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2016年4月『雪と氷の峰々-アルプス・オートルート①』April 2016 "Re-challenge of Alps Haute Route①"
2014年、悪天候と自らのスキー技術、体力の不足から撤退を余儀なくされた『アルプス・オートルート』に、今年再チャレンジした。天候にはおおむね恵まれ、アローラの村からツェルマットまで、スキーで歩き、登り、滑りとおすことができた。

素晴らしいガイド(ノマド宮下氏)、楽しい仲間に恵まれた思い出の山行であった。


まずはシャモニーで足慣らしから。
Grands Montes グラモンテから眺めるモンブラン4810m、右にシャモニーの町、左にはヴァレー・ブランシュ氷河、中央下にメール・ド・グラス氷河が見える。
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グラモンテ、フレジェール、ブレヴァンのスキーコースを滑った。上は粉雪、下はザラメ雪。
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ブレヴァンは迫力ある岩山で、シャモニーの谷の向こうに聳えるモンブランはひたすらデカイ。綺麗だ。昨夏登頂できたことが我ながら凄いと思う。エギーュ・デュ・ミディ、モンブラン・ド・タキュル、モン・モディ、そしてモンブランへと続く登山ルートが眼前に広がる。ところで、ブレヴァンの山頂付近、岩壁の端に人が?
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拡大してみると、人だ!!
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そして、
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飛び降りて、飛んだ。『ムササビ・マン(スカイ・フライイング)』。よう、やるわ。

夕方、目くるめく色を変える山のショータイムが始まった。傾いた太陽に照らされるシャモニー針峰群とモンブラン、ボソン氷河
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そして、夕陽に照らされた山々は赤く燃えた。
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翌朝、仲間全員が集合し、ヴァレー・ブランシュ氷河スキーへと出発した。
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まずはロープウェイでエギーュ・デュ・ミディ山頂へ。『ムササビ・マン』も凄かったが、このロープウェイを完成させた人々の情熱と勇気にも脱帽。
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高度順応のため、展望台でのんびりと過ごした後、トンネルを抜けて氷河上まで急勾配の雪稜を慎重に下った。昨夏の稜線はもっと細く、ロープも張っていなかった。這って行き来する人もそう言えばいたな。
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雪のコンディションは必ずしも良いとは言えず、表面はガチガチ、でこぼこだった。宮下さん曰く「今までで最悪」とのことであったが、青空に聳える雪と氷の峰々に心が躍った。
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氷河は生きている(動いている)。押し寄せる氷壁・塔(セラック)は不気味だ。
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ヴァレー・ブランシュの氷河スキーを堪能して宿に帰ったが、実は6人のメンバーのうち、3人のスキーが飛行機乗継のトラブルでまだ届いていない。何時着くのやらもはっきりしない。宿のオーナー神田さんご夫妻が必死の交渉を、エアフランスとやりとりするが、明日のオートルート出発は無理のようだ。難コースのオートルートをレンタルスキーでは心もとない。ガイドの宮下さんは、「明日の停滞、明後日出発、1日短縮」を決断した。

翌日、晴天の下、ふたたびブレヴァン、フレジェールのスキーコースをくまなく滑り降りた。真正面に、モンブラン、シャモニー針峰群、メール・ド・グラス氷河とその向こうのグランドジョラス、そしてドリュ、ヴェルト針峰など名だたる名峰を望みながら、スキーを堪能した。そしてテラスでの楽しい昼食も、明日への英気となった。
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山の歴史を刻むシャモニーの町。また訪れたい。
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その夜9時を過ぎてから、3人のスキーが宿に届いた。
翌早朝、お世話になった神田さんご夫妻に別れを告げ、登山口のアローラ村に向かい、1日目のヴィネット小屋(3160m)を目指した。残念ながらこの日は曇り。ときおり小雪がちらつく。
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3000mを越す登りはかなりハードである。

