頂できなかった、と残念そうに語っていた。昼過ぎに3817mのグーテ小屋に到着したが、深いガスと雪のため、視界はゼロ。気温はマイナス5℃。グーテ小屋は完成したばかりの現代建築物であるものの、中も寒い。おまけに部屋が最上の4階であったため、息を切らせながらたどりつかなくてはならなかった。

シャモニー5日目 1:45am起床、2:00朝食。今日もグーテ小屋泊りの予定であるため、出発競争には加わらず、ゆっくりと小屋を3:00amに出発した。外は真っ暗で凍えるような寒さであった。ヘッドランプを点し、オルトンヌ、衣子、私の順にロープで結ばれ、雪の急斜面を登り始めた。ヘッドランプで照らされるわずか1平方メートルもの視界だけを見つめながら、息を切らせながら、ただひたすらに登り続けた。周囲にはガスがかかっているようだ。グーテ小屋を出発してから約2時間、少し山の稜線が白み始めるころ、避難小屋であるヴァロー小屋に到着した。オルトンヌの判断で、ガスが晴れるまでの間、小一時間、小屋の中で待機した。ほんの小さな小屋の中に、シュラフにくるまった登山者が転がっているのにはびっくりした。

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小休止のあと外に出ると、空は晴れ上がっていた。モンブランの頂上がまだずっと先のほうにある。
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小さなクレバスを越え、その向こうに続くボス山稜の細いリッジ上の踏み跡をみて、「あんなところを歩くのか」と少しびびる。頂上への稜線上には、登る人と降りる人で、列ができている。続いた悪天候のため今日に集中したようだ。
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そして、頂上へ至る。晴天、気温はマイナス8℃。申し分ない。アルプスの峰々と雲がはるか下に見える。遠くには紛うことなく、マッターホルン。その隣にモンテローザ山群。
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登頂の歓びは、「ウーーーム、去年のほうが格段に大きかった」かな。
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せっかくの頂上、それもこんな天気の良い日に、思いっきり写真を撮りたかったのだが、ガイドのオルトンヌは「ロープをはずしたらだめ」、「写真もだめ」と言う。客の安全のためには仕方ないのかも知れない。写真を撮れないぶん、しっかりと網膜に焼き付けたつもりではあるが、いかんせん記憶装置の劣化はどうしようもない。やはり写真が欲しいところ。頂上に名残を惜しみ、グーテ小屋へと降った。
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昨日は全く見えなかったグーテ小屋が全貌を見せた。まるで「宇宙船」を思わせる外観。中身はいまいちなんだけど、かっこいい。

シャモニー6日目 7:00amに朝食。7:30amには下山を開始した。落石の危険を避けるため、グランクーロワールをできるだけ朝早い時間に通ったほうが良い。
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無事に通り抜け、雪渓の上を尻滑りしたり、登りでは見れなかったお花畑に感嘆したり。出発点の二・デーグルに引き返し、登山電車に乗ってシャモニーへと下山した。
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シャモニー7日目 悪天候で一日予定が遅れたため、休息日なしにツェルマットへ移動。昨夜来、雷が鳴り響き、雨が降り続く。予報では「山間部は雪、高所で40-50㌢の積雪」とのこと。
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by kobayashi-skin-c | 2016-08-25 17:11 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2016年7月 『日本の一、二、三』 July 2016 "Mt Fuji, Mt Kita-Dake, Mt Aino-Dake"
骨折からまだ3週間も経っていなかったが、マッターホルン登頂に向けた高所訓練のため、以前から計画していた北岳、間ノ岳、富士山へ行くこととした。骨折の3日後、先輩の松田整形外科記念病院院長の菅原先生に、鎖骨、中手骨の金属固定手術を受けており、その菅原先生から意外にも「マッターホルンへ行ってもいいよ、富士山も大丈夫だよ」との言葉があったからだ。事故の直後は完全に諦めていたのだが、我ながら「人間の体ってすごいもんだな」と、再びやる気が出てきた。日本最高峰はもちろん富士山(3776m)、そして第2位が北岳(3193m)、第4位であった間ノ岳が最近の国土地理院の表記法変更によって、奥穂高岳と同じ第3位(3189m)。同時に『日本の一、二、三』の登山。3000mの山小屋に3連泊の訓練である。

