日頃の診察室での会話の中で、「アトピー性皮膚炎ですね」、「アトピーでしょう」とお話しすると、たいへんがっかりされ「本当ですか、アトピーですか、・・・・。・・・・、そしたら食べ物も制限しなくてはならないんですか」とお答えになる方がかなり多くいらっしゃいます。とくに、お子様の診察を終え、お母さまに説明した場面で交わされる会話の中で多く聞かれます。
アトピー性皮膚炎はけっして特別な病気ではないこと、ことに乳幼児では5人に一人は皮膚のトラブルがあり、そのうちの2人に一人は親兄弟にやはり皮膚が弱い人がいたり、鼻炎・花粉症の人がおり、アトピー性皮膚炎と診断されること、強い食物アレルギーを起こすお子様はきわめてまれで、検査でアレルギーがみつかったからと言って、必ずしもアトピー性皮膚炎の原因とは言えないこと、むしろお部屋の乾燥、入浴のし過ぎ・洗い過ぎ、過度の清潔志向が原因となっていること、またメンタルな部分が大きいこと、などをお伝えしています。 アトピー性皮膚炎の治療で一番難しいのは、「先が見えないのに、続けなければならない」こと。このことからお薬の副作用の懸念、治療に対する不信感がふくらんでいきます。アトピー性皮膚炎の原因は単一ではなく、また皮膚の症状からくる精神、身体、社会生活への影響もさまざまであることから、治療は患者さんの皮膚だけではなく、患者さんをとりまくバックグランドにも目を向けなければなりません。なかなか統合的な治療は難しいものですが、患者さんご自身がご自分のアトピーの分析をされながら、コントロールする力を養われることが大切かと思います。そこに「先の明かりが見える」はずです。健康教室ではみんなで考えてみましょう。 この数年間でアトピー性皮膚炎の考え方が変わってきています。ことに大きな変化は次の研究論文から始まりました。 Nat Genet. 2006 Apr;38(4):399-400. Common loss-of-function variants of the epidermal barrier protein filaggrin are a major predisposing factor for atopic dermatitis. (皮膚バリアー蛋白Filaggrinの主要な機能喪失型変異がアトピー性皮膚炎の発症危険因子となる ⇒皮膚バリアー機能とアレルギー疾患の関連を示唆する新たな遺伝子の発見)という論文で、その要点は、 アトピー性皮膚炎はアレルギー疾患でありながら、本来の免疫アレルギー的な機序のみならず皮膚のバリアー機能の破綻が発症に重要であることが指摘されているが、今回そのバリアー機能に関わる新たな遺伝子がアトピー性皮膚炎の発症に関与していることが報告された。その遺伝子とはFilaggrin蛋白をコードするFLG遺伝子である。Filaggrinは皮膚の角層形成に重要な蛋白であり、FLGの変異(R501Xと2282del4)により尋常性魚鱗癬(ichthyosis vulgaris)が発症することが報告されたが、本研究では、この変異がアトピー性皮膚炎の発症とも関連していることを示した。この変異はヨーロッパの人々の9%に存在する。さらに興味深いことに、本遺伝子変異と喘息との関連をみると、アトピー性皮膚炎を合併している喘息においてのみ有意な関連がみられた。アトピー性皮膚炎を合併する喘息患者においては、皮膚を介したアレルゲン感作が重要であることが示唆される。 難しい内容ですが、生来(遺伝的に)皮膚のバリア機能が悪いため(乾燥肌を起こしやすい)、ダニやハウスダストなどアレルギー抗原(物質)が皮膚の中に入り込みやすくなり、アレルギーの症状の発端となってしまう、ということです。皮膚のバリア機能は、皮膚の一番表面にある角質層が正常に働くことによって保たれていますが、遺伝的に角質層の成分に欠陥があると、皮膚には重大な障害が起こってしまいます。その障害の種類には様々なものがあり、原因となる遺伝子の変化も次々にみつかり、アトピー性皮膚炎もその一つとして考えられるようになったのです。 さらに、アトピー性皮膚炎の原因について、外因性、内因性の違いなども言われており、アトピー性皮膚炎はひとくくりの病気ではなく、いくつかのタイプ、原因があると考えられるようになりました。アトピー性皮膚炎の正確な診断、そして的確なタイプ分けを行ったうえで、それに最適な治療を選ぶ、そんな時代をむかえつつあります。
by kobayashi-skin-c
| 2010-06-26 14:22
| 「皮膚の健康教室」抄録
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