思い出のヴィネット小屋。2年前にはここで悪天候のため2日停滞。結局アローラ村へと下山した。
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翌朝、小屋の周りはガスに包まれていた。慎重に隊列を組んでヴィネット小屋を出発し、ベルトール小屋(3311m)を目指す。空にときおり青空がのぞき始めた。
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レヴェーク峠3716mにさしかかる。スキーシールをはずして新雪の急斜面に向かってダイブ!ガスがときおり切れて、美しい雪と氷の峰々が姿を現す。歓喜の声が上がる。
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急斜面から緩斜面へ、そしてまた急斜面と、どこまでも滑降が続く。新雪に描くシュプールが美しい。
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いったい、どこまで滑り続けるのだろうか、と思うぐらい広い斜面が次々と現れる。
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やっと滑降が終わりシールを貼り、そして休憩。陽射しが強い。女性陣は完全フェースマスクの強盗スタイル。
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そして、3311mのベルトール小屋へ向かって登り始めた。
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広い!長い!息が切れる!
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元・山スキー部のKata先生は、果敢に直登。
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こまめに休んで、景色を楽しんで、ベルトール小屋はスカイラインに見えている。
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やっとのことで、ベルトール小屋が建つ稜線上に辿り着くと、小屋はさらに上の岩山に君臨していた。「どうやって小屋へ行くのだろう?」と思って、よくよく見ると、50m以上の鉄梯子が小屋まで伸びていた。「ヒエーーー!」と溜息をついていたら、衣子が「私は疲れてもうだめ、ここで荷物を降ろすからあとで取りに来て!」。どっこい私は高所恐怖症、こんな梯子を戻りなおすなんてまっぴらごめん。「自分で担いで登れ!!!」。二人の姿を、上から宮下さんがパチリ。
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必死の思いで登っていると、恐怖心なんてこれっぽちも感じない。へとへとになりながらも、小屋に辿り着いた。眼前には大氷原が広がり、その向こうにマッターホルン、ダン・デランの頂が顔をのぞかせ、さらにダン・ブランシュ、オーバー・ガーベルホルン、ツィナールロートホルンなど4000m級の名だたる峰々が連なっている。この大迫力の景観に、疲れも恐怖も吹っ飛んだ。
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ベルトール小屋はそれにしても凄い所に建っている。これは雪崩を受けないために、こんな場所に建てられているのだとか。金網でできたテラスの床下は200-300mはあろうかという断崖だ。しかし、怖いなんて言ってられない。だってこのテラスの上を歩かないと、トイレに行けないのだ。
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夕陽を浴びるテラスの上で、記念撮影をしてもらった。
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明日は、マッターホルン北壁を見上げながら、ツェルマットの町まで大滑降。楽しみだ。星空も綺麗だった、のだが、・・・・・・
明け方からビュービューという風の声。ガスがかかり雪が横殴りに吹き付ける朝を迎えてしまった。

悲しいかな、翌日の写真はこれ一枚きり。
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テート・ブランシュ峠3710mへの長い登りは吹雪の中。マッターホルン北壁下を横切るころ、斜面が氷の破片だらけだと思っていたら、壁の上の氷河が崩れ始め、先行する宮下さんから『急げーーーー』の号令。あわてて転んでしまった。

アルプス・オートルートは、『また来いよ』と言ってくれたのだろうか。

楽しい仲間との山歩き、語らい。感謝、感謝の連続だった。『山は友。そして友は山にあり』。
美味しい食事とお酒の協力も素晴らしかった。

フォンデュ
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イェーガーティーとロスティ
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山のリキュール、「Katoさん、どうしてこんなに良く知ってるの?やっぱり好きだから?」
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まだまだ頑張れるかな。またこの雪と氷の峰々に抱かれたい。
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by kobayashi-skin-c | 2016-04-27 07:14 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2016年4月『雪と氷の峰々-アルプス・オートルート②』April 2016 "Re-challenge of Alps Haute Route②"
無事にツェルマットに下山。しかし下山後も悪天候が続き、まる3日間マッターホルンは姿を現すことはなかった。