7月16日(土)の午前の診療を終えて、新千歳から羽田へ、羽田からはバスで甲府へ。甲府駅前のホテルに宿泊し、翌17日(日)8:00amのバスで北岳登山口の広河原へと向かった。
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あいにくの空模様で、出発してすぐに雨が降り始めた。雨と霧の中、視界ゼロとなり、稜線に出てからときおり登山道を外れてしまったが、「北岳肩ノ小屋」になんとか無事到着。「海の日」連休のため小屋は満員であった。おまけに全員がずぶ濡れ。小屋の中は不快極まりなかった。「訓練、訓練」と言い聞かせ、怪我の痛みに耐えながら、せんべい布団に横たわっていた。「北岳肩ノ小屋」の食事は「南アルプスの飯はまずい」の謂れに反して「大変美味しかった」。ご飯のお代わりも存分に食べることができた。
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翌朝(7月18日海の日)、山の神様は微笑んでくれた。
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ゆっくりと朝食を取り、青空の下まずは北岳山頂へ、そして間ノ岳への稜線散歩。途中おにぎりを食べながら、富士山、南アルプスの山々、遠く八ヶ岳連峰、中央アルプス、北アルプスの眺望を楽しんだ。

北岳山頂にて。
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稜線の向こうに間ノ岳、振り返ると北岳の雄々しい姿。
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間ノ岳山頂にて。
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再び稜線を引き返し肩ノ小屋に帰ると、素敵なショーが待ち受けていた。
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ブロッケン現象のショーは日が仙丈ヶ岳に沈むまで続いた。
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翌19日(火)も晴天。早朝、北岳バットレスを見上げながら下山。
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登山口の広河原から芦安温泉までバスで行き、温泉に浸かった。しばし休憩の後、ふたたび甲府駅へ出て、名物『ほうとう』の昼食。さらにバスに乗り、河口湖駅で乗換えをして、富士山五合目登山口に到着。今日の宿の八合目「東洋館」へ向かった。「雰囲気がまるで北岳とは違うね、まるでテーマパークね」とは衣子の言。言い当てて妙。
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列を成す登山者、かっこうもまちまち、外国の人たちが多い。富士山の山小屋は昔と大違い。トイレは水洗、便座に温熱ヒーター、食事も美味しく、ご飯のお代わり自由。おまけに寝るスペースは昔の倍の広さ。快適であった。

ぐっすりと眠ることができた翌20日(水)、雲海から昇るご来光を拝むことができた。これぞ富士山。思わず『万歳!』を叫ぶ。
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富士山剣ヶ峰山頂にて。
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これで『日本の一、二、三』を登った。天候にも恵まれ、良い訓練となったし、怪我の回復も順調のようであった。

下山後に宿泊した河口湖畔『うぶや』にて、富士山の登頂と結婚記念日であることを告げたところ、こんなサプライズが用意された。また思い出が一つ増えた。そう言えば去年の結婚記念日はモンブラン山頂であった。
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7月27日、日本を出発し、モンブラン、マッターホルンへと向かう。
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by kobayashi-skin-c | 2016-08-25 15:58 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2016年6月 『アイタッ!』 June 2016 "Ouch!"
6月26日、第7回富良野アースライドが開催された。昨年は日本臨床皮膚科医会総会と重なったため出場できなかった。今年はマッターホルン登山に備えて体力作りが順調で、アースライドにもその練習の一環として、また体力試しに出場した。しかし、富良野はあいにくの雨。前夜から、衣子、息子からは「やめなさい」と言われていたのだが、「注意してサクッと走ってくる」と言い残して、4:00amにロードバイクを車に積み込んで出発した。
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雨も風も強く、けっして快適な走行ではなかったが、ペダルをこぐ脚はすこぶる快調であった。富良野から麓郷に続く長い登り坂も、先頭集団の中に残ることができた。そのうちに「注意して走る」の言葉も忘れて、一生懸命にペダルをこぎつづけた。そして魔のときが来た。上富良野に向かう長い下り坂、快調なままにスピードを上げていたとき、ちょっとしたはずみで転倒。70㌔のスピードが出ていたのでひどい転び方をした。左半身を頭から足まで強打して、しばらく意識も朦朧となった。

