人気ブログランキング |
カテゴリ:PHOTO & ESSAY( 236 )
2019年7月『天空が友達 -北アルプス後立山連峰縦走-』July 2019 "On the Skyline, Trekking of North Japan Alps"
c0219616_10430867.jpg
2019年7月、海の日の連休をつかって北アルプス後立山連峰に向かった。下界は梅雨空、山は天上の世界。稜線上で「天空の友達」となった。


昨年7月、マッターホルン訓練のため、白馬岳から不帰の嶮を越えて唐松岳へ、八方尾根から下山し、そして前穂高岳北稜へと向かった。今回はその八方尾根を登り返し、唐松岳から五竜岳へ、そして八峰キレットを越えて鹿島槍ヶ岳、爺ヶ岳、そして針ノ木岳、針ノ木雪渓を下山する三泊四日の、二年がかりで後立山連峰を縦走する欲張りな計画を立てた。
c0219616_10481106.jpg


昨年の出発点、白馬大雪渓。

約1年の時を経て、縦走再開!
しかし今年の梅雨はだらだらと本州を覆い続け、天気予報はずっと雨、雨、雨。霧雨の中、八方尾根を出発した。

c0219616_11034823.jpg
出発点に近い黒菱平。ガスの中。


c0219616_11034878.jpg
唐松岳に着いたころガスが上がる。


c0219616_11034892.jpg
しかし、またすぐにガスの中。唐松岳山荘を過ぎると一気に岩場に。難所の牛首を登る。ガスの中では「道迷い」が一番危険。慎重に岩に記されたペンキ印を視認しながら登る。
c0219616_11095116.jpg
この慎重さ。


五竜山荘は私たち二人を含めて6人のみであった。難コースであり、この天候でみんな敬遠したのだろう。しかし私たち二人には五竜山荘にどうしても来たい理由があった。
c0219616_11100891.jpg
c0219616_11100806.jpg
その理由がこれ。「山が好き 酒が好き」! このTシャツに憧れていた。五竜山荘限定販売。



二日目の朝、小屋の外に出て、「万歳!」
c0219616_11173488.jpg
私たちは雲海の上にいた。下界は梅雨、天上の世界。
いざいざ、五竜岳見参!!
c0219616_11173494.jpg

c0219616_11173549.jpg
五竜岳山頂にて。誰もいない。

c0219616_11173506.jpg
五竜岳を越えた先は、岩場の連続、厳しい峰々。八峰キレット、鹿島槍ヶ岳を目指す。午前中は晴天に恵まれたが午後になるとガスが昇ってきた。この日は午後から雨、落雷も予報されていた。早めに行動を終えることとした。
c0219616_11250041.jpg
霧の中に忽然と現れたキレット小屋、稜線鞍部に貼りつくように建てられている。天候が崩れる前に着いてホッと一安心。
c0219616_11250031.jpg


ところが、
c0219616_11250083.jpg
山小屋開きをしてから丸々2週間、悪天候続きでまだ一度もヘリコプターの荷揚げができないとのこと、スタッフ三人の食料もままならないらしい。二日前、善光寺まいりをしていたとき、「食事の提供はできません、キャンセルするなら今のうちです、アルコール類はたっぷりあります」との電話連絡を受けていたので、私たちはノープローブレム!お酒大歓迎!!
しかもこの日は私たち以外誰も予約がないとのこと。小屋を二人占め。
c0219616_11250094.jpg
(夕方6時ごろになってから予約なしの縦走の男性が一人。ルール違反だね)。



翌朝も快晴!ヤッホー!!小屋の脇からすぐに八峰キレットの核心部に入っていった。岩壁に咲く高山植物がきれいだった。
c0219616_11355019.jpg
いきなり岩壁のへつり。天気が良くてよかった。こんな所で足を滑らせたら・・・・


c0219616_11355176.jpg
少し足場の良いところで眺め渡すと、いままで歩いてきた峰々、稜線がくっきりと青空の中にそそり立つ。たなびく雲の上に頭を出すのが五竜岳。男らしい山だ。
c0219616_11355110.jpg



そして、八峰キレットの核心部。すっぱりと両側が切り立つ。
c0219616_11355156.jpg

c0219616_11355166.jpg
こちらが信州側。Vの字になった鞍部の向こうに奈落のような黒部側の絶壁が待つ。


キレットを越えた向こうには鹿島槍ヶ岳の双耳峰。まだまだ気の抜けない岩場の登りが連続する。
c0219616_11355135.jpg

青空の下、「天空の友達」になった気分。
c0219616_11355268.jpg


友達にライチョウも加わった。うれしい、たのしい。
c0219616_11355159.jpg
ヤッホーー!!
c0219616_11464386.jpg



ついに鹿島槍ヶ岳北峰に登頂。緊張感に溢れた素晴らしいコースだった。晴天がなによりだ。この奇跡に感謝!
c0219616_11464421.jpg
指差す方向に、鹿島槍ヶ岳南峰、そして北アルプスの峰々。遠くには槍ヶ岳、穂高連峰を見晴らすことができた。
c0219616_11464432.jpg


振り返ると、歩いてきた五竜岳からの稜線、遠くには白馬岳も視認できる。一年がかりの縦走だ。
c0219616_11464414.jpg


そして鹿島槍ヶ岳の南峰に登り、さらに爺ヶ岳を経て、稜線漫歩を楽しみながら種池山荘へと至った。
c0219616_11464490.jpg

c0219616_11464404.jpg
爺ヶ岳を歩いているころ、長野県山岳パトロール員から「今日も午後から天気が崩れ落雷予想が出ています、早めに山小屋に入ったほうが無難です。この先の種池小屋には美味しいピザもあるし、生ビールもありますよ」、と大変親切に教えていただいた。ほんとうは、種池山荘を越えてその向こうの新越小屋まで行き、そして明日針ノ木岳を目指すつもりだったのだが、「そうか、天気が崩れるのだったら」、「そうか、疲れているし」、「そうか、生ビールとピザがあるのだったら」、「ここまでにしておこう」と即決した。どれが本音だったのか??? かくして、
c0219616_11534197.jpg
c0219616_12005394.jpg
c0219616_12005316.jpg



