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2019年5月 『ヒマラヤピークトレッキング 6.最終章:祈りの時』 May 2019 "Himalaya Peak Trekking 6. The Final, Praying"
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下山後の予備日二日間、カトマンドゥ郊外の古都バクタプル、ボーダナートで、ネパールの空気に染まることとした。読経の声、人々のざわめき、バイクの警笛、風に揺らぐ風鈴の音、鳥の声を聞きながら、ゆっくりと今回のトレッキングを振り返った。無心に欲を持たず、己の領分の限りの中で、ほほ笑みながら歩き続けようと心がけた。時間があるときは「四国遍路、般若心経」の本を読み返した。なぜ歩くのか、なぜ登るのか、楽しい問答を心に問いかけながら、歩き登りつづけた。ここに原始的宗教観を見出した気がする。さて、いつまで歩き登ることができるのか。どこまで歩き登ろうとしているのか。

Dikさん、ダワさん、アンビルさん、リンジーさん、チェコチーム、そしてピタンバルさん、ありがとう。

説明抜きの写真を掲載して、ヒマラヤピークトレッキングを終えることとしたい。

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by kobayashi-skin-c | 2019-06-16 18:56 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2019年5月 『ヒマラヤピークトレッキング 5. カラ・パタール』 May 2019 "Himalaya Peak Trekking 5. Kala Patthar"
ネパール ヒマラヤピークトレッキング #5
Kala Patthar (5550m)
カラ・パタール

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201410月、衣子とともに訪れたカラ・パタール。初めて目の当たりにしたエヴェレストに胸が震えた(201410月『エヴェレスト・三峠越えトレッキング』をご参照ください)。やはり、もう一度、エヴェレストに挨拶しておきたい。


429日(月)Chhukung (4,750m) to Dingbocheディンボチェ(4410m

 チェコチームと別れの時が来た。419Mera Peak BaseKhareDikさんが友人のガイド、リンジーさんに会ったことで、日本・チェコ合同チームが出来、AmphuLabcha La越えのための準備が整った。我々だけでは、ピタンバルさんが言っていたように、あの残雪の量と、誰一人入山していない状況では、おそらく難しかったろう。Dikさん、リンジーさんの出会いに、そして二人の周到な打ち合わせに感謝である。そして、気さくで思いやりに溢れるLiborLadiaの二人に感謝。昨夜はLiborが私にこんな言葉をくれた。「あなたは素晴らしく頑張った。あなたの成し遂げたことは、私たちのこれからの人生の目標だ」と。

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上写真、アマ・ダブラム

下写真、荒涼としたイムジャ谷。左にローツェ、右にアイランドピーク
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 私たちもチュクンをあとにした。アマ・ダブラム、ローツェ、そしてアイランドピークが見送ってくれた。写真にはないが、二人のスペイン人も私たちを見送ってくれた。二人は我々がチュクンに着いたときから、ゆっくりと本を読み、山を眺め、時に日帰りのクライミングに出かけている。彼らのクライミングは半端ではないようだ。日干ししている道具を見たが、50mロープ2本、アイススクリュー、アイスバーをはじめ大小さまざまなナッツ、カラビナなどなど。Big wallを狙っているわけではなく、楽しんでいるのだと。と言って、エヴェレストは過去に登頂しているそうだ。スペイン・ピレネーのガイドで、毎年のようにこの季節、1ヶ月はチュクンで過ごすとのこと。いい味をした山男達であった。

 1020チュクンを出発し、昼前にはディンボチェのLodgeEverestに到着した。アマダブラムが目の前の素敵なロッジ。今までのロッジ、テント生活と違い、人がたくさんだ。トイレも洋式だ。都会に戻ってきた気がする。今まで過ごしたMera PeakAmphuLabcha LaIsland Peakが遠い夢のようだ。



430日(火)Dingbocheディンボチェ(4410mto Lobuche(4,930m)

 今日も晴天。タムセルク(6618m)カンテガ(6783m)の美しい峰々を眺めながらカラ・パタールを目指す。
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Dingbocheディンボチェを0745に出発し、まずはトゥクラへ。トゥクラの手前の広い丘、ここにはエヴェレスト登山で亡くなったシェルパたちの墓がたてられている。ただ石を積み上げたケルンのようなものから、大きな墓石で作られたものまでおびただしい数である。その間を風が抜けタルチョがはためく。アマダブラム、タウツェ、チョラツェの鋭鋒が周りに聳え立つ。思わず涙がこぼれる。
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ヒマラヤ登山を支えているのはシェルパの人々。彼らがいなければどれだけの登山家がエヴェレスト登頂を果たすことができただろう。そして犠牲になっているのも、多くがシェルパの人々。今回の自分のピークトレッキングを振り返っても、ガイドさん、ポーターさんにどれだけ助けられたことだろう。
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ひときわ大きなお墓には”Rob Hall”の名が刻まれていた。難波康子さんも犠牲になったエヴェレスト大量遭難の時の隊長だった。息絶え絶えにニュージーランドにいる妊娠中の奥さんと衛星電話で言葉を交わした、そのエピソードはあまりに有名であり、その彼がここに葬られていたことに心を震わせる。どうやって遺体を降ろしたのだろうか。いや、遺体は山に残されたままなのだろう。祈りを捧げつつロブチェに向かった。
途中の急登でもまったく息が切れない。1130にはロブチェのロッジに到着。

(後日談:帰国後しばらくして、一通のSNSが届いた。「もしやして、トゥクラの丘でお会いしたのは、あなただったのではなかろうか」と。私がシェルパのお墓に祈りを捧げている時、素敵な日本人ご夫婦に出会った。日本語が久しぶりの私は嬉しくてたまらず、たくさんお喋りした。ところが奥様は私と同じ皮膚科医で、帰国後の会合で私のメル友に出会い、私のFBをみていただき、もしや430日のトゥクラの丘のあの日本人は「あなた」だったのではなかろうか、との顛末である。It’s a small world! 確かに世界は狭いけど、また私の世界は広がった。素敵な出会いでした。)


Dikさんから、隣のロッジで昨夜ポーランド人トレッカーが死亡したことを聞いた。遺体はさきほどヘリコプターで運ばれたそうだ。まだまだ油断はできない。今日は平成最後の日。明日から令和となる。


51日(水)Lobuche (4,930m) to Kala Patthar(5545m), back to Lobuche, and to Pangbocheパンボチェ(3930m