結果、
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左鎖骨、左第5中手骨の完全骨折、左3,4肋骨の亀裂骨折を負ってしまった。赤岩の第6肋骨を含めると、なんと5本の骨折を、マッターホルンを前に背負ってしまった。「アイタッ!」
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by kobayashi-skin-c | 2016-08-25 15:36 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2016年6月 『美しい花には棘がある』 June 2016 "Thorns of Roses"
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石狩灯台。石狩川河口にある。「喜びも悲しみも幾年月」の一舞台にもなった。サイクリング道が札幌から続き、札幌近郊で私の好きな場所の一つでもある。
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灯台の周囲は砂丘となり、砂丘特有の植物が群生している。ひときわ鮮やに咲いているのが、この季節の「ハマナス(浜茄子)」。「ハマナス」バラ科の花(Rosa rugosa)。野生で咲くハマナスは濃い紅紫で、強い芳香を放つ。「北海道の花」に指定されており、皇太子妃殿下、雅子様のお印でもある。


札幌の街中、大通公園の西端にバラ園があり、各国の名花が咲き誇っている。
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あまりに綺麗なので、近付きすぎて写真を撮っていると、棘がひざを刺した。「美しい花には棘がある(No rose is without a thorn)」。


美しい岩壁「赤岩」にも棘があった。
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先週の赤岩西壁ルート登攀中、踏み出しの二歩目を踏みはずし、1メートルぐらい、下にドンと落ちた。痛みがズキッと走ったが、気にせずにその日は終わった。翌日から、寝返りや咳をすると、左胸に痛みが強くなったので、「また肋骨にひびが入ったか、まあすぐに治るだろう」と気にもしていなかった。しかし今週、またまたの赤岩通いの「2本目登攀」。途中岩に引っかかったロープを、岩にしがみつきながら、思いっ切り左手を伸ばしたり、回したりして、何とかその場を脱したが、頂上についてから左胸に息苦しいほどの痛みを覚えるようになった。この日はこれで撤退。翌日、松田整形外科の菅原先生に診察してもらったところ、「左第6肋骨亀裂骨折」の診断。レントゲン写真には、くっきりと「ひび」が入っていた。

「美しい岩壁には角がある」。無念。
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by kobayashi-skin-c | 2016-06-24 09:06 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2016年6月 『赤岩ミステリー』 June 2016 "Mystery of Red Cliff Otaru"
3日前に来たばかりというのに、晴れ間がのぞいた平日、また赤岩を訪れた。今日は、赤岩西壁ルート(手前の黒い岩壁)。
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透きとおった碧色の海を眼下に眺め、遠く石狩湾を囲む積丹、増毛の山々を見渡すこの爽快感。攀じりきった達成感、安堵感も大きい。何よりもノマド宮下さんへの信頼感が支えである。
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こんな岩登り通いを、もし、親が知ったならどんなに悲しむだろう。
それも、平日に。
(弁解がましいが、水曜日は往診日、今日は往診の依頼が無かったのです。でもよく休んでいるよな、すみません)