縦走最終日、かろうじて晴間が広がる種池山荘からの眺めをあとにして、扇沢へと下山した。
c0219616_12281421.jpg
鹿島槍ヶ岳と朝日

c0219616_12032174.jpg
種池山荘と、その向こうに立山連峰・剱岳の大展望が広がる。

c0219616_12032161.jpg
左に立山連峰、右に剱岳。あの稜線をたどったのは、いつのことだったろう。


c0219616_12032176.jpg
種池山荘の前に広がるコバイケイソウの群落。奥に針ノ木岳、針ノ木雪渓が見える。


c0219616_12032181.jpg
さようなら、ありがとう。




天空の友達、第2編、「天空に咲くお花たち」


キヌガサソウ(湿ったところに咲く、種池の周辺で群落をみつけた)
c0219616_12114290.jpg

今回一番目立っていたのが、コイワカガミ
c0219616_12114321.jpg

チングルマ、やっぱりこれは北海道だな
c0219616_12114368.jpg

サンカヨウ(今回認識した、香りも素晴らしい)
c0219616_12114345.jpg

青の饗宴、左からオヤマノエンドウ、ウルップソウ、オダマキ
c0219616_12114340.jpg

オダマキ
c0219616_12114363.jpg

ウルップソウ、厳しい環境の中だからこそ美しいのかな
c0219616_12174330.jpg

やはりこれ、高山植物の女王コマクサ
c0219616_12192014.jpg
山を歩く楽しみの一つが、山の花々、生き物たちに出会えること。今回もたくさんの花々に囲まれ、ライチョウにも出会い、心を和まされた。今年の異常ともいえる長梅雨にやきもきしましたが、山上では青空に出会うことができた。いつまでもこの自然の美しさが保たれることを切に祈る。

by kobayashi-skin-c | 2019-08-02 12:30 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2019年7月 『青春の思い出 ー 芦別岳 1726m』 July 2019 "Mt Ashibetsu, my sentimental mountain"
c0219616_19031151.jpg
1972年6月、北海道大学3年目のとき、スキー部の仲間たちと登った初芦別岳。あのころは雪が多かったのだと実感する。同時に自分の若さにも驚かされる。感傷の芦別岳。今も毎年のように登る。


今夏の北アルプス縦走に向けて、芦別岳新道ルート山頂まで3時間半で登るミッションを課して登った。
c0219616_19031017.jpg
c0219616_19031064.jpg
1972年6月と同じ芦別岳の前衛峰、雲峰山山頂で写真を撮影した。


c0219616_19031078.jpg
今は衣子が一緒。感傷に浸る間もなく3時間半ミッションに向け二人で頑張ったが、山頂までは3時間40分。雲峰山の撮影時間が長過ぎた? でも北アルプスに向けて体調、体力万全。


芦別岳はほんとうに良い山だ。山道沿いには色とりどりの花々が咲いていた。
c0219616_19031056.jpg

メアカンキンバイ

c0219616_19031090.jpg
シナノキンバイとウコンウツギ


by kobayashi-skin-c | 2019-07-21 09:39 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2019年6月 『初夏、花の夕張岳』 June 2019 "Mt Yubari, Floral Mountain"
花の百名山の一つに数えられる夕張岳。お花畑の規模は大雪山にかなわないが、花の種類の豊富さは随一。登山口から順に花を追った。

c0219616_11463910.jpg

シラネアオイ       タチツボスミレ
ツマトリソウ       ツバメオモト
シソバキスミレ      サンカヨウ


c0219616_11463877.jpg
ウコンウツギ       エゾノリュウキンカ
カラマツソウ       ハクサンチドリ
ミヤマキンポウゲ     ミヤマアズマギク


c0219616_11463855.jpg
チングルマ     ユウパリコザクラ
シロウマアサツキ  ウサギギク
ユウバリソウ   ミヤマアズマギクとタカネグンバイ



c0219616_11463912.jpg
ナンブイヌナズナ    ミヤマオダマキ
イワウメ        ハクサンイチゲ
ミヤマダイコンソウ   ヤマガラシ


c0219616_11463966.jpg
そして最後に、山頂に咲いた私たち

山の空気、風、青い空、湧き上がる雲、鳥の鳴き声、木々に、花々に、そして共に歩み登る片割れに、感謝、感謝。    


by kobayashi-skin-c | 2019-06-28 12:05 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2019年6月 『初夏、羊蹄山』 June 2019 "Mt Yotei"
今日は一人登山。目指すはあの山。
c0219616_11044192.jpg

一人なので「自撮棒」なるものを使ってみた。初めての経験に緊張して顔がこわばる。
c0219616_11044063.jpg
c0219616_11080151.jpg
c0219616_11044076.jpg
9合目避難小屋に着いてみると、なんと小屋の入口は板が打ち付けられ閉鎖されていた。まだ冬季閉鎖中なのであった。2階の冬季緊急用のドアから入った。あたりは霧に包まれ、誰一人いない避難小屋で、「自撮棒」を構えて、まあ、一人乾杯。

としているうちに、地元のガイドさんに率いられた4人の大阪のおじちゃん、おばちゃんグループが到着し、一気に賑やかに。そしたら霧が一掃されて、避難小屋は夕日に照らされた。恐るべし、大阪のど根性!
c0219616_11044072.jpg
c0219616_11055752.jpg
避難小屋のそばに咲くキバナシャクナゲと羊蹄山外輪山が夕陽を浴びる。


そしてニセコアンヌプリが雲海の中に浮かび、夕陽が沈んでいった。羊蹄山ならではの広大な景観。しばし感動に胸を震わせる。
c0219616_11044088.jpg

翌朝02:45、避難小屋を出発して羊蹄山山頂を目指す。お目当てはもちろんご来光。
c0219616_11044176.jpg
c0219616_11044081.jpg
c0219616_11044053.jpg
頂上には、01:00に麓を出発し、3時間足らずで登ってきたという若夫婦がいた。若いって、すごいな!!