 0300 真っ暗な中、ロッジを出発。寒い!手袋は二重にして、間にホッカイロを挟んだが、それでもなかなか暖まらない。手以外はOKである。星が瞬いている。0500Gorak Shep (5170 m)到着。ここで朝食の予定であったが、早すぎたのかまだロッジが開いていない。手持ちのビスケットと紅茶で済ませて、カラ・パタールの登りへととりかかった。高所順応が順調とはいえ、やはりこの登り、つらい。会得したビスターリ、ビスターリの歩調でゆっくりと頂上を目指す。途中、エヴェレストの左肩から太陽が顔を覗かせた。

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あっという間に暖かくなる。カラ・パタールの後ろの
プモ・リ(7165mはすでに太陽の光で白く輝いている。0730、カラ・パタール頂上に到着。のんびり、ゆっくり過ごす。

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カラ・パタールの直下にエヴェレスト・ベースキャンプのテント村が見える。おびただしい数のテントが豆粒のように見える。今年のエヴェレストにはいったいどれだけの人が登るのだろうか。エヴェレストは逆光のため黒いシルエットだが、余計に不気味さが漂う。

 一人旅という日本の若者にカラ・パタールの頂上で出会う。「お幾つですか?」、「68歳です」、「エーーっ、ぜひ写真を一緒に写させてください!」。今度はこっちが「えーーっ」という番。「僕の目標です!」と。もう20日間も髭を伸ばしっぱなしで、その髭が真っ白だからだろう。よほど爺さんに見えるのか。ガックシ!

カラ・パタール下山時からの眺望。クーンブ氷河、その向こうにアマ・ダブラム(6814m)タムセルク(6618m)カンテガ(6783m)クシュム・カンガル(6370m
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ゴラク・シェプ(5140m)のロッジ群とクーンブ氷河
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ロブチェ(4910m)のロッジ群と、後方左にタウツェ(6495m)、右にチョラツェ(6335m)の鋭鋒
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1700、パンボチェの村にあるロッジ・カイラスに到着。この日の行動時間14時間!長かった。エヴェレストとの再会、そして日の出に感激し、足をひねって最悪の気持ちとなり、そして回復して安堵して、やっと着いた天国のようなロッジ。ジェットコースターのような一日であった。夕食のスープモモがとても美味しかった。この日はぐっすりと眠ることができた。


52日(木)Pangbocheパンボチェ(3930mto Khumjungクムジュン(3780m)

 今日も晴天。今回のトレッキングも残すところあと3日となった。Mera Peak以来、晴天の日が続いている。すべて計画通り、それも2日間前倒しで歩んでいる。Dikさん、アンビルさん、ダワさん、そしてこの晴天のお陰だ。人に、天に、感謝。0845、ロッジ・カイラスを出発。1000、タンボチェ。ゴンパ前の広場からエヴェレストを振り返る。エヴェレストはだいぶ小さくなったものの、ローツェ、ヌプツェを従え、近くにはアマ・ダブラムが美しく聳える。しばらく見入った。
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今日の行程はパンボチェ、クムジュン間で標高差は少ないが、途中のアップダウンは半端でない。最後の登りを終えて、クムジュンの村に入った。3年前の記憶のとおり、緑の畑に囲まれた家々が美しく、豊かな村だ。



53日(金)Khumjungクムジュン(3780m) to パグディン(2610m

 朝早くにはクンビラの頂が間近に見えていたが、0800の出発のころには曇り空となり、峰々は雲の中に隠れてしまった。別れの時か。パンボチェの丘まで緩やかに登り、ナムチェ・バザールまでは一気に下り、ナムチェではDikさんの事務処理を30分間ぐらい待ち、ナムチェからはDudh Koshi Riverに沿いながら何度も吊橋を渡って、途中ロバ隊の渋滞にひっかかったりしながらパグディンに1430到着。Dikさんが選んだロッジは、一番ありきたりの名前”Everest Lodge” 古くてさえない建物だが、ロッジのマスターはDikさんの師匠のような人。ギャルツェン・シェルパさんという。日本語が上手で、Dikさんがまだポーターをしていたころから指導を受け、とくにコックとしてたくさん教えられたとのこと。
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このギャルツェンさん、山野井泰史、妙子がギャチュンカン登頂を果たしたのち遭難しかかった時に、最後までベースキャンプで二人を待ち続け、二人を助けた人である。山野井さんがその時のことを「垂直の記憶」に著しているが、ギャルツェンさんはその中に登場する。夕食の間、その時の思い出を語ってくれた。夕食にいただいたチキンカリーはことのほか美味しかった。ギャルツェンさん、Dikさん、アンビルさんは、ラム酒を飲み始めた。私もすすめられたが舐めるだけにとどめておいた。
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54日(土)パグディン to Lukla(2,860m)

 この日は朝から雨。小降りになるのを待って0830、ギャルツェンさんと再会を誓って、別れを告げる。走るように快調にルクラへと歩む。


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5日(日)霧、雨で飛行機は欠航、ルクラで停滞。


56日(月)ルクラ→ラムサップ→カトマンドゥ
 この日も悪天候で、やっとのこと1505離陸。
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1540ラムサップ空港着陸。空港ではアンビルさん(ポーターのアンビルさんとは別人)運転のジープが待ってくれていた。途中ひどい渋滞に遭遇したが、2200を少し回ったころ、カトマンドゥのサンセットビューホテルに到着した。1ヶ月ぶりのお風呂にゆっくりと浸かり、そしてビールを一人で乾杯。雄叫びこそ上げなかったが、大きな満足感に心が満たされた。トレッキングを支えてくれた皆に感謝、神様、仏様にも感謝、感謝。

明日は、神への祈りの日としよう。





by kobayashi-skin-c | 2019-06-16 15:45 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2019年5月 『ヒマラヤピークトレッキング 4: アイランドピーク』May 2019 "Himalaya Peak Trekking 4: Island Peak"
アイランド・ピークIsland Peak (6,189m)
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イムジャ谷の奥、島のように浮かんでいるので、ちょっとさえないネーミングだが、アイランド・ピークIsland Peakと呼ばれている。シェルパさんたちは「アイスランド・ピーク」と発音している!雪と氷に覆われた山だから「アイスランド」とのことであった。最近では「イムジャツェ:イムジャ・コーラ(イムジャ谷)の最奥にある山」の意が使われている。やりがいがある山だ。6000mの高度感の中でアルパインクライミングが必要とされる。