宮下さんと一緒に登っていると、いろんな話しも楽しい。
ここ赤岩には岩壁ゆえの悲劇があり、そして信仰の山でもあることから神秘的な逸話もたくさんある、らしい。西壁を攀じり、懸垂下降でスタート地点に戻ったら、何というミステリー。今日の西壁には私達3人と、もう2人のみしか入っていなかったのに、デポしていたリュックが別の場所に移動し、リュックにしっかりと収めてあった品々があたりに散らばっていた。財布までもがリュックの外に転がっていた。
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岩壁を彷徨う亡霊の仕業か?天狗か?
すると傍で、カラスが「かーーーーっ」と啼いた。まさか、カラスがリュックのチャックを開けるか?宮下さん曰く、「赤岩のカラスは、足でリュックを押さえ嘴でチャックを開くことができる」のだそうだ。宮下さんは以前に靴をくわえ取られたとのこと。ところで、財布の中身やいかに?まさかカラス君、抜き取ったお札をくわえてコンビニに買い物へ、・・・・・・・。まさかね・・・・・・・・・・、ヒトの言葉も喋っていたりして、・・・・・・・謎が深まる。
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by kobayashi-skin-c | 2016-06-15 17:37 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2016年6月 『小樽赤岩、岩を攀じる山女』 June 2016 "Otaru Red Cliff, Lady Climber"
小樽赤岩通いが続く。晴天の日曜日、多くのクライマーが訪れていた。
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積丹ブルーの海が広がり、断崖にはユリの花が咲いていた。
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こんな美しいユリの花も。
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そんなユリの花が、
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2回も落ちてぶら下がったのに、このユリの花はめげなかった。
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行く手に、3級・4級がミックスする岩壁を、アイゼン装着の靴で攀じる女性が先行していた。
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彼女も、今夏マッターホルンを目指しているとのこと。まだまだ上をいくLady Climberがいるもんだ。それにしても、こんな勇ましいユリの花、花。けっして山ガールとは呼ぶまい。『山女』(ヤマメとは読まないで。その名は"ヤ マ オ ン ナ")
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by kobayashi-skin-c | 2016-06-12 15:33 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2016年6月 『夏の思い出、空沼岳、北大祭』 June 2016 "Memory of the summer, Hokudai Festival"
夏が来れば思い出す、はるかな、
わが青春。

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1970年6月、大学1年生の時、空沼岳万計沼に筏を浮かべる。


毎年のように、残雪の空沼岳を訪れる。あまりに雪が多く、雪渓で道を失ったこともあった。雪解け水で山道が冠水し、膝まで水に浸かることもあった。今年、リラ冷えの肌寒い日が続き、オホーツク海側では6月というのに雪が降った。そんな中、ある日晴天が広がった。
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登山口から1時間あまりで万計沼に着く。ほとりには北海道大学の「空沼小屋」が立つ。が、今は老朽化のため閉鎖されている。1970年6月、この小屋に泊まり、翌朝空沼岳に登り、札幌岳へ縦走した。それが私の北海道の初めての山だった。魅せられた。
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真簾沼。1970年、雪渓が残るこの沼で、M君とともに泳いだ。A君の「もし泳げたら、生協のランチ!」の賭けにのった。「はるかな、思い出」である。
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新緑と残雪の山(余市岳)が眩しい。
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低山だが360度の展望は素晴らしい。
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羊蹄山をバックにする65歳。あれは、46年前か。
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山の初夏、ゼンマイが葉を開き始め、
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可愛らしい蕗の薹が雪渓の脇で顔を出す。
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ツツジの赤も濃い(ムラサキヤシオ)。
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シラネアオイ(「この花は日本にしかない」、とNHKで言っていた)
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キャベツ畑と見紛うミズバショウの群落。可憐な水芭蕉も暖かくなると巨大なキャベツへと化す。英語ではその名も"Skunk Cabbage"
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地味だけど美しい、オオカメノキ(ムシカリ)
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山で見つけると嬉しいオオバナノエンレイソウ
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いまや、札幌の初夏の風物詩となった「北大祭」。晴天となった日曜日、多くの市民が訪れていた。普段は学生・教師だけが行きかう道の両側には屋台のテントが立ち並び、人で埋め尽くされていた。
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今の北大には大勢の留学生が訪れている。各国・各地の屋台が眼を引いた。なんとも、楽しそう。
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今の平和で楽しい北大祭と違い、1970年当時の北大は学生紛争の真っ只中。全学封鎖が解除され、やっとのことで入学試験が行われたが、入学式はなかった。大学祭と言っても、「革マルだ」、「民青だ」、「中核だ」のヘルメット姿と、拡声器のアジ演説の声だけだった。そんな大学祭を逃れて行ったのが「空沼岳」だった。
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夏が来れば思い出す、はるかな、わが青春。
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by kobayashi-skin-c | 2016-06-05 21:54 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2016年5月 『小樽赤岩』 May 2016 "Red Cliff Otaru"
小樽赤岩。
岩を攀れば青い水平線。