下山中、素敵な人に会う。
c0219616_11243126.jpg
御年85歳。もう35年以上も、羊蹄山山小屋開き、終いのお手伝いを続けておられる大ベテランのTさん。今日もこれから登っていくところ。そうか、今日が山小屋開き!!

Tさんからは、たくさんの元気をいただいた。自分にもまだ17年の山行が残されている!

by kobayashi-skin-c | 2019-06-28 11:31 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2018年6月『友と登るニセコアンヌプリ』 June 2019 "Mt Niseko with My Old Friends"
初夏、旧友を北海道に迎え、ニセコの山に登った。
山の湯宿「五色温泉」に泊まり、山に囲まれた露天風呂で、自炊施設のジンギスカン鍋を囲んで、昔の思い出を語りながら、古希を祝い、そして今を楽しんだ。
c0219616_10401046.jpg
c0219616_10401097.jpg
c0219616_10401076.jpg
c0219616_10401068.jpg
c0219616_10401059.jpg
c0219616_10401091.jpg
E先生とともに支援する"Inspire Japan WPD(乾癬普及活動)"のTシャツを着て、"INSPIRE!"

c0219616_10404650.jpg
c0219616_10404674.jpg
日頃山とは縁のないI先生だが、さすが元教授は根性がすごい!見事山頂へ。
もう40年も昔のこと、アメリカ留学時代。ともに研究に励み、苦楽を共にした。戦友とも呼ぶべき仲間たちはもう「古希」。いつまでも楽しく繋がり続けたい。

by kobayashi-skin-c | 2019-06-28 10:58 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2019年5月・6月『初夏の山、塩谷丸山、定山渓天狗、銭函天狗』May, June 2019 "Start of th Summer-Mountains"
ネパールから帰国して、倦怠感、下痢が続いた。
血液検査で、CRP(炎症反応)が軽度上昇、白血球の軽度低下がみられたので、ウイルス性胃腸炎だったのだろう。やはり疲れていたのかな。

ダラダラとしていたら衣子から「喝!」。

定番の塩谷丸山に登った。
c0219616_09560833.jpg
c0219616_09560943.jpg
この山はいつきても楽しい。小樽から積丹までの海岸線がとてもきれい。そしてニセコ、羊蹄山が間近に見える。この日の夕方は、小樽に沈む夕陽がとても美しく、鮮やかな夕景が訪れた。
c0219616_09560905.jpg


続いて定山渓天狗岳。標高こそ1145mだが、どこから見てもひときわ目立つ山である。登山道もピリリと山椒がきき、夏山のトレーニングにはもってこい。
c0219616_10034747.jpg

緑眩しい若葉のトンネルを抜けて、頂上直下は気の抜けないルンゼの急登。そして山頂に到達。
c0219616_10034687.jpg
c0219616_10034668.jpg
c0219616_10034643.jpg


そしてこの季節、定山渓天狗岳は「花の名山」でもある。

c0219616_10034679.jpg
シラネアオイの群落が、登山口から山頂近くまで続いていた。


c0219616_10034551.jpg
沢沿いにはエゾノリュウキンカ


c0219616_10034633.jpg
エゾエンゴサク


c0219616_10034674.jpg
山頂付近には、春の妖精「カタクリ」の花が群舞していた。



続いて銭函天狗山。ノマド女子クライミングチームに参加させていただいた。力強くも華麗なクライミングに魅了される。ノマド宮下親分のかっこ良さには、いつも惚れ惚れする。
c0219616_10182831.jpg
c0219616_22025710.jpg
c0219616_10182944.jpg
c0219616_10182853.jpg
c0219616_10272147.jpg
c0219616_10182976.jpg
c0219616_10182957.jpg

さて、この夏はどこへ行こうか、登ろうか。美しい花々が待つあの山か、広大な景観が広がるあの山か、岩場が続くあの稜線か、・・・・・


by kobayashi-skin-c | 2019-06-28 10:23 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2019年5月 『ヒマラヤピークトレッキング 6.最終章:祈りの時』 May 2019 "Himalaya Peak Trekking 6. The Final, Praying"
c0219616_18233267.jpg

下山後の予備日二日間、カトマンドゥ郊外の古都バクタプル、ボーダナートで、ネパールの空気に染まることとした。読経の声、人々のざわめき、バイクの警笛、風に揺らぐ風鈴の音、鳥の声を聞きながら、ゆっくりと今回のトレッキングを振り返った。無心に欲を持たず、己の領分の限りの中で、ほほ笑みながら歩き続けようと心がけた。時間があるときは「四国遍路、般若心経」の本を読み返した。なぜ歩くのか、なぜ登るのか、楽しい問答を心に問いかけながら、歩き登りつづけた。ここに原始的宗教観を見出した気がする。さて、いつまで歩き登ることができるのか。どこまで歩き登ろうとしているのか。

