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2024年2月 『悲嘆のドロミテから感謝のロンドン -パート1-』 February 2024 "From Dolomites to London : Part 1"
パート1.ドロミテ編

2024年2月、イタリアのドロミテに行っておりました。
なんと5回目のドロミテ・スキー行です。

最初は2013年でした(本ブログ2013年2月記事をご覧ください)。
こんな素敵なところがあるのかと感激しました。そしてすっかりドロミテの虜になってしまったのです。
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2013年2月、後ろはSasso Lungo。


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2013年2月、Sella 山群をスキーで一周する Sellaronda の途中。


その後は2014年(同年3月記事参照)、2018年(同年3月記事参照)、2020年(同年3月記事参照)とドロミテのコルチナ・ダンペッツォを中心に訪れておりました。長大・広大なスキーコースはもちろんのこと、山々の美しさ、山小屋の楽しさ、そして食事のおいしさが魅力なのです。
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2020年2月、コルチナ・ダンペッツォの滑降コース上部。雲海の上を滑る。


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2018年2月、Tre Cime でバックカントリースキー。


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2020年2月、ラガツォイ山頂からの眺め。崖の上にRefugio Lagazuoi(ラガツォイ小屋)。


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2020年2月、Rifugio Scotoni(スコトーニ小屋)で一服。



さて、今年のドロミテ。2月1日にコルチナ・ダンペッツォに到着。
コルチナ・ダンペッツォでは、2026年冬のオリンピック・パラリンピックのアルペンスキー種目が開催されます。
この時もFISワールドカップ女子滑降、スーパー大回転競技に続き、FISパラアルペンスキー大会が開催中でした。日本からも4選手が出場しており、私たちも声援を送りました。"Sit Ski"部門では、森井大輝選手が6位に入賞しました。
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素晴らしい晴天の下、私たちも翌日から張り切って滑りました。
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ところがワールドカップスキー大会のため、コースはカチカチに固められ、ただでさえ人工雪で硬い斜面がさらに氷のようになっていました。雪面が青いのは、滑降レースのコース取りのブルーラインがにじんだものです。「もう今年でドロミテも最後かな、この斜面はもう危ないね」と二人で話していました。

2月4日、この日も朝一番のゴンドラ・リフトで2830mのコルチナ・ダンペッツォのスキーコース最高所まで登り、爽快に滑り始めました。
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硬い斜面にもだいぶ慣れ、とくに朝一番の整備されたばかりのスキーコースは人も少なく、最高のコンディション。標高差630mを一気に滑り降ります。
その二本目。

衣子の滑降動画は下記の "youtube" をタップしてご覧くださ滑降

この映像の1分後、コース一番下のリフト乗り場、3つのコースが異なった方向から交わる地点、猛スピードで滑り降りてきた衣子は、別のコースから滑り降りてきた男性スキーヤーと交錯、転倒。

そこからは、私もなかば放心状態。現場に駆けつけた(滑ってきた)Polizia(イタリアのスキー場ではスキーパトロールではなく、警察官が巡回しています)から事情を聴かれ、あれよあれよという間にレスキュー用のスノーボートに乗せられスノーモービルで運ばれ、ゴンドラに移され、さらにまたスノーモービルで移動して、そして救急車。

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着いた先のコルチナ・ダンペッツォの病院でレントゲン検査の結果「右大腿骨頚部骨折」の診断。
「すぐに手術が必要なので、ベッルーノの病院へ送る」、「70㎞先」とのこと。衣子はふたたび救急車に乗せられてベッルーノまで救急搬送された。救急車に乗り込めない私はホテルに留まった。

すぐに日本に帰るべきか、飛行機の予約変更はどうする、だれか家族に迎えを頼むか、病院への支払いはどうする、これからの旅程変更は、・・・・・・・・・、悶々と一晩を過ごした。