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しかし、左に聳えるローツェ(8516m)と比べるとアイランドピークの何と小さいこと。やはり8000m峰にあこがれてしまう。


427日(土)Chhukung (4,750m) to Island Peak Base Camp (5,200m)


今日も晴天。0920 Yak Land Lodgeを出発。Amphu Labcha Laから下ってきた道をイムジャ谷の上流に向かってたどる。ヒマラヤ襞の美しいカンレヤムウを右に見ながら、左にはローツェ南壁を仰ぎながら、上流へ上流へと向かう。
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Amphu Labcha La
への道を右に分けながら、Island Peakへの道はやがて広い谷間を歩くようになり、正面にはアイランド・ピークが姿を現す。8000m峰には及ばないが、岩と氷の美しい山である。1150 BCに到着。広い谷間に2030張のテントが立ち並ぶ。
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午後はテントでのんびりと過ごしながら、Dikさんから明日の指示を受ける。1800スパゲティの夕食をお腹いっぱいにとった。すぐに就寝。



428日(日)Island Peak Base Camp (5,200m) to Island Peak (6,189m),
and back to Chhukung(4,750m)

000起床。ぐっすりと眠ることができた。体調はすこぶる良い。高山病症状はまったく現れない。030温かいスープとポップコーン、フライドライスの朝食を摂る。1:00予定通りBCを出発。空は満天の星。暗闇の中、先行するパーティーのヘッドランプの灯りが見える。最初の30分は平坦な道を歩いたが、やがてジグザグの登りとなりスピードが鈍る。今日はチェコ隊とともに5人で隊列を組んで進むこととなった。少しプレッシャーを感じるが、ビスターリ、ビスターリとみずからに言い聞かせる。喘ぐほどのスピードに絶対ならないよう、少しだけ苦しいぐらいのゆっくりとした足取りで、しかし絶対止まらないように、ヘッドランプの灯りで照らされるDikさんの足元だけを頼りに登っていった。岩屑の道から岩壁の道へ、そして空が少し明るくなり始めるころ、道は雪に変わり、広い氷河の末端に到着。ここでアプローチシューズから冬靴へはきかえ、アイゼン、ハーネス、クライミングギアを装着した。周りの景色が見えはじめてきた。氷河のど真ん中にいる。氷河が少し赤みを帯びてきた。空は宇宙の青さ。あまりの荘厳さに心が震える。今から挑むアイランド・ピークへの挨拶に、思わず大きな雄叫びを上げる。
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5人、コンティでロープを結び、先頭がリンジー、そして私、LiborLadia、そしてDikさんの順で登りはじめた。まずは細い雪稜、次に一番目のクレバスを梯子で渡る。少しバランスを崩し、腰を落として慎重に渡った。
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次に細いクレバスをジャンプ、続いて深いクレバス上にかろうじて残るスノーブリッジを慎重に渡り、80度はあろうかという3段のアルミ梯子が連結されたクレバスを越え、さらにもう2回梯子をわたったところで頂上直下の広い雪田に出た。雪田の向こうに100mほどの雪壁がそそり立つ。その上が頂上だ。雪壁をすでに数人が登り始めている。
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我々もユマールをセットして登りはじめる。今度はDikさんがすぐ前に来てサポートしてくれる。それにしてもユマールをセットしたフィックスロープのなんとみすぼらしいこと。クライミングに使うロープとは違って、荷造りに使うビニール紐みたい。それも少し毛羽立っている。30-40mごとにアイスバーが打ち込まれており、ユマールとビレーカラビナを次のフィックスロープにセットしなおす。面倒くさい作業だ。7080度の斜度の登りはきつい。
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ユマールを両手で掴んで体を引き上げる。しかし原則は脚の力で登ること。腕に頼ると大きく息が切れる。数歩登っては深呼吸を繰り返し、喘ぎ喘ぎまた数歩登る。また止まって深呼吸。アドレナリン全開でみずからを鼓舞しながら、そして頂上稜線に立った。Dikさんが嬉しそうに祝福してくれる。頂上稜線からの絶景にふたたび雄叫びを上げる。
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そして0750、狭い頂上に立った。
Dikさんと、続いて登ってきたLiborLadia、そしてリンジーと抱き合う。立っているのも難しいぐらい疲れていたので、安全のためにも座り込んだ。呼吸が落ち着いてからあらためて周囲を見渡す。すごいところへ来たもんだ!



下りは楽だった。登頂の歓びをかみしめながら、絶景を楽しみながらBCへと下っていった。1200BC帰着。すぐにテントに倒れこんだ。ランチを食べるよう言われたが、疲れすぎているのか、まったく食欲がわかずアンビルさんに食べてもらうこととして、小一時間は眠った。1420BCをあとにしてチュクンに向けて下山開始。1630やっとの思いでチュクンのロッジに到着。先に着いていたチェコチームと、健闘をたたえあった。今日の行動時間、15時間30分!お目当てのヤクステーキは品切れだったが、チキンステーキ、ローストポテト、ビール、ラム酒で乾杯した。人生で何度もない歓喜の日であった。みんなに感謝したい。
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残す行程は、カラ・パタール! やはりエヴェレストに挨拶しておきたい。

by kobayashi-skin-c | 2019-06-16 12:50 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2019年5月『ヒマラヤピークトレッキング 3 : アンプ・ラプチャ峠越え』 May 2019 "Himalaya Peak Trekking 3:Amphu Labcha La"

アンプ・ラプチャ峠トレッキング
AmphuLabcha La pass (5,845m) Trekking

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今回の計画のそもそもの始まりは、アンプ・ラプチャ峠トレッキングへの憧れであった。テントに泊まりながら、エヴェレスト、ローツェを眼前にホンギュ谷を北上し、アンプ・ラプチャ峠を越えて、イムジャ谷へと向かう夢のようなコースだ。アルパイン的要素があり、人も少ないと聞く。


ここで、今回たどった道のりを地図で簡単にご説明しておきたい。エヴェレスト山群(クンブー山群)はネパールの北東部。その中国(チベット)国境には名だたる8000m峰が集まり、山好きにとっては息を呑むような景観が広がる。玄関口は飛行場のあるルクラの町。ここを出発点にいろんな方向に向かってトレッキングが始まる。今回のコースを赤の点線(・・・・・・)で、宿泊地を黄色の三角印、ハイライトとなったメラピーク、アンプ・ラプチャ峠、アイランドピーク、カラ・パタールを赤い三角印で、そして名だたる高峰を赤い枠で囲んである。