Dikさん、ダワさん、アンビルさん、リンジーさん、チェコチーム、そしてピタンバルさん、ありがとう。

説明抜きの写真を掲載して、ヒマラヤピークトレッキングを終えることとしたい。

c0219616_21510325.jpg
c0219616_18533818.jpg
c0219616_18533805.jpg
c0219616_18533842.jpg
c0219616_18533803.jpg
c0219616_18533944.jpg
c0219616_21512190.jpg
c0219616_18533956.jpg
c0219616_18533964.jpg

c0219616_18554706.jpg


by kobayashi-skin-c | 2019-06-16 18:56 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2019年5月 『ヒマラヤピークトレッキング 5. カラ・パタール』 May 2019 "Himalaya Peak Trekking 5. Kala Patthar"
ネパール ヒマラヤピークトレッキング #5
Kala Patthar (5550m)
カラ・パタール

c0219616_13584252.jpg
201410月、衣子とともに訪れたカラ・パタール。初めて目の当たりにしたエヴェレストに胸が震えた(201410月『エヴェレスト・三峠越えトレッキング』をご参照ください)。やはり、もう一度、エヴェレストに挨拶しておきたい。


429日(月)Chhukung (4,750m) to Dingbocheディンボチェ(4410m

 チェコチームと別れの時が来た。419Mera Peak BaseKhareDikさんが友人のガイド、リンジーさんに会ったことで、日本・チェコ合同チームが出来、AmphuLabcha La越えのための準備が整った。我々だけでは、ピタンバルさんが言っていたように、あの残雪の量と、誰一人入山していない状況では、おそらく難しかったろう。Dikさん、リンジーさんの出会いに、そして二人の周到な打ち合わせに感謝である。そして、気さくで思いやりに溢れるLiborLadiaの二人に感謝。昨夜はLiborが私にこんな言葉をくれた。「あなたは素晴らしく頑張った。あなたの成し遂げたことは、私たちのこれからの人生の目標だ」と。

c0219616_14400253.jpg
上写真、アマ・ダブラム

下写真、荒涼としたイムジャ谷。左にローツェ、右にアイランドピーク
c0219616_14400395.jpg

 私たちもチュクンをあとにした。アマ・ダブラム、ローツェ、そしてアイランドピークが見送ってくれた。写真にはないが、二人のスペイン人も私たちを見送ってくれた。二人は我々がチュクンに着いたときから、ゆっくりと本を読み、山を眺め、時に日帰りのクライミングに出かけている。彼らのクライミングは半端ではないようだ。日干ししている道具を見たが、50mロープ2本、アイススクリュー、アイスバーをはじめ大小さまざまなナッツ、カラビナなどなど。Big wallを狙っているわけではなく、楽しんでいるのだと。と言って、エヴェレストは過去に登頂しているそうだ。スペイン・ピレネーのガイドで、毎年のようにこの季節、1ヶ月はチュクンで過ごすとのこと。いい味をした山男達であった。

 1020チュクンを出発し、昼前にはディンボチェのLodgeEverestに到着した。アマダブラムが目の前の素敵なロッジ。今までのロッジ、テント生活と違い、人がたくさんだ。トイレも洋式だ。都会に戻ってきた気がする。今まで過ごしたMera PeakAmphuLabcha LaIsland Peakが遠い夢のようだ。



430日(火)Dingbocheディンボチェ(4410mto Lobuche(4,930m)

 今日も晴天。タムセルク(6618m)カンテガ(6783m)の美しい峰々を眺めながらカラ・パタールを目指す。
c0219616_14400364.jpg

c0219616_14400345.jpg

Dingbocheディンボチェを0745に出発し、まずはトゥクラへ。トゥクラの手前の広い丘、ここにはエヴェレスト登山で亡くなったシェルパたちの墓がたてられている。ただ石を積み上げたケルンのようなものから、大きな墓石で作られたものまでおびただしい数である。その間を風が抜けタルチョがはためく。アマダブラム、タウツェ、チョラツェの鋭鋒が周りに聳え立つ。思わず涙がこぼれる。
c0219616_14475109.jpg

c0219616_14475148.jpg
ヒマラヤ登山を支えているのはシェルパの人々。彼らがいなければどれだけの登山家がエヴェレスト登頂を果たすことができただろう。そして犠牲になっているのも、多くがシェルパの人々。今回の自分のピークトレッキングを振り返っても、ガイドさん、ポーターさんにどれだけ助けられたことだろう。
c0219616_14475159.jpg

ひときわ大きなお墓には”Rob Hall”の名が刻まれていた。難波康子さんも犠牲になったエヴェレスト大量遭難の時の隊長だった。息絶え絶えにニュージーランドにいる妊娠中の奥さんと衛星電話で言葉を交わした、そのエピソードはあまりに有名であり、その彼がここに葬られていたことに心を震わせる。どうやって遺体を降ろしたのだろうか。いや、遺体は山に残されたままなのだろう。祈りを捧げつつロブチェに向かった。
途中の急登でもまったく息が切れない。1130にはロブチェのロッジに到着。

(後日談:帰国後しばらくして、一通のSNSが届いた。「もしやして、トゥクラの丘でお会いしたのは、あなただったのではなかろうか」と。私がシェルパのお墓に祈りを捧げている時、素敵な日本人ご夫婦に出会った。日本語が久しぶりの私は嬉しくてたまらず、たくさんお喋りした。ところが奥様は私と同じ皮膚科医で、帰国後の会合で私のメル友に出会い、私のFBをみていただき、もしや430日のトゥクラの丘のあの日本人は「あなた」だったのではなかろうか、との顛末である。It’s a small world! 確かに世界は狭いけど、また私の世界は広がった。素敵な出会いでした。)


Dikさんから、隣のロッジで昨夜ポーランド人トレッカーが死亡したことを聞いた。遺体はさきほどヘリコプターで運ばれたそうだ。まだまだ油断はできない。今日は平成最後の日。明日から令和となる。


51日(水)Lobuche (4,930m) to Kala Patthar(5545m), back to Lobuche, and to Pangbocheパンボチェ(3930m

