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2013年11月26日教室 『お子様がニキビで悩まないよう、お父さん、お母さんも知っておきたい豆知識』
「たかがニキビ、されどニキビ」

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 一生のうちでけっして通り過ぎることができない皮膚のトラブルが「ニキビ」。だれしもが経験する「ニキビ」。ニキビは、正確には「尋常性ざそう」とよばれます。ほんとうに「たかがニキビ」と済ませて良いのでしょうか。お父さんも言うように「ニキビは青春のシンボル、気にすんな!」で終わらせて良いのでしょうか。

 けっしてそうではありません。ニキビが患者さん(悩む人)にとって重大なQOL障害となることが分っています。QOLとは、"Quality of Life"。「生活の質」、「生きることの充実感」と呼ばれています。ニキビが起こる年齢はちょうど思春期であり、子供の体が大人の体質に変わるころです。男子であれば声変わりするころ、女子であれば初潮を迎えるころです。この思春期には体の内外にたくさんの変化が起こると同時に、心・精神にも重大な変化が起こり始めます。「自我の形成」です。「自分って何だろう?誰だろう?」、「お父さん、お母さんに甘えたい、でもうっとうしい」などの感情が心の中で渦巻きはじめます。そして、ついには「自我の確立」に至るのですが、自我の確立には「自らへの自信・自尊心」が欠かせません。この「自らへの自信・自尊心」の形成を、ニキビが大きく損なわせることが分っています。

 人はだれしも"Body Image"を持っています。窓ガラスや鏡に映る自分の姿を確かめたり、自分の影の足の長さを測ったり、自分を確かめながら、自分の理想の姿を心の中に描いています。しかしながら、理想の姿(ideal body image)と現実の姿(real body image)の間には溝があり、その溝に苦しみます。
 好きな人ができたりすると、その苦しみはなおいっそうのこと深まります。理想の姿を見て欲しいのに、自分の現実の姿はなんとかけ離れているのだろうか、と。意外とその好きな人の瞳の中ではニキビなんて見えてないのですが、でもBody Imageは自分の心の中のできごと。好きな人の気持ちも確かめないまま、「自らの自信・自尊心」に障害を受けて自信を失ってしまいます。ことに顔の皮膚の変化は心の中の重大なできごととなり、自我の形成に大きな悪影響をおよぼしてしまいます。

それがニキビの問題なのです。

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お父さん、お母さん、「たかがニキビ」ではありません。
「されどニキビ」。世界のニキビ治療は大きく変わっています。 わが国でも日本皮膚科学会が「尋常性ざそうの治療ガイドライン」を作成しました。今まで以上に実証性をふまえた治療が可能となっています。ニキビの治療は大きく変わりました。病院で処方される新しい外用薬がニキビの治療・予防に役立ちます。
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ニキビは皮膚の病気です。皮膚科医の適切なアドバイスが必要です。お父さん、お母さん、「たかがニキビが、・・・」と言う前に、「皮膚科で相談してごらん」の優しい言葉を忘れずに。新薬の情報・使い方は、クリニックのパンフレット等でお知らせいたします。


思春期、男性ホルモンの分泌が高まります(女性でも副腎で男性ホルモンは作られます)。男性ホルモンは皮膚にも、とくに毛嚢(毛包)、脂腺、アポクリン腺に働き、毛包出口(毛穴)の角質肥厚が起こり、同時に高まる脂腺の活動・皮脂の増加によってニキビが出現します。これが白ニキビ、黒ニキビです(面ポウ)。毛包にはニキビ菌が常在しているため、毛穴が閉じると同時にニキビ菌の活動が活発となり、炎症を起こしてしまいます(赤ニキビ)。さらに炎症のため毛包が破壊されると、強力な異物反応がおこり、大きく腫れたり、皮膚のひきつれが起こってしまいます(ニキビケロイド)。
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毛包出口(毛穴)の角質肥厚を改善させるのが新しいニキビ薬=アダパレン(商品名ディフェリンゲル)です。ニキビ菌を抑える薬としては抗菌薬であるミノマイシン、ルリッド、ファロムなどの内服薬、ダラシン、アクアチムなどの外用薬が使われます。