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さあ、アンプ・ラプチャ峠トレッキングの始まりである。

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21日(日)

Mera Peakに登頂したのち、1020無事High Campまで下山。しばらくテントの中で横になった。1230 Mera Peak High Campを出発、途中Mera Laでポーターの二人と合流し、いよいよAmphu Labcha La pass(5,845mアンプ・ラプチャ峠) へと向かった。MeraLaからは誰も歩いていない雪渓を進む。雪が緩み、膝まで埋まりながらの歩行で、とにかく疲れて苦しかった。

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雪渓が終わると岩礫の間の道となり、雪目でかすむぼやけた視野のではたいへん怖かった。1600 Kongma Dingma (4,850m)に到着。テントは快適。バッティの中で簡単な夕食を済ませ、早々と就寝、今日の行動時間、14時間45分!


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22日(月)Kongma Dingma (4,850m) to Seto Pokhari (5035m)


ここからは、私たちとまったく同じコースをたどるというチェコチームと行動を共にすることとなった。LiborLadia、屈強な大男。43歳と38歳。Liborは上手に英語を話すが、Ladiaは英語をまったくしゃべれない。二人とも陽気で理知的で、楽しい仲間となった。さらに楽しいのは彼らのガイドのリンジー。冗談が好きで好きで皆を笑わせる。Dikさんとは友達で、Khareから一緒になったので、2パーティー力を合わせることとしたそうだ。力を合わせると言っても、私がお世話になりっぱなしになる気がする。


今日は午前中早くから山には雲がかかり始めた。北上を続けるホンギュ谷の向こうには、エヴェレスト、ローツェが見えるはずなのだが、・・・。ちょっとした登りでも今日は息が切れる。一昨日、昨日の疲れがまだ残っているのだろう。誰もいない広い谷間に、忽然とテント村が現れた。

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Chamlang (7,319m)登山のBase Campだ。スロベニアからの登山隊のようだ。ガイドのDikさんには友達が多い。登山隊コック長と仲が良いとのこと。紅茶をご馳走になった。帰国してから知ったことだが、Chamlang (7,319m)の初登頂は1962年、北大山岳部であったとのこと。Base Campから見上げることができる北壁はまだ未踏で、2015年には日本のトップクライマー今井健司が遭難死している。不気味ながら堂々とした山容をしている。
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SetoPokhariのテント場,Chamlang(7,319m)
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1350 Seto Pokhariのテント場に到着。Pokhariは湖の意であるが、Amphu Labcha La pass Trekkingで期待されていたホンギュ谷に点在する湖はまだ全部結氷したままだった。残雪が多い。早々と就寝した。テント生活は快適である。

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23日(火)Seto Pokhari (5035m) to Amphu Labcha Base Camp (South) (5,650m)

深夜0130にトイレのため目を醒ましテントの外に出ると、満点の星空だった。そして山のシルエットがテント場を囲む。それから目がさえてしまって何度もテントの外に出る。04:00ごろ、下弦の月がChmalangの頂にかかり、山を照らす。05:50、いくつかの山の頂が朝日に照らされ紅に染まり始めた。北の方角にはまごうことなきエヴェレスト、ローツェが見える。南の方角にはPeak41。その美しい鋭鋒が真紅に染まっていた。
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北の方角に、まごうことなきエヴェレスト、ローツェ、
右端で光るのはローツェシャール。

南の方角には、たどってきたホンギュ谷とPeak41、Seto Pokhari。
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Seto Pokhariのテント場。エヴェレスト、ローツェが眼前にあり、
まさにパラダイス!
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0700早目の朝食、そして出発。抜けるような青さの空、雪を被ったヒマラヤの峰々、行く手にエヴェレスト、ローツェを望みながら、夢見心地の気分であった。
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写真を撮りながらのんびりと歩き、一番景色の良いところでピクニックランチをとることとした。お湯を沸かしてスープヌードルとゆで卵を作り、みんなで山を見ながら楽しい時を過ごした。
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AmphuLabcha Base Campが近付いてからは一面の雪渓となり、緩んだ雪にずいぶんと苦しめられた。重い荷物を背負ったダワさん、アンビルさんはもっと苦しいに違いない。15:00 Amphu Labcha Base Campに着いたときにはずいぶん消耗していた。なんせ終始5000mを越えたところを歩いていたのだから。
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Amphu Labcha BaseCampはすっかり雪に覆われ、わずかに土が出ている部分にはすでにチェコ隊がテントを設営しており、私はバッティの中でDikさん、ダワさん、アンビルさんとともに寝ることとした。真夜中12時ごろ、急な腹痛に襲われた。Khareを出てからのテント生活中、便秘を決め込んでいたので便意が強くきたのに違いない。意を決して雪の中へと進みお尻を出して排便。戸外での排便は子供のころにあったかも知れないが、記憶にある限りはない。それでもなんら支障なく、膝も耐えられたので、ほっとした。むしろ誇らしくもあった。これでどんな山でもどんな野外生活でもへっちゃらだと。しかし、バッティに戻ってシュラフにもぐりこんでしばらくすると、また腹痛が襲ってきた。Oh No!再度雪の中に突入。多少軟便であったがすっきりと排便。次に腹痛がくることはなかった。ますます誇らしい気分になり翌朝を迎えた。
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424日(水)Amphu Labcha Base Camp(5,650m) to Amphu Labcha La pass (5,845m), and to Chhukung (4,750m)

今日も晴天の朝を向かえ、0530朝食、0600、日本隊の4人、チェコ隊の4人、総勢8人でBCを出発した。チェコ隊の二人には「私を気にせず先に行くよう」伝えておいたので、マイペースを心がける。
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岩屑の急登から雪渓・氷河へと変わり、アイゼンを装着。振り返ると雪原の中のAmphu Labcha Base Campがはるか下に見えていた。
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雪、氷、岩のミックスとなり、3m弱の垂直の岩壁越えも現れた。ロープが張ってあったが3歩目で足を滑らせて越えられず、Dikさんからハーネス装着の指示を受けた。素直に従い、ロープで引き上げられる。
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迫力あるAmphuLabcha Glacierのアイスフォール帯の脇を抜けながら、0945峠の頂上に到着。チェコ隊のLiborLadia、そしてDikさん、リンジーさんとがっちり握手。
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峠の上からは、今までたどってきたホンギュ谷と囲む山々、峠の稜線に続く山々、そして峠の向こうのイムジャ谷をはさんで屹立するローツェ、ヌプツェ、エヴェレスト、無数のヒマラヤの峰々を見晴らすことができた。
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左から、エヴェレスト、ローツェ、ローツェシャール