 0300 真っ暗な中、ロッジを出発。寒い!手袋は二重にして、間にホッカイロを挟んだが、それでもなかなか暖まらない。手以外はOKである。星が瞬いている。0500Gorak Shep (5170 m)到着。ここで朝食の予定であったが、早すぎたのかまだロッジが開いていない。手持ちのビスケットと紅茶で済ませて、カラ・パタールの登りへととりかかった。高所順応が順調とはいえ、やはりこの登り、つらい。会得したビスターリ、ビスターリの歩調でゆっくりと頂上を目指す。途中、エヴェレストの左肩から太陽が顔を覗かせた。

c0219616_15135673.jpg


あっという間に暖かくなる。カラ・パタールの後ろの
プモ・リ(7165mはすでに太陽の光で白く輝いている。0730、カラ・パタール頂上に到着。のんびり、ゆっくり過ごす。

c0219616_15135627.jpg
c0219616_15135780.jpg

カラ・パタールの直下にエヴェレスト・ベースキャンプのテント村が見える。おびただしい数のテントが豆粒のように見える。今年のエヴェレストにはいったいどれだけの人が登るのだろうか。エヴェレストは逆光のため黒いシルエットだが、余計に不気味さが漂う。

 一人旅という日本の若者にカラ・パタールの頂上で出会う。「お幾つですか?」、「68歳です」、「エーーっ、ぜひ写真を一緒に写させてください!」。今度はこっちが「えーーっ」という番。「僕の目標です!」と。もう20日間も髭を伸ばしっぱなしで、その髭が真っ白だからだろう。よほど爺さんに見えるのか。ガックシ!

カラ・パタール下山時からの眺望。クーンブ氷河、その向こうにアマ・ダブラム(6814m)タムセルク(6618m)カンテガ(6783m)クシュム・カンガル(6370m
c0219616_15135797.jpg


ゴラク・シェプ(5140m)のロッジ群とクーンブ氷河
c0219616_15135761.jpg


ロブチェ(4910m)のロッジ群と、後方左にタウツェ(6495m)、右にチョラツェ(6335m)の鋭鋒
c0219616_15135708.jpg

1700、パンボチェの村にあるロッジ・カイラスに到着。この日の行動時間14時間!長かった。エヴェレストとの再会、そして日の出に感激し、足をひねって最悪の気持ちとなり、そして回復して安堵して、やっと着いた天国のようなロッジ。ジェットコースターのような一日であった。夕食のスープモモがとても美味しかった。この日はぐっすりと眠ることができた。


52日(木)Pangbocheパンボチェ(3930mto Khumjungクムジュン(3780m)

 今日も晴天。今回のトレッキングも残すところあと3日となった。Mera Peak以来、晴天の日が続いている。すべて計画通り、それも2日間前倒しで歩んでいる。Dikさん、アンビルさん、ダワさん、そしてこの晴天のお陰だ。人に、天に、感謝。0845、ロッジ・カイラスを出発。1000、タンボチェ。ゴンパ前の広場からエヴェレストを振り返る。エヴェレストはだいぶ小さくなったものの、ローツェ、ヌプツェを従え、近くにはアマ・ダブラムが美しく聳える。しばらく見入った。
c0219616_15375289.jpg

今日の行程はパンボチェ、クムジュン間で標高差は少ないが、途中のアップダウンは半端でない。最後の登りを終えて、クムジュンの村に入った。3年前の記憶のとおり、緑の畑に囲まれた家々が美しく、豊かな村だ。



53日(金)Khumjungクムジュン(3780m) to パグディン(2610m

 朝早くにはクンビラの頂が間近に見えていたが、0800の出発のころには曇り空となり、峰々は雲の中に隠れてしまった。別れの時か。パンボチェの丘まで緩やかに登り、ナムチェ・バザールまでは一気に下り、ナムチェではDikさんの事務処理を30分間ぐらい待ち、ナムチェからはDudh Koshi Riverに沿いながら何度も吊橋を渡って、途中ロバ隊の渋滞にひっかかったりしながらパグディンに1430到着。Dikさんが選んだロッジは、一番ありきたりの名前”Everest Lodge” 古くてさえない建物だが、ロッジのマスターはDikさんの師匠のような人。ギャルツェン・シェルパさんという。日本語が上手で、Dikさんがまだポーターをしていたころから指導を受け、とくにコックとしてたくさん教えられたとのこと。
c0219616_15412219.jpg

このギャルツェンさん、山野井泰史、妙子がギャチュンカン登頂を果たしたのち遭難しかかった時に、最後までベースキャンプで二人を待ち続け、二人を助けた人である。山野井さんがその時のことを「垂直の記憶」に著しているが、ギャルツェンさんはその中に登場する。夕食の間、その時の思い出を語ってくれた。夕食にいただいたチキンカリーはことのほか美味しかった。ギャルツェンさん、Dikさん、アンビルさんは、ラム酒を飲み始めた。私もすすめられたが舐めるだけにとどめておいた。
c0219616_15431050.jpg


54日(土)パグディン to Lukla(2,860m)

 この日は朝から雨。小降りになるのを待って0830、ギャルツェンさんと再会を誓って、別れを告げる。走るように快調にルクラへと歩む。


5
5日(日)霧、雨で飛行機は欠航、ルクラで停滞。


56日(月)ルクラ→ラムサップ→カトマンドゥ
 この日も悪天候で、やっとのこと1505離陸。
c0219616_15435549.jpg

1540ラムサップ空港着陸。空港ではアンビルさん(ポーターのアンビルさんとは別人)運転のジープが待ってくれていた。途中ひどい渋滞に遭遇したが、2200を少し回ったころ、カトマンドゥのサンセットビューホテルに到着した。1ヶ月ぶりのお風呂にゆっくりと浸かり、そしてビールを一人で乾杯。雄叫びこそ上げなかったが、大きな満足感に心が満たされた。トレッキングを支えてくれた皆に感謝、神様、仏様にも感謝、感謝。

明日は、神への祈りの日としよう。





by kobayashi-skin-c | 2019-06-16 15:45 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2019年5月 『ヒマラヤピークトレッキング 4: アイランドピーク』May 2019 "Himalaya Peak Trekking 4: Island Peak"
アイランド・ピークIsland Peak (6,189m)
c0219616_12264896.jpg