重症のニキビ治療が、まだわが国では遅れています。大きなぶよぶよとしたニキビができたり、ニキビ痕がケロイド状になったりするタイプは、既存の内服薬、外用薬で容易に改善しません。海外では「イソトレチノイン」の内服が使われています。副作用も少なからずあるため、日本では保険薬として認可されていませんが、重症ニキビには有用であり、わが国でも医師の適切な処方のもとで保険薬として使えるようになることを願っています。
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by kobayashi-skin-c | 2013-11-28 19:23 | 「皮膚の健康教室」抄録 | Comments(0)
2013年11月 Nov. 2013  『初冬、北海道大学・手稲山 Hokkaido University, Beginning of the winter』
天気予報のとおり、冬が訪れた。北大キャンパスにはまだ紅葉が残るものの、手稲山が真っ白な雪に覆われた(11月9日)。
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by kobayashi-skin-c | 2013-11-11 21:35 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2013年11月 Nov. 2013  『晩秋の北海道大学 Autumn Campus of Hokkaido University』
九州から帰った翌々日、北海道大学を散歩した。週末には雪の天気予報、今日が秋の最後の日かもしれない。晩秋のひとこまを切り取った。

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by kobayashi-skin-c | 2013-11-07 21:46 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2013年11月 Nov. 2013 『秋の九州‐阿蘇山、祖母山、九重連峰 Mt Aso, Mt Sobo, and Kuju Mountains』
11月1,2日、大分市で開かれる講演会、学習会の講師の依頼をお受けした。このせっかくの機会、秋の阿蘇山、祖母山、九重連峰を目指した。昨年訪れた霧島、開聞岳、そして屋久島宮之浦岳を合わせ、「深田久弥の百名山」に記された九州の全山を歩くこととなる。

10月26日、まずは熊本の町から出発した。ちょうど天皇・皇后両陛下がご来訪中であり、想定外の宿泊・交通機関の混乱にみまわれたが、熊本城の夜景は迫力があり、熊本ラーメン(「天外天」)は期待どおりの味であった。10月27日には阿蘇山麓の地獄温泉を訪ねた。近隣の垂玉温泉のビジター入浴も含めると、実に6ヶ所のお湯に浸った。私が住む北海道も言わずと知れた温泉天国であるが、九州のほうがお湯の変化に富み、また温泉に湯治場の雰囲気が色濃く表れている。

c0219616_1072452.jpg加藤(清正)神社から望む宇土櫓と天守閣。立派である。











武者返しの石垣の向うに天守閣。豊臣の治世のおり、朝鮮の役で功をとげ肥後の国を下知された加藤清正は、城造りの名人であったという。
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地獄温泉(ポスターを撮影)
c0219616_10134638.jpg「すずめの湯」と呼ばれるどろ温泉(混浴)。特有の色とにおいがあった。最近の北海道では混浴は少なくなった。地獄温泉のすぐ下にあった垂玉温泉の「瀧の湯」も混浴であった。
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28日早朝に地獄温泉を出発し、阿蘇山登山口の仙酔峡から阿蘇高岳を目指した。高岳頂上へ至る仙酔尾根は、溶岩が固まったと思われるごつごつとした岩の急登であった。平日であったためか登山者は我われ以外には、5人のおじさんパーティだけであった。尾根の途中からは、中岳噴火口から立ち上る噴煙が近付き、特有の臭いが鼻をつき、そしてときどきゴーッ、ド――ンという噴気の音も聞こえるようになった。世界有数の活火山であることを実感する。

左の鋭い峰が、鷲ヶ峰、右のなだらかな頂が阿蘇高岳
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仙酔尾根の急斜面の途中、中岳噴火口の噴煙が見えてきた。低く鈍い噴気の音も聞こえる。不気味である。
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高岳山頂は無人であった。高岳の標高は1592m、語呂合わせで肥後国(ヒゴクニ)。c0219616_1547139.jpg

















高岳山頂付近はなだらかな斜面で、その向こうに中岳山頂と大きな噴火口が見える。火山活動のため中岳へは入山制限があるものと思っていたが、中岳山頂付近に人の姿がある。我々も中岳に向かい、噴火口を間近にした。
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c0219616_15525595.jpg山頂ではフランスから来たという青年に会った。火山を見るのは初めて、"exciting!"とのこと。



















中岳から尾根をさらに火口東壁展望台まで下降した。噴煙の臭いが喉をつき、ひりひりとしてくる。監視員が見当たらないが、本当に大丈夫なのだろうか。登山道沿いには分厚いコンクリート壁でできた「避難用トーチカ」がいくつもあった。
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火口東展望台から直接仙酔峡へと下山。火口展望の時間も含め、計4時間半の道のりであった。
下山後は、祖母山登山口の尾平へと車で向かった。途中時間があったので竹田の町へ。「荒城の月」で有名な岡城址を訪ねた。ちなみに、竹田は「荒城の月」を作曲した瀧廉太郎の故郷である。