手術はその夜のうちに行われ、麻酔から目を覚ました衣子から、コルチナ・ダンペッツォのホテルにとどまっていた私に、携帯メールが送られてきた。「手術は無事終了、主治医から明日か明後日には退院の指示があった」! 驚天動地とはこのことか!
さらに衣子から「すぐに日本には帰らない、このまま旅を続けたい」と。

バスと電車を乗り継いでベッルーノの病院へ。再会した衣子は顔色も良く、なにより打ちひしがれていないのに、私の心が救われた。

主治医以外はほとんど英語が通じない病院生活は、どんなに心細いかと心配したが、衣子は意気軒昂に病院食のイタリア料理を楽しんでいる様子。ただ量がとてつもなく多いらしく、昼食、夕食は私もご相伴にあずかり、出された病院食は毎回完食することとなった。
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野菜スープ(ミネストローネ)、メインは鶏の胸肉、マッシュポテト、温野菜、そしてデザート、パン

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グリーンサラダ、豆のスープ、メインはたっぷりの生ハムにビーツ、デザートの梨、パン

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リゾット、メインはふたたび鶏の胸肉とマッシュポテト、デザートの焼きりんご、パン


いくらなんでも明日の退院は無理と判断し、とりあえず明後日にしてもらうこととして、退院後の療養のため病院近くのホテルを予約して、療養のための準備をおこなった。まずは松葉杖を購入しなければならない。日本だと病院でレンタルしてくれるのだが、自分で買うらしい。主治医にどこで買えばよいのか聞いたところ、"In a drug store, everywhere" との答え。ちなみに松葉杖のことを英語では "crutches" と言う。2軒の drug store を訪ねたが見つからない。そもそも英語が通じないのだ。2軒目の方から何とかお店を聞き出してゲット。次に手術部位の消毒薬、傷用絆創膏、そしてホテル療養期間中の食糧買い出しなどに走り回った。

ゲットした crutches を使ってさっそく病院内の廊下で歩行訓練。主治医、看護師が教えてくれるわけではない。
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退院の朝、看護師さん、主治医と共に。

イタリアの病院は分業制が実にはっきりとしている。手術をおこなった主治医と病棟管理の主治医は別。看護師さんにもいろいろあるようで、写真の看護師さんにはこの時出会っただけ。シャワー、トイレを手伝い、シーツ交換などは入れ替わり立ち替わり。男性看護師も多い。これだけの手厚い医療を受けて、美味しいイタリア料理をいただいて、気がかりは医療費だった。

退院の日、もう帰り支度を済ませて主治医に請求書、支払いについて尋ねたところ、さも意外そうな顔をして "You don't have to pay. No money! Because this hospital is serving for public health." と言うではないか。それがイタリアの保険制度なのだろうか。日本国民はどうなんだろう?ちなみに、2ヶ月以上を過ぎた今現在まで、まだ日本に請求書が届いていない。

郊外に建つホテル(B&B)は快適で療養には最適でした。広い部屋とバスルーム、そしてお庭。少しずつ歩く距離を増やしていきました。
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B&Bですから、昼食、夕食は私が準備。毎日、近くのマーケット、そしてピザ屋さんに通いました。
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退院祝いの食卓。


退院後このB&Bで4泊を過ごし、衣子は「さあ予定通りロンドンに行くわよ!」と私を鼓舞。
事故のため山小屋3泊とヴェニス2泊はキャンセルしたものの、飛行機の便は変更のないままロンドンに移動することとなりました。衣子はつくづくと「怪我をして入院して手術を受け、医療を受ける側となって、あらためて医療者の暖かさ、素晴らしさに気付くこととなった」と言っておりました。さらに「怪我はかならず治る!」とも。医療者のみならず、宿泊したB&Bのご主人からも何かと気を使っていただき、出発の時にはヴェニスの空港まで約2時間、自家用車で送ってくださいました。ほんとうに感謝です。

この感謝の念は、さらにロンドンでも大きく膨らむこととなりました。

パート2.ロンドン編に続きます。


by kobayashi-skin-c | 2024-04-30 14:47 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
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