イムジャ谷の奥、島のように浮かんでいるので、ちょっとさえないネーミングだが、アイランド・ピークIsland Peakと呼ばれている。シェルパさんたちは「アイスランド・ピーク」と発音している!雪と氷に覆われた山だから「アイスランド」とのことであった。最近では「イムジャツェ:イムジャ・コーラ(イムジャ谷)の最奥にある山」の意が使われている。やりがいがある山だ。6000mの高度感の中でアルパインクライミングが必要とされる。

c0219616_12372984.jpg
しかし、左に聳えるローツェ(8516m)と比べるとアイランドピークの何と小さいこと。やはり8000m峰にあこがれてしまう。


427日(土)Chhukung (4,750m) to Island Peak Base Camp (5,200m)


今日も晴天。0920 Yak Land Lodgeを出発。Amphu Labcha Laから下ってきた道をイムジャ谷の上流に向かってたどる。ヒマラヤ襞の美しいカンレヤムウを右に見ながら、左にはローツェ南壁を仰ぎながら、上流へ上流へと向かう。
c0219616_23161819.jpg

Amphu Labcha La
への道を右に分けながら、Island Peakへの道はやがて広い谷間を歩くようになり、正面にはアイランド・ピークが姿を現す。8000m峰には及ばないが、岩と氷の美しい山である。1150 BCに到着。広い谷間に2030張のテントが立ち並ぶ。
c0219616_23193646.jpg

午後はテントでのんびりと過ごしながら、Dikさんから明日の指示を受ける。1800スパゲティの夕食をお腹いっぱいにとった。すぐに就寝。



428日(日)Island Peak Base Camp (5,200m) to Island Peak (6,189m),
and back to Chhukung(4,750m)

000起床。ぐっすりと眠ることができた。体調はすこぶる良い。高山病症状はまったく現れない。030温かいスープとポップコーン、フライドライスの朝食を摂る。1:00予定通りBCを出発。空は満天の星。暗闇の中、先行するパーティーのヘッドランプの灯りが見える。最初の30分は平坦な道を歩いたが、やがてジグザグの登りとなりスピードが鈍る。今日はチェコ隊とともに5人で隊列を組んで進むこととなった。少しプレッシャーを感じるが、ビスターリ、ビスターリとみずからに言い聞かせる。喘ぐほどのスピードに絶対ならないよう、少しだけ苦しいぐらいのゆっくりとした足取りで、しかし絶対止まらないように、ヘッドランプの灯りで照らされるDikさんの足元だけを頼りに登っていった。岩屑の道から岩壁の道へ、そして空が少し明るくなり始めるころ、道は雪に変わり、広い氷河の末端に到着。ここでアプローチシューズから冬靴へはきかえ、アイゼン、ハーネス、クライミングギアを装着した。周りの景色が見えはじめてきた。氷河のど真ん中にいる。氷河が少し赤みを帯びてきた。空は宇宙の青さ。あまりの荘厳さに心が震える。今から挑むアイランド・ピークへの挨拶に、思わず大きな雄叫びを上げる。
c0219616_23223647.jpg
5人、コンティでロープを結び、先頭がリンジー、そして私、LiborLadia、そしてDikさんの順で登りはじめた。まずは細い雪稜、次に一番目のクレバスを梯子で渡る。少しバランスを崩し、腰を落として慎重に渡った。
c0219616_23252128.jpg

次に細いクレバスをジャンプ、続いて深いクレバス上にかろうじて残るスノーブリッジを慎重に渡り、80度はあろうかという3段のアルミ梯子が連結されたクレバスを越え、さらにもう2回梯子をわたったところで頂上直下の広い雪田に出た。雪田の向こうに100mほどの雪壁がそそり立つ。その上が頂上だ。雪壁をすでに数人が登り始めている。
c0219616_23255396.jpg

我々もユマールをセットして登りはじめる。今度はDikさんがすぐ前に来てサポートしてくれる。それにしてもユマールをセットしたフィックスロープのなんとみすぼらしいこと。クライミングに使うロープとは違って、荷造りに使うビニール紐みたい。それも少し毛羽立っている。30-40mごとにアイスバーが打ち込まれており、ユマールとビレーカラビナを次のフィックスロープにセットしなおす。面倒くさい作業だ。7080度の斜度の登りはきつい。
c0219616_12424899.jpg
ユマールを両手で掴んで体を引き上げる。しかし原則は脚の力で登ること。腕に頼ると大きく息が切れる。数歩登っては深呼吸を繰り返し、喘ぎ喘ぎまた数歩登る。また止まって深呼吸。アドレナリン全開でみずからを鼓舞しながら、そして頂上稜線に立った。Dikさんが嬉しそうに祝福してくれる。頂上稜線からの絶景にふたたび雄叫びを上げる。
c0219616_23285577.jpg

c0219616_23275910.jpg

c0219616_12450896.jpg

そして0750、狭い頂上に立った。
Dikさんと、続いて登ってきたLiborLadia、そしてリンジーと抱き合う。立っているのも難しいぐらい疲れていたので、安全のためにも座り込んだ。呼吸が落ち着いてからあらためて周囲を見渡す。すごいところへ来たもんだ!