Otaru Ocean Blueが目の前に広がる。クライミングにも少し余裕が出てきた気がするが、5級の岩壁を攀り切ることはできなかった。
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廣島の山は低くとも
夏は故郷の山が待つ
岩を攀ずれば山男
無我を悟るはこの時ぞ
(我が母校、広島高等師範学校(現広島大学附属高等学校)で歌い継がれる『山男の歌』の一節から)
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by kobayashi-skin-c | 2016-05-29 21:40 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2016年5月 『輝く初夏、札幌』 May 2016 "Brightness of May in Sapporo"
凍えた寒さとパウダースノーで始まった2016年5月も、もう終盤。北見市で33℃を記録した日もあった。北海道の四季は精密だ。確実に日が長くなり、それに合わせて木々も、草花も、動物も、生き物すべてが「生命の華」を咲かせる。

北海道大学薬草園の牡丹と菖蒲
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ライラックの花のたもとでお昼寝
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スズランに芝桜に、オダマキにそしてシャクナゲ
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by kobayashi-skin-c | 2016-05-29 21:13 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2016年5月 『オカマをスベル』 May 2016 "Ski into the Crater Pot of Mt Youtei"
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5月も後半。札幌の桜はもう散ってしまったが、羊蹄山の麓ではエゾヤマザクラが満開を迎えていた。もちろん、花見に来たのではない。山の左稜線近くに、頂上まで達する雪渓が見えている。比羅夫登山口から入って、あの雪渓を詰めて頂上へ。そこには巨大な噴火口がある。一番大きな父釜、そして母釜、子釜が口を開けている。父釜は200mもの深さがあり、この季節は雪で埋め尽くされている。
 羊蹄山頂からの滑降はすでに2年前に果たしていたので、あとは「オカマをスベル」のみ。頑張った。


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比羅夫登山口にある「蝦夷富士小屋」に宿をとった。まだ出来たばかりの素敵な山小屋。ご主人の近藤さんは、羊蹄山避難小屋の管理人も兼務している。蝦夷富士小屋のすぐ近くに「半月湖」がある。羊蹄山には頂上のお釜だけではなく、中腹、麓にも大小の噴火口があり、半月湖もその一つ。深い森に囲まれた神秘的な湖だ。夕陽に照らされた羊蹄山が湖面に映っていた。
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「蝦夷富士小屋」は自炊の山小屋。でも車で乗入れることができるので、いくぶん贅沢な夕食をとり眠りについた。

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4:30起床、5:30登山口を出発。登山口の標高は350m、山頂は1898m。父釜を200m滑り登り返すので、1700m以上の標高を1日で登り、降る。降りはスキーだが。

登山口から4合目半までは夏道を登った。針葉樹に覆われる山道は気持ちよく、やがて広葉樹に変わる林床にはびっしりと花が咲き乱れていた。
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にぎやかに咲く「ヒトリシズカ」
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「サンカヨウ」、初夏の山の定番です。
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「ニリンソウ」
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4合目半から夏道をそれて雪渓に入った。
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20℃近くまで上がった気温で、雪はざくざく。斜度が増すと、スキーシール、スキーアイゼンでは横滑りを起こしおっかない。スキーを脱いで靴にアイゼンを装着した。そしてひたすら登った。途中、雪渓が2箇所で途切れ、やぶ漕ぎを強いられた。
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ついに噴火口の外輪山の上に立ち、一気にお釜の底に向かって滑り降りた。
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あっという間にお釜の底。外輪山を見上げて満足だった。
しかし、200mの標高を登り返す気力も体力も、もう残っていなかったが、ゆっくりと休んで、おにぎりと大福餅を食べて、そして頑張った。
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降りで少し道を失って深い藪に入り込んでしまった。スキーをを捨てようかとも思った。それでも何とか夏道に戻り、スキーを担いでとぼとぼと降りるころ、正面のニセコ・アンヌプリに夕陽が沈んでいった。登山口に着いたのは日も沈んだ18:30。えんえんと13時間の山行だった。疲れた、・・・・・・・・・・・、でも、楽しかった。
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by kobayashi-skin-c | 2016-05-25 22:15 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)