4日目の朝、
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ついに『孤高の巨人-マッターホルン』が姿を現した。他に比べようもない圧倒的な存在感を示す。

ゴンドラ、リフトを使ってかけ上がり、新雪のテオドゥーロ氷河を滑降した。オフピステゆえに、どこにクレバスがあるか分からない。先行者のシュプールをたどるように滑った。
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その動画模様は、以下のYouTubeサイトをご覧あれ。
https://youtu.be/ndXh0fegKmk
https://youtu.be/3p_TH8lYbvg

翌日は、ツェルマットアルパインセンター(山岳協会)にお願いして、現地のガイド、ルーディに連れられて『ブライトホルン4164m』を目指した。ツェルマットの町からはゴンドラ、ロープウェイを乗り継いで一気に3883mのクラインマッターホルン山頂駅へ。長いトンネルを抜けてスキーコースへ。しばらく滑り降りてコース外へ、さらに大雪原を降り気味にトラバースして、いよいよスキーシールを装着してブライトホルン山頂を目指した。新雪だ。
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約2時間、他のパーティーと抜きつ抜かれつ、ラッセルを交代しながら、やがて稜線上に出て、ルーディの『Congratulations!』の声に招かれた。モンテローザもマッターホルンも同じ高さに見える。遠くにはモンブランがひときわ高く聳えている。山頂ならではの感激を味わった。
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そして、新雪の急斜面にドロップイン。
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あっという間に滑り終えたが、緊張のせいか、はたまた空気が薄いのか、喘ぎながらの滑降であった。
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ルーディとは山の上で別れ、この日はスイス・イタリア国境線上に建つテオドゥーロ小屋に泊まることとした。改築されたばかりのテオドゥーロ小屋(イタリア山岳協会所属)には、マッターホルンを眼前に望む素敵なレストランがあり、眺めと言い、食事と言い、山小屋と言うよりも山岳ホテルという趣であった(寝るのは暖房なしのカイコ棚ではあったが)。
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テオドゥーロ小屋からは夕日、朝日、そしてAbend Rot, Morgen Rotをたっぷりと楽しんだ。

マッターホルンをシルエットに浮かび上がらせる夕日。そして夕焼けの峰々。
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ミシャベル山群から昇る朝日、そして朝焼けのマッターホルン、イタリア側の峰々。
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アルプスを滑る最後の日、イタリア側の美しい町Cervinia/Breuilまで滑り降り、違った角度からのマッターホルンを眺めた。
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そして、マッターホルンを眺めながら、再訪を、願わくば登頂を心に期した。モンテローザホテルの壁に飾られたWhymperの胸像にもお願いをしておいた。
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by kobayashi-skin-c | 2016-04-27 06:18 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2016年4月 『北海道大学早春賦』 April 2016 "Spring has come to the campus"
アルプスを歩いている最中、熊本の地震のことをネット情報で知らされた。突然に襲う天変地異。熊本は私の亡き母の故郷であり、多くの類縁者が暮らす。何もできない(しない)自分が腹立たしい。

アルプスからの帰国後、北海道大学キャンパスには今年も変わらぬ春が訪れていた。

正門をくぐった脇に咲いていた可憐なフッキソウ
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中央ローンのヤナギはいちはやく新緑にまとわれていた。
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農学部前ローンにはキタコブシの並木がある。まさに早春の純白。
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もう一つの早春の純白の花、大野池たもとのミズバショウ。
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そして今年もオシドリの夫婦が池に訪れていた。変わらぬ夫婦なのか、相手が変わっていないのか、下衆の勘ぐりはやめておこう。オシドリ夫婦なのだ。早春の生命の躍動のひとこま。
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by kobayashi-skin-c | 2016-04-27 04:41 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)