下りは楽だった。登頂の歓びをかみしめながら、絶景を楽しみながらBCへと下っていった。1200BC帰着。すぐにテントに倒れこんだ。ランチを食べるよう言われたが、疲れすぎているのか、まったく食欲がわかずアンビルさんに食べてもらうこととして、小一時間は眠った。1420BCをあとにしてチュクンに向けて下山開始。1630やっとの思いでチュクンのロッジに到着。先に着いていたチェコチームと、健闘をたたえあった。今日の行動時間、15時間30分!お目当てのヤクステーキは品切れだったが、チキンステーキ、ローストポテト、ビール、ラム酒で乾杯した。人生で何度もない歓喜の日であった。みんなに感謝したい。
c0219616_12482532.jpg

c0219616_12482545.jpg

残す行程は、カラ・パタール! やはりエヴェレストに挨拶しておきたい。

by kobayashi-skin-c | 2019-06-16 12:50 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2019年5月『ヒマラヤピークトレッキング 3 : アンプ・ラプチャ峠越え』 May 2019 "Himalaya Peak Trekking 3:Amphu Labcha La"

アンプ・ラプチャ峠トレッキング
AmphuLabcha La pass (5,845m) Trekking

c0219616_17442745.jpg

今回の計画のそもそもの始まりは、アンプ・ラプチャ峠トレッキングへの憧れであった。テントに泊まりながら、エヴェレスト、ローツェを眼前にホンギュ谷を北上し、アンプ・ラプチャ峠を越えて、イムジャ谷へと向かう夢のようなコースだ。アルパイン的要素があり、人も少ないと聞く。


ここで、今回たどった道のりを地図で簡単にご説明しておきたい。エヴェレスト山群(クンブー山群)はネパールの北東部。その中国(チベット)国境には名だたる8000m峰が集まり、山好きにとっては息を呑むような景観が広がる。玄関口は飛行場のあるルクラの町。ここを出発点にいろんな方向に向かってトレッキングが始まる。今回のコースを赤の点線(・・・・・・)で、宿泊地を黄色の三角印、ハイライトとなったメラピーク、アンプ・ラプチャ峠、アイランドピーク、カラ・パタールを赤い三角印で、そして名だたる高峰を赤い枠で囲んである。

c0219616_17485825.png
c0219616_17485832.png


さあ、アンプ・ラプチャ峠トレッキングの始まりである。

4
21日(日)

Mera Peakに登頂したのち、1020無事High Campまで下山。しばらくテントの中で横になった。1230 Mera Peak High Campを出発、途中Mera Laでポーターの二人と合流し、いよいよAmphu Labcha La pass(5,845mアンプ・ラプチャ峠) へと向かった。MeraLaからは誰も歩いていない雪渓を進む。雪が緩み、膝まで埋まりながらの歩行で、とにかく疲れて苦しかった。

c0219616_17504731.jpg

雪渓が終わると岩礫の間の道となり、雪目でかすむぼやけた視野のではたいへん怖かった。1600 Kongma Dingma (4,850m)に到着。テントは快適。バッティの中で簡単な夕食を済ませ、早々と就寝、今日の行動時間、14時間45分!


4
22日(月)Kongma Dingma (4,850m) to Seto Pokhari (5035m)


ここからは、私たちとまったく同じコースをたどるというチェコチームと行動を共にすることとなった。LiborLadia、屈強な大男。43歳と38歳。Liborは上手に英語を話すが、Ladiaは英語をまったくしゃべれない。二人とも陽気で理知的で、楽しい仲間となった。さらに楽しいのは彼らのガイドのリンジー。冗談が好きで好きで皆を笑わせる。Dikさんとは友達で、Khareから一緒になったので、2パーティー力を合わせることとしたそうだ。力を合わせると言っても、私がお世話になりっぱなしになる気がする。


今日は午前中早くから山には雲がかかり始めた。北上を続けるホンギュ谷の向こうには、エヴェレスト、ローツェが見えるはずなのだが、・・・。ちょっとした登りでも今日は息が切れる。一昨日、昨日の疲れがまだ残っているのだろう。誰もいない広い谷間に、忽然とテント村が現れた。

c0219616_17514449.jpg
Chamlang (7,319m)登山のBase Campだ。スロベニアからの登山隊のようだ。ガイドのDikさんには友達が多い。登山隊コック長と仲が良いとのこと。紅茶をご馳走になった。帰国してから知ったことだが、Chamlang (7,319m)の初登頂は1962年、北大山岳部であったとのこと。Base Campから見上げることができる北壁はまだ未踏で、2015年には日本のトップクライマー今井健司が遭難死している。不気味ながら堂々とした山容をしている。
c0219616_17550071.jpg

SetoPokhariのテント場,Chamlang(7,319m)
c0219616_17545937.jpg

1350 Seto Pokhariのテント場に到着。Pokhariは湖の意であるが、Amphu Labcha La pass Trekkingで期待されていたホンギュ谷に点在する湖はまだ全部結氷したままだった。残雪が多い。早々と就寝した。テント生活は快適である。

c0219616_17545925.jpg


4
23日(火)Seto Pokhari (5035m) to Amphu Labcha Base Camp (South) (5,650m)

深夜0130にトイレのため目を醒ましテントの外に出ると、満点の星空だった。そして山のシルエットがテント場を囲む。それから目がさえてしまって何度もテントの外に出る。04:00ごろ、下弦の月がChmalangの頂にかかり、山を照らす。05:50、いくつかの山の頂が朝日に照らされ紅に染まり始めた。北の方角にはまごうことなきエヴェレスト、ローツェが見える。南の方角にはPeak41。その美しい鋭鋒が真紅に染まっていた。
c0219616_17581422.jpg
北の方角に、まごうことなきエヴェレスト、ローツェ、
右端で光るのはローツェシャール。

南の方角には、たどってきたホンギュ谷とPeak41、Seto Pokhari。
c0219616_17581431.jpg
c0219616_17581486.jpg
c0219616_17581552.jpg


Seto Pokhariのテント場。エヴェレスト、ローツェが眼前にあり、
まさにパラダイス!
c0219616_18072869.jpg


0700早目の朝食、そして出発。抜けるような青さの空、雪を被ったヒマラヤの峰々、行く手にエヴェレスト、ローツェを望みながら、夢見心地の気分であった。
c0219616_18083808.jpg
c0219616_18093013.jpg
c0219616_18084888.jpg