岡城は明治政府の命ですべて取り壊され、石垣が残るのみとなっていた。この城も加藤清正の助言によって築城されたとのことで、頑強な石垣が往時を偲ばせる。『昔の光今いずこ』。
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竹田から尾平までの道は舗装こそされていたものの、ほぼ1車線の曲がりくねった山間の道で、その運転には緊張を強いられた。到着した尾平は昔こそ尾平鉱山として栄えていたが、今は民家が数軒残るのみで、そのうちの1軒が「もみ志屋旅館」という民宿であった。夕方、祖母山の稜線が夕焼けに照らされ見事であった。その夜の食事には、山女、鹿、猪、椎茸がふるまわれ、本物の山の幸を堪能させていただいた。

左端が烏帽子岩、そして天狗岩、右端が祖母山山頂
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10月29日0700、宿を出発。間もなく眼前に祖母山南壁が美しい姿を見せた。山頂には雲がかかっていたが、ほどなく雲散霧消。深い杉林を抜け徐々に高度を上げると、晴天に岩壁、そして錦模様の紅葉が我々を待ち受けていた。
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1130祖母山頂上に至る。山頂からは、傾山、古祖母山が間近に、遠くには昨日登った阿蘇の山々、そして明日登る九重の峰々をくっきりと見渡すことができた。南の方角、遠く遠くに見えるのは霧島の山々だろうか。
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山頂に居合わせた登山者から、天狗岩、黒金岩尾根コースは濡れて滑りやすく、下山は危険を伴うとのアドバイスを受け、登りと同じ道を下った。1500尾平下山。すぐに九重登山口の牧ノ戸に向った。

牧ノ戸温泉では、九重連山の一つ、三俣山が夕陽に照らされて紅く燃えていた。
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10月30日0845牧ノ戸から久住山を目指した。阿蘇、祖母山では静かな、いくぶん寂しいほどの山歩きであったが、九重の山々は平日と言うのに人で溢れていた。ところで、久住山と九重連山、文字の区別が難しい。詳しくは何らかの資料を参照あれ。九重連山の山裾は所により紅葉、所により裸の梢。どうも紅葉の盛りは過ぎたようだ。
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1100久住山山頂c0219616_19344522.jpg

九重連峰の最高峰は久住山(1787m)と思っていたら、なんと4mほど高い中岳(1791m)があった。迷わず登る。久住の頂からは1時間。途中、中岳御池をぐるりと巡った。湖畔からは青い色と思っていた御池は、中岳の頂からはエメラルドグリーンに輝いていた。
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中岳山頂からは、久住分れ、北千里を経て、坊がつるにある法華院温泉の山宿を目指した。

北千里は、噴気を上げる裸の硫黄山、緑の三俣山・中岳に囲まれた白い砂地の谷間で、西部劇に出てくるような景色を見せていた。
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法華院温泉は、坊がつる湿原の南西端に位置する。ひっそりと佇む山宿は、中世の時代から続く天台宗の寺院でもある。c0219616_19591493.jpgお湯は硫黄泉。白い硫黄の結晶が湯に含まれ、お湯につかっていると肌がぬるぬる、ツルツルとしてくる。乾燥肌に要注意だ。法華院温泉は山宿という言葉がぴったりで、山小屋とは少し違う。かと言ってまったく世俗的ではない。



夕食前に、坊がつるを散歩した。紅葉の大船山、平治岳、三俣山が夕陽に照らされた黄金色の湿原を囲み、錦を織りなしていた。ひんやりとした高原の空気が心地良かった。
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10月31日、山の早い朝食を済ませ、九重の山々に別れを告げた。坊がつるは朝日に照らされて黄金色に輝いていた。
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この日は湯布院に泊まる。早朝に出発したため時間があるので、湯布院の象徴である由布岳も登ることとした。九重中岳の山頂であった地元の登山者から、「由布岳は記憶に残る山」と教えられたからだ。気軽にそう考えたものの、由布岳、あの勾配は凄い。またここで一つ疑問、駅の名前は由布院、でも湯布院温泉、そして由布岳。きっといろんな歴史が九州にはあるんだろうなあ。