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Amphu Labcha Laのイムジャ谷側は斜度がきつく固定ロープが張られている。この壁を荷物を担いだポーターさんが下りることはできないので、Dikさん、リンジーさんが荷物だけをロープで懸垂下降。途中引っかかるので、何度も登ったり下りたりを繰り返した。すごい体力と技術だ。エヴェレスト登山にしても、こうしたシェルパの働きで登らせてもらっているのか、と実感する。Dikさんもさすがに息を切らして、口笛を吹くように息を長く吐く深呼吸を繰り返していた。荷物のあとから我々も確保器(ATC)を固定ロープに装着し、懸垂下降で下りる。雪が軟らかく足をとられてバランスを崩したが、約50mの壁を下って、今度は雪の急斜面をトラバースし難所を越えた。傾斜が緩み、雪と岩屑が混じった斜面を下ったが、足の疲れからか何度も転び、斜面にしゃがみこんだ。前を歩くチェコ隊との間には、近道となる雪渓が広がっていたので尻滑りで下りて行ったが、チェコ隊のリンジーさんは「やめろやめろ」の手振。かまわず滑っていったところ、リンジーさんは走って止めに来た。北海道の残雪期では当たり前の尻滑りなのだが。私自身はずいぶんと体力を節約できたと思った。


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雪渓が消え、装備をはずす。振り返ると、写真上中央の三角形の岩塔が今越えたAmphu Labcha La。





イムジャ谷に下りてからの道のりはまだまだ遠く、疲労はけっこう極限状態となった(ガス欠、空腹が大きかった)。チュクンのロッジ群が見えたときにはほんとうに嬉しかった。1700チュクンのYak LandLodgeに到着。行動時間11時間。疲れたー!、そして感激、感動の嵐。Dikさん、リンジーさん、そしてLiborLadia、ありがとう。夢を果たしたのが、夢のよう。


425日(木)、26日(金)チュクンにて休息日
洗濯、靴、シュラフ、ダウンの日干しなどをしながらのんびりと過ごす。チュクンはAma Dablamとローツェにはさまれた登山基地。3年前のThree Pass越えの時にはここからCongma Laへと登った思い出の地。素晴らしい天気と景色に心も体もリラックス

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さあ、アイランド・ピークへの準備は整った!






by kobayashi-skin-c | 2019-06-15 18:48 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2019年 『ヒマラヤピークトレッキング 2. メラピーク』 May 2019 "Himalaya Peak Trekking 2. Mera Peak"

2.Mera Peak (6476 m) メラピーク

 日本を出発してからはや10日、いよいよ目標に挑む時だ。

4
20日(土)Khare (5,045m) Mera High Camp (5,780m)

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朝日に照らされたメラ山群。左端に目指す中央峰、すぐ右隣が北峰、右端が西峰。

 0530起床。晴天の朝を迎えた。Khareは登山基地。屹立する山々に囲まれる。うっすらと雪が積もっているが登山には何の支障もないほど。念入りに荷物の仕分けをする。ポーターの二人は登頂に加わらないので、自分で運ぶ水、非常食、防寒着、手袋、ピッケル、ハーネス、カラビナ、ユマール、・・・・を自分のリュックに詰め、不要なものは残す。0800雪を踏みながらKhareのロッジを出発。

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急坂を登って振り返ると、手前にKhareのロッジ群。屹立する山は左がKyashar(6769m)、右にカンテガ(6783m)、タムセルク(6618m

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メラ山群全体が白く輝く。ヒマラヤに登る緊張が高まる。


登りはじめるとすぐに高度を実感する。苦しい、一歩一歩がつらい。後から出発してきた約10名のドイツ隊に追い越される。ただただ下を向いて「ビスターリ、ビスターリ(ゆっくり、ゆっくり)」とつぶやきながら、呼吸を整えながら、歩みを進める。「足が前にさえ出れば、いつかは必ず頂上に立てる!」。
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途中、ガイド・ポーターが人を担いで下山してきた。担がれているのは昨日出発したタイ人女性だ。目をつぶったまま朦朧とした様子。同じく昨日出発したオーストリア人カップルも一緒で、さかんにタイ人女性に声をかけていた。高山病だろう。私自身は呼吸が苦しいものの、高山病の症状はまったくない。

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目指すメラピーク中央峰はまだまだ遠い。氷河上に積もった雪を踏みしめ、ビスターリ、ビスターリとつぶやきながら登る。


1330 Mera High Camp (5,780m)に到着。大きな岩塔の下、岩・雪にへばりつくようにテントがびっしりと張られている。20張はあるだろう。トイレテントも張られている。すぐにパスタの昼食をとらせてもらい、疲れた体をテントに横たえた。今日から4泊連続のテント生活となる。日が傾くころ見晴らしの良い岩塔の北側に出てみた。到着したころは雲に隠れていたヒマラヤの峰々が、夕日に照らされていた。エヴェレスト、ローツェ、マカルーが輝いていた。少し休んで元気を取り戻し、明朝への決意を新たにした。1830には就寝。二・三度トイレに起きたがぐっすりと眠れた。

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遠く左端に見えるのがエヴェレスト、ローツェ。右に屹立するのはPeak41。


421日(日)Mera High Camp (5,780m) Summit Mera Peak(6,461m) Mera High Camp (5,780m) Mera La, trek to Kongma Dingma (4,850m/15912ft)