写真を撮りながらのんびりと歩き、一番景色の良いところでピクニックランチをとることとした。お湯を沸かしてスープヌードルとゆで卵を作り、みんなで山を見ながら楽しい時を過ごした。
c0219616_18102633.jpg




AmphuLabcha Base Campが近付いてからは一面の雪渓となり、緩んだ雪にずいぶんと苦しめられた。重い荷物を背負ったダワさん、アンビルさんはもっと苦しいに違いない。15:00 Amphu Labcha Base Campに着いたときにはずいぶん消耗していた。なんせ終始5000mを越えたところを歩いていたのだから。
c0219616_18105094.jpg


Amphu Labcha BaseCampはすっかり雪に覆われ、わずかに土が出ている部分にはすでにチェコ隊がテントを設営しており、私はバッティの中でDikさん、ダワさん、アンビルさんとともに寝ることとした。真夜中12時ごろ、急な腹痛に襲われた。Khareを出てからのテント生活中、便秘を決め込んでいたので便意が強くきたのに違いない。意を決して雪の中へと進みお尻を出して排便。戸外での排便は子供のころにあったかも知れないが、記憶にある限りはない。それでもなんら支障なく、膝も耐えられたので、ほっとした。むしろ誇らしくもあった。これでどんな山でもどんな野外生活でもへっちゃらだと。しかし、バッティに戻ってシュラフにもぐりこんでしばらくすると、また腹痛が襲ってきた。Oh No!再度雪の中に突入。多少軟便であったがすっきりと排便。次に腹痛がくることはなかった。ますます誇らしい気分になり翌朝を迎えた。
c0219616_18112210.jpg



424日(水)Amphu Labcha Base Camp(5,650m) to Amphu Labcha La pass (5,845m), and to Chhukung (4,750m)

今日も晴天の朝を向かえ、0530朝食、0600、日本隊の4人、チェコ隊の4人、総勢8人でBCを出発した。チェコ隊の二人には「私を気にせず先に行くよう」伝えておいたので、マイペースを心がける。
c0219616_18130777.jpg

岩屑の急登から雪渓・氷河へと変わり、アイゼンを装着。振り返ると雪原の中のAmphu Labcha Base Campがはるか下に見えていた。
c0219616_18134712.jpg

c0219616_18163587.jpg

雪、氷、岩のミックスとなり、3m弱の垂直の岩壁越えも現れた。ロープが張ってあったが3歩目で足を滑らせて越えられず、Dikさんからハーネス装着の指示を受けた。素直に従い、ロープで引き上げられる。
c0219616_18172792.jpg

c0219616_18173204.jpg
c0219616_18173977.jpg
c0219616_18175012.jpg

迫力あるAmphuLabcha Glacierのアイスフォール帯の脇を抜けながら、0945峠の頂上に到着。チェコ隊のLiborLadia、そしてDikさん、リンジーさんとがっちり握手。
c0219616_17442745.jpg


峠の上からは、今までたどってきたホンギュ谷と囲む山々、峠の稜線に続く山々、そして峠の向こうのイムジャ谷をはさんで屹立するローツェ、ヌプツェ、エヴェレスト、無数のヒマラヤの峰々を見晴らすことができた。
c0219616_18200438.jpg
c0219616_18195763.jpg
c0219616_18213837.jpg
左から、エヴェレスト、ローツェ、ローツェシャール


c0219616_18235720.jpg

Amphu Labcha Laのイムジャ谷側は斜度がきつく固定ロープが張られている。この壁を荷物を担いだポーターさんが下りることはできないので、Dikさん、リンジーさんが荷物だけをロープで懸垂下降。途中引っかかるので、何度も登ったり下りたりを繰り返した。すごい体力と技術だ。エヴェレスト登山にしても、こうしたシェルパの働きで登らせてもらっているのか、と実感する。Dikさんもさすがに息を切らして、口笛を吹くように息を長く吐く深呼吸を繰り返していた。荷物のあとから我々も確保器(ATC)を固定ロープに装着し、懸垂下降で下りる。雪が軟らかく足をとられてバランスを崩したが、約50mの壁を下って、今度は雪の急斜面をトラバースし難所を越えた。傾斜が緩み、雪と岩屑が混じった斜面を下ったが、足の疲れからか何度も転び、斜面にしゃがみこんだ。前を歩くチェコ隊との間には、近道となる雪渓が広がっていたので尻滑りで下りて行ったが、チェコ隊のリンジーさんは「やめろやめろ」の手振。かまわず滑っていったところ、リンジーさんは走って止めに来た。北海道の残雪期では当たり前の尻滑りなのだが。私自身はずいぶんと体力を節約できたと思った。


c0219616_18265512.jpg
雪渓が消え、装備をはずす。振り返ると、写真上中央の三角形の岩塔が今越えたAmphu Labcha La。





イムジャ谷に下りてからの道のりはまだまだ遠く、疲労はけっこう極限状態となった(ガス欠、空腹が大きかった)。チュクンのロッジ群が見えたときにはほんとうに嬉しかった。1700チュクンのYak LandLodgeに到着。行動時間11時間。疲れたー!、そして感激、感動の嵐。Dikさん、リンジーさん、そしてLiborLadia、ありがとう。夢を果たしたのが、夢のよう。


425日(木)、26日(金)チュクンにて休息日
洗濯、靴、シュラフ、ダウンの日干しなどをしながらのんびりと過ごす。チュクンはAma Dablamとローツェにはさまれた登山基地。3年前のThree Pass越えの時にはここからCongma Laへと登った思い出の地。素晴らしい天気と景色に心も体もリラックス

c0219616_19021716.jpg

c0219616_19021895.jpg
c0219616_19021760.jpg
さあ、アイランド・ピークへの準備は整った!






by kobayashi-skin-c | 2019-06-15 18:48 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)