湯布院から見た由布岳
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由布岳山頂、登山口
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由布岳山頂から見た雲海の向うの九重、祖母山。そして翌朝に見た湯布院の朝霧。
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「高崎山に行こうか?」と家内に問うと、「もう山に登るのはいや!」という答えが返ってきた。「それもそうかも知れない」、と思いつつ高崎山を訪れた。猿を見に行くだけなのだから。
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11月1,2日、大分市で講演会、学習会。大分のみならず福岡、東京、群馬からも集まってきてくれた仲間たちと交流を深めた。そして途中広島では家族・旧友と昔話に花を咲かせ、11月4日札幌に帰着した。
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by kobayashi-skin-c | 2013-11-07 09:19 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2013年10月26日教室 『皮膚の腫瘍 -放っておいて良いの?皮膚ガンなの?』
「しずちゃん」こと南海キャンディーズ・山崎静代(34才)のボクシング専属トレーナーだった梅津正彦さん(享年44)が7月23日、末期がんで亡くなった。そのがんは「メラノーマ(悪性黒色腫、皮膚がん)」だった。
このため、クリニックには皮膚がんを心配する多くの患者さんが訪れるようになった。
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皮膚はたいへん巧妙に作られており、さまざまな働きを行うとともに、たくさんの種類の細胞からできています。このため皮膚にできる腫瘍にもいろんな種類、さまざまな形や色があり、診断・治療はたいへん難しいものです。
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現在では、診断の精度をあげるために「ダーモスコピー」で腫瘍を観察しています。小林皮膚科クリニックでも行っています。しかし、それでも皮膚の腫瘍は要注意!
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by kobayashi-skin-c | 2013-11-06 19:59 | 「皮膚の健康教室」抄録 | Comments(0)
2013年9月27日教室 『日本乾癬学会の話題から』
9月6日,7日、東京(東京ドームホテル)において第28回日本乾癬学会が開催されました。今年のテーマは『大きなうねりを! ~乾癬の基礎から臨床まで~』であり、学会会長・日本乾癬学会理事長の中川秀己先生から、「生物学的製剤が乾癬治療に導入され、飛躍的に治療が進歩し、難治性の乾癬も制御可能な時代に突入するとともに、乾癬の病態解明にも大きく役立っています。そういう時代であるがゆえに質の高い乾癬診療と治療の全国的な均一化を図ることが要求されていると思います。・・・・・・・(中略) 乾癬診療に携わる我々皮膚科医にとって、疾患の重症度に関わらず大切にしなければならないことは、医師・患者関係をしっかりと構築すること、同じ乾癬という診断でも、患者さん一人ひとりの抱える心理・社会的問題はそれぞれ異なりますので、個別の背景を十分に理解し、訴えを親身になって聞いた上で、患者さんと話しあいながら治療方針を決めて行く "shared decision making" が大切となってきています。これらのことを念頭におきながら、学会に参加することで乾癬の基礎・臨床に携わる先生方御自身に『大きなうねり』が生じることを心から期待しています。と同時に、決してこれが『つなみ』となり患者・医師に不利益が生じることがないよう注意しなければならない、決して『つなみ』にしてはならない」と開会の挨拶がありました。

小林皮膚科クリニックからは、本院院長小林 仁、副院長有田 賢、8・3プラザ院長小林衣子の3名が参加しました。今回の健康教室は「学会の話題」について、有田 賢が報告を行いました。

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まず、もっとも印象深かった話題から
『レセプトデータに基づいた疫学』(東京大学薬剤疫学 久保田 潔先生)
「レセプト」とは「医師の保険者に対する医療行為請求書」。現在99%の医療施設がこのレセプトをコンピュータから行うため、そのデータはすべて大型コンピュータに保管されるようになりました。この膨大なレセプトデータ(ビッグ・データ)を利用して、「日本でどれだけの乾癬患者さんが、2010年度に医療機関を受診したか」を解析しました。いままで私たちも「いったいどれぐらいの乾癬患者さんが日本にいるのか」、推定でしか知りませんでしたので、日本における乾癬の発症頻度を、実数にかなり近い形で知ることができたものと思います。
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次に新しい治療の話題から、①顆粒球吸着療法、②生物学的製剤、③ターゲット型ナローバンドUVB照射治療
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患者さんのQoLに関わる重大な事柄に、「乾癬の情報をいかに得るか」ということがあります。このことについて、
『乾癬治療で民間療法に依存しやすいのは、インターネット検索で正確な治療知識が得にくいからである』(筑波大学病院看護師 梅津 努先生)
がありました。
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基礎研究の分野では、『乾癬の原因遺伝子』研究に目覚ましい動きがありました。尋常性乾癬の原因遺伝子は研究の進歩とともに、その候補が増えるばかりですが、膿疱乾癬では、たった一つの遺伝子の変異が家族性膿疱性乾癬を起こすことが、すでに明らかにされていました。わが国の膿疱性乾癬患者さんでも、この遺伝子に変異があり、尋常性乾癬とは異なることが示されました。
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乾癬学会の終了後には、全国乾癬患者学習懇談会が同じ東京ドームホテルで開催され、約200名の患者・家族そして医療関係者が集いました。東京医科大学皮膚科教授 三橋善比古先生から『乾癬よもやま話』と題した講話があり、感銘深いものでした。さらに懇親会が開かれ、乾癬のよもやま話に花を咲かせました。

来年は、高知市において乾癬学会が開かれます。『うねり』が南海トラフ地震にならないよう、祈ります。
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by kobayashi-skin-c | 2013-11-06 18:57 | 「皮膚の健康教室」抄録 | Comments(0)