涙のメラピーク

0145起床。ポリッジと紅茶で朝食を簡単にとり、ヘッドランプを灯してDikさんとともに闇の中を出発。我々の前に灯りはない。我々が一番先に出発したようだ。寒い!とくに手が冷たくなる。手袋の中で指を曲げたり伸ばしたり、血行を良くするように頑張るが、暖かくなるまでに1時間は要した。そのうち今度は目がちかちかしてきた。まつげが凍ったのだろうと思い、軽くこすってみるがちかちかしたままで、だんだんと痛くなり、目には涙が溢れるようになった。東の空が明るくなるころ、Dikさんに目を見てもらったが「氷ついていない」とのこと。「ああ、雪目だ!くそっ!サングラスをはずすことは決してしていない。ヒマラヤの紫外線の強さは半端じゃなかったのか、昨日ずっとうつむきながら雪渓、氷河の上を歩いていたからか、くそっ!」。呼吸は苦しいし、目は痛いし、涙でかすんで景色が見えないし、・・・。でもとにかく登頂のことだけを念じながら一歩一歩進んだ。


傾斜が増した頂上ドームも、ユマールなしで登り、そして0630山頂フラッグをこの手でつかんだ。「Dikさん、ありがとう」、二人で抱き合った。目はかすんで見えていなかったが、写真に収めておけばあとで振り返ることができるだろうと思って、こっちがマカルーの方角、こっちがエヴェレスト、こっちはチョーオユー、とまさに「めくらめっぽう」にシャッターを押した。そして二人で交互に頂上の記念撮影を済ませ、最後にピタンバルさんが用意した大きな記念フラッグをDikさんが取り出して、さあ写真、と思ったら、Dikさんが「先生のiPhoneがない!」、「さっきリュックの上に置いたよ」、「ない」。Dikさんはリュックの底の底まで確認したが、「ない」。iPhoneはリュックの上から雪の上に落ちて、あっという間に氷河の底まで滑って行ったのだろう。涙、涙のMera Peakとなった。

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エヴェレスト(8848m)、ローツェ(8516m)、マカルー(8463m)の8000m峰が連なる。
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そしてゆっくりと下山した。
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High Campに到着して、「やったね、ありがとう、Dikさん」。二人とも随分と顔がむくんでいる。


1020無事HighCampまで下山。しばらくテントの中で横になった。1230 HighCampを出発、途中Mera Laでポーターの二人と合流し、いよいよAmphu Labcha La pass (5,845mアンプ・ラプチャ峠) へと向かった。Mera Laからは誰も歩いていない雪渓を進む。雪が緩み、膝まで埋まりながらの歩行で、とにかく疲れて苦しかった。雪渓が終わると岩礫の間の道となり、雪目でかすむぼやけた視野のではたいへん怖かった。1600 Kongma Dingma (4,850m)に到着。テントは快適。バッティの中で簡単な夕食を済ませ、早々と就寝、今日の行動時間、14時間45分!

さあ、これから AmphuLabcha La pass (5,845m) Trekking アンプ・ラプチャ峠トレッキング。ハイライトを迎える。





by kobayashi-skin-c | 2019-06-03 06:57 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2019年5月 『ヒマラヤピークトレッキング 1.アプローチ』May 2019 "Himalaya Peak Trekking 1.Approach"
  1. アプローチ


49日(火)札幌→東京(羽田)


 一日の診療を終え、留守中の事務処理、給与計算を済ませてから帰宅。衣子から促されるように自宅を後にして新千歳空港に向かった。2100の羽田行きに搭乗。飛行機の席に座るなり、旅へ出発した実感が胸に迫る。心地よい緊張感と解放感に浸る。えも言われぬような夢見心地。


4
10日(水)東京(羽田)→バンコク→カトマンドゥ

カトマンドゥ・トリプヴァン国際空港では長蛇のVisa申請に2時間を費やし、荷物探しに手間取り、そして出口へと行った所で「コバヤシさん!」の声が聞こえた。

ピタンバルさんと、今回のガイドDik Tamangさん(Dikさん)が待っていた。そして、赤い花輪を首に巻いてくれた。ありがとう、お世話になります。
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さっそくダルバートのお世話になる。街のダルバートは豪華で美味しい。これから1ヶ月、毎日ダルバートか。
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411日(木)カトマンドゥ(1,300m)→クルコット

 朝は時差の関係上、早起きとなる。タメルのホテルから、ダルバール(王宮)広場へと向かった。街の様子、人々の服装からは、4年前となんら変わりはない。香草や揚げパンのにおい、バイクの騒音と排気ガス、寺院の鐘の音、混沌の街である。旧王宮付近では、4年前の大地震被害がまだ生々しく残っていた。シヴァ寺院は瓦礫の山と化し、旧王宮も竹の足場とテントに覆われていた。残った建物には、つっかい棒がそこかしこに立てかけられている。これが耐震対策なのだろうか。しかし、それでも人々は路上に品物を並べ朝市を開き、寺院には人々が灯したバター油の蝋燭の煙が漂っている。異国である。
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クマリ(女性の生神)の館の前で遊ぶ少女と見守る母
この少女がクマリ!?
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41日から、カトマンドゥ国際空港改修工事ため国内線の一部とくにルクラ便は、カトマンドゥから100kmも離れたラムサップ空港発着となっている。4時間かけて、ラムサップ空港の手前のクルコットの町のホテルまで移動・宿泊した。


412日(金) クルコット→ラムサップ空港→ルクラ(2,860m)→パンヤ(2,730m)

ルクラ空港に降り立つと、青い空、白いヒマラヤの峰、そして赤いシャクナゲの花が待っていた。
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すぐにポーターのダワさん、アンビルさんと合流。荷造りを済ませてから、さあトレッキング開始(左からアンビルさん、ガイドのDikさん、ダワさん)。
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0900 ルクラを出発。空港脇の小道を下り続ける。ドゥード・コシの流れの音が聞こえる2200mまで下り、また尾根に登る。パンヤは標高2730mだからルクラとほぼ同じ高さだが、2200-2800mの間を登ったり下ったりで、日本の北アルプスの縦走並みだ。登りは少し息が切れる。今日の道は、麓の町ジリとルクラ、ナムチェを結ぶ生活道路であるため、ロバの隊列が絶え間なく登ってくる。土曜日、日曜日バザールがルクラ、ナムチェに開かれるためだ。荷物をいっぱいに背負ったロバの隊列は、ときに50頭以上にもなり、すれ違いが危険なため、30分以上も待たされることがある。そしてすれちがった後の山道には糞、糞、糞!これが臭いのだ。新鮮な糞は注意深くよけて歩くが、少し時間を経たものは糞なのか、土なのか見分けが付かない。気にしないことにしよう。
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413日(土)Paiya(2,730m)to Panggom (2,846m)
 
夜、屋根を鳴らす雨の音で何度も目が覚めた。雨の音、さびしいロッジ、ネパール式トイレ、少し暗い気持ち。0500起床。0730パンヤのロッジを出発。今日のコースも生活道から始まったため、ロバ隊と何度もすれちがう。臭い。しかし、途中からドゥードコシ沿いの生活道を離れて、尾根へと登る山道へと分かれた。ロバのいない道はきわめて快適。尾根上の峠を3000mまで登る。空には青空が切れ切れに顔を覗かせるがほとんどがガスの中。霧に包まれた山肌に紅やピンクのシャクナゲが咲き誇っていた。少し気分が明るくなる。とちゅう土砂降りの雨と落雷にあう。運よくバッティに逃げ込むことができた。バッティを揺るがすような至近の落雷あり。尾根上の小村(たった3軒)で孫娘そっくりの美少女に出会った。一緒に写真をとる。
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414日(日)Panggom (2,846m/9,337ft) to Ramailo Danda (3,200m)

07:20出発。まず村の上に立つゴンパ(チベット仏教寺院)に向かった。この地域ではタンボチェゴンパに次いで格式の高いゴンパであるとのこと。そして今日はネパール暦のお正月。Dikさんが僧侶にお願いして、本堂でお祈りをさせていただいた。僧侶がきちんと祈祷をあげ、ろうそくの灯もともしてくれた。Dikさん、ダワさん、アンビルさんは五体投地の祈りをささげた。小生は1000ルピーの寄進をした。敬虔な気持ちとなる。この祈りが無事ヒマラヤの神様に届きますように。ゴンパの向こうにクンビラ、コンデの峰々を望むことができた。
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415日(月)Ramailo Danda (3,200m) Chhatra Khola(2,800m)

快晴の朝を迎えた。ロッジの屋根の向こうにメラ山群が姿を現した。美しい、そしてsouth faceのなんと荒々しいことか。あんな山に挑めるなんて幸せだ。ただ気になるのは、この数日の雨模様で、山にはかなり新雪が降り積もっている様子。Amphu Labcha アンプ・ラプチャ峠 越えは難しいのかな。
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今日のコースもワイルド。登って登って、下って下って、登って、下って、森の中を歩く。足元のピンクの花、そしてシャクナゲがきれいだ。今回のルートはMera Peak Trekking と名が付いているが、エヴェレスト街道に比べるとマイナールート。さらに降雪のためルクラ西方の4000mの峠を避けて、いったんかなり南下してから谷沿いの道を北方につめるコースを選んだため、トレッカーの姿は少ない。パンヤ、パンゴンのロッジで一組ずつ会っただけで、昨日、今日は一人も会っていない。ときおり地元の人とすれちがうだけであり、静かで良い。その反面、寂しさもある。黙々と歩いて、ついに到着したChhatra Kholaのなんと素晴らしいこと!深い森に覆われた急斜面の谷に、はりつくようにロッジというよりも山小屋が立っていた。
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416日(火)Chhatra Khola (2,800m) Kothe (3,691m)
 朝、空は晴れていたが、深い谷間の下からどんどんとガスが上がってきて、0730出発のころにはまた霧の中。苔むした深い森の中をまた黙々と登り、下り。とくにロッジを出発してからいきなり300mをジグザグに急登。さすがに息が切れたが、ヒマラヤの歩き方をだんだん分かってきた。とにかく急がず、ゆっくりと体を動かす。息が切れる動作は極力避けてマイペースを維持する。そうすると高山でも休むことなく歩き続けることができる。
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417日(水)Kothe (3,691m)Thaknak (4,358m)
 どんどんと高度が上がる。高度順応を意識してゆっくり目に旅程は組まれているが、この2日間で2800mから4358mなので、多少不安である。体調は良いが天気は今日もいまいち。冷たい風が吹き、雪がちらつく。昨晩の雪が道に残っている。下山してくる3組のトレッカーとすれちがう。皆、嬉しそうな表情で「We reached Summit」と。「Congratulations!」と声をかけると、「Good luck!」と言ってもらった。嬉しいものである。1200にはThaknak(4,358m)に到着した。


418日(木)Thaknak (4,358m) Khare (5,045m)
 朝、雲ひとつない青空が広がっていた。ロッジから出て歓喜の声を上げる。昨夜の吹雪が嘘のようだ。てっきり今日はロッジで停滞かと思っていた。0830、ロッジを出発。もうヒマラヤの山懐の中である。ヒンクコーラは氷河となり、砂と石と岩の氷河地形に取り囲まれる。モレーンの登りはきついが、登った先に緑色をした氷河湖(Sabai Tsho)があり、急峻な峰々を湖面に映し出していた。その一つがKyashar(6769m)。初登頂は2003年の英国隊であるが、2012年、花谷泰広ら日本隊が難攻不落とされたそのSouth Pillarの登攀に成功した。その業績にPiolet d’Or賞が贈られている。それにしても、どうしてこんなにも垂直な難コースを選んで、人は登るのだろうか、登らなければならないのか。同じ疑問は、たとえポピュラーなピークであっても、今から登ろうとしている自分にも投げかけられる。今の自分の回答は、「山に対し人間は原始的な神の存在=崇高感を抱き、頂への道が困難であればあるほど極めようとする欲望を持つ」、山=神といった原始的宗教観が人を突き動かしていると思う。
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Kyashar (6769m)
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 神々しいほどの山峰に囲まれて幸せである。
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岩峰、氷河を眺めながら、いくつかのモレーンを喘ぎながら越えて、Mera Peakの登山基地であるKhare (5,045m)のロッジに到着した。午後からはまた曇り、雪もちらつき始めた。明日はKhare (5,045m)で一日休息、高所順応。そして明後日、Mera PeakHigh Campへ出発する。

419日(金)Khare (5,045m) 休息日
明日いよいよMera Peakへ。高山病の症状は微塵もなく、高所順応は順調だ。



by kobayashi-skin-c | 2019-05-31 12:35 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2019年5月『ヒマラヤピークトレッキング』 May 2019 "Himalaya Peak Trekking"

山歩きを楽しみながら、その山行も回数を重ねていくと、より高い山、より難しい山へと興味がわいてくる。むろん技術・体力があってのチャレンジとなるが、練習・鍛錬によって、目標とする山への技術・体力を会得することはできる。ただ、年齢のことを考えると、チャレンジできる年数は限られてくる。

ヒマラヤの魅力を知ってからというもの、いつかはどこかのピークに登りたいと夢を抱き続けてきた。山の本、雑誌、インターネット情報から、エベレスト山域にあるMera Peak (6476 m) Island Peak (6189 m) が私の目標となった。
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かくして、Mera Peak メラピーク (6476 m) Island Peak アイランドピーク (6189 m) の同時登頂、さらに二つのピークを結ぶAmphu Labcha La アンプ・ラプチャ峠 (5,845m) を越えていこうという欲張りな計画を立てた。
 まず一番先に立ちはだかるのが「衣子の説得」。しかし、これはいとも簡単に許可がおりた。答えは、「私は行きません、どうぞ。これからの人生、一人になったときの練習ね」とのこと。その答えに複雑な心境。
 次に、誰にガイドを依頼するか。日本のトレッキング・ツアー会社のホームページをあたってみたが、それぞれのピークツアー募集はあるが、同時登頂ツアーはない。ネパールで長年お世話になっているピタンバルさんに問い合わせてみることとした。ピタンバルさんの会社 All Nepal Adventure Tours & Treks(P.)Ltd は、今までトレッキングしか行っていなかったのだが、ガイド資格を持つ新しいスタッフが加わり、ピーク登頂の案内もするようになったとのこと。「渡りに舟」とはまさにこのこと。ピタンバルさんは希望通りのコース計画を作成してくれた。要する日数は30日。とんとん拍子にヒマラヤピーク登頂の夢が実現へと動き始めた。そして49日の出発の日を迎えた。

次回から、
1.アプローチ
2.Mera Peak メラピーク(6476 m
3.AmphuLabcha La アンプ・ラプチャ峠 (5,845m)
4. Island Peak アイランドピーク(6189 m)
5.KalaPatthar カラ・パタール(5545m)
6.下山、そして祈りの時
をお届けしてまいります。



by kobayashi-skin-c | 2019-05-31 11:37 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2019年2月 『白銀の山、素敵な仲間たち、良い一日』 February 2019 "Snow Mountains, Good Friends"
自宅からわずか30分。
白銀の世界が待っていた。
私たちをいざなってくれたAGノマドの宮下親分さん、そしてともに滑った仲間たち、ありがとうございました。
最高齢68歳のマスターチームは(ちなみに私は最高齢ではありません、67歳!)、今日一日、活動距離18.5km、累積標高は登り1859m、下り2289mでした。リフト3本分が含まれていますが。

札幌の街を眺めながら、日本海を望みながら、銀世界に浸りました。最良の一日、・・・・。
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木々は霧氷に輝く。
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まさに、白銀!
ぽかぽか暖かかった。
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ノマドチームのこの一体感!いいね。
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行くぜー、ぴょーーん。
宮下親分もマスター世代。すごいね。

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https://youtu.be/zpC1vazdhXw
https://youtu.be/h-oPyrEJW9Q
https://youtu.be/QuZ8xUoqs-k

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こんな斜面も!
「親分、雪崩れてますよ」
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素晴らしい仲間たち、ありがとう。
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最良の一日が終わり、札幌の西の空に日が沈む。
今日遊んでくれた、あのお山さん、ありがとう。
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by kobayashi-skin-c | 2019-02-21 20:50 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2019年2月『雪山は呼ぶよ』 February 2019 "Hokkaido, Powder Snow Paradice"
世界に冠たるパウダースノー天国、北海道。
札幌から僅かの距離の中に、こんな素晴らしい雪の斜面が!

#1蝦夷富士。AGノマド、オダッチの案内で。
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#2道央、某所、某山にて。AGノマドオダッチの案内にて。
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#3 支笏湖、イチャンコッペ山。
https://youtu.be/38_AByfpfd8
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暖冬予報であったが、すばらしい雪、天気に恵まれた!(日もあった)
雪に、山に、仲間たちに、そして衣子に感謝。

by kobayashi-skin-c | 2019-02-20 23:07 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2019年2月『感激、初・冬・利尻、初・島・Pow』February 2019 "Amazing Powder Snow in Mt Rishiri"
憧れていた冬の利尻岳。思い立って札幌からひとっ飛びで利尻へ。診療を終えてから、わずか2時間半で利尻空港へ降り立った。おりしも北海道は今冬最強の寒波の最中。利尻岳は雪雲に隠れていた。
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翌日から5日間、連日で山に入り、利尻岳の島Powに遊んでもらった。
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https://youtu.be/-ozvPinX7oY
https://youtu.be/LA48aYLpKXU

島Powは、利尻特有なのか、少し重くねっとりとした雪。さらっと体にまとわりつくのではなく、バシャーーッと体中に浴びる。最初は重く感じたが、しだいにその抵抗感が快感となった。
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利尻岳は想像していた以上に大きい。いくつもの大きな谷があり、その深い谷から尾根がせりあがり、尾根から谷に向かって絶好の斜面が落ち込み、無数のシューティングラインがある。その日の風向き、雪のたまり具合によって、ガイドが滑るコースを選ぶ。レラモシリの精鋭ガイド、敏哉さん、コウスケさん、翔平さん、ユウスケさんが頼もしい。
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行く手に見える「おっぱい」が美味しかった。「奥おっぱい」を二度味わった。誤解のなきよう。「おっぱい」、「奥おっぱい」は、アフトロマナイ沢左岸の小ピーク群。誰が名付けたのか(敏哉さんらしい)、白く丸みを帯びたピークから落ちる左斜面が「おっぱいシュート」!
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当然、雪崩の巣。注意深く滑降コースの指示を受ける。
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こんなメローなコースもたくさんある。この斜面を衣子、さやかさん、そしてガイドのコウスケさん、翔平さんの5人だけで滑った。それも1回だけ!なんとも贅沢。
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「奥おっぱい」を滑り終えて。
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晴間がのぞくと、眼下の海が光る。「ヤッホーー!」
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そして一日の最後は、海岸線まで滑り降りる。
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ありがとう、楽しい仲間たち! ありがとう、ガイドの敏哉さん、コウスケさん、翔平さん、ユウスケさん!! 衣子さん、すごい、頑張った!!!
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札幌に帰ってから、レラモシリを真似て、「うにめし丼」を衣子が作った。レラモシリのうにめし丼は、全国どんぶり選手権のチャンピオンにも輝いた一品。
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by kobayashi-skin-c | 2019-02-20 22:32 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)