カテゴリ:PHOTO & ESSAY( 209 )
2018年9月 『大雪・十勝連峰の秋』 September 2018 "Autumn Color in Mt Taisetsu & Mt Tokachi"
2018年の山の紅葉は、ダラダラと続く高温のせいか、台風で木々が叩かれたせいか、残念ながらいまひとつであった。それでも秋の山の空気は素晴らしい。大好きな吹上温泉「白銀荘」に泊まり、素敵な美瑛のレストラン「ビ・ブレ」でランチをいただき、至福のときを過ごした。

銀泉台から赤岳、白雲岳へ。まだ紅葉に早いのかとも思ったが、多くの葉はすでに地面に落ち、枝に残っている葉も、紅葉しないまま茶色く枯れていた。
c0219616_12205594.jpg
第3雪渓脇の紅葉、いまひとつかな。
c0219616_12205625.jpg
かろうじて赤いナナカマド、ウラシマツツジを見つける。
c0219616_12205577.jpg
c0219616_12205687.jpg
赤岳山頂はこうして写真に写すとかっこいいが、お腹から飛びだした「でべそ」のような山頂です。赤岳から白雲岳まではまさに天上の遊歩道。
c0219616_12205663.jpg
c0219616_12205550.jpg
上富良野町営の温泉宿泊施設「白銀荘」。自炊であるところがまた良い。そして何よりここの露天風呂は最高!泉質は、鉄分を含むが透明の単純泉で肌に優しい。
c0219616_12200319.jpg
HPから引用した冬の白銀荘全景。冬はバックカントリースキー、春は残雪登山、夏は花の名山富良野岳への登山基地、秋は紅葉の十勝連峰の展望地と一年を通じてお世話になっている。
c0219616_12200323.jpg

この日は、上ホロカメットクから富良野岳へのミニ縦走。前半戦は強風とガスに見舞われ意気があがらなかったが、富良野岳山頂を目前にガスが晴れ、十勝連峰の絶景に見惚れた。
c0219616_12200386.jpg
c0219616_12275937.jpg
c0219616_12200407.jpg
c0219616_12200327.jpg
美瑛のレストラン「ビ・ブレ」にて。

[PR]
by kobayashi-skin-c | 2018-11-18 12:55 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2018年9月 『自然の猛威、自然の驚異』 September 2018 "Terrible Typhoon & Spectacular Sunset"
西日本豪雨、北海道胆振東部大地震の体験について前回のブログに掲載したが、9月、北海道は台風21号、25号にも立て続けに襲われた。豪雨も、大地震も、そして台風も地球の営みの一つ、大自然の一現象に過ぎないとも言える。その大自然は人間の描写をはるかに超える美しい姿も見せる。


大地震の2日後に現れた夕焼け、感動的であった。
c0219616_17081207.jpg

9月、北海道を台風21号、25号が立て続けに襲った。21号は「風台風」で関西空港はじめ近畿地方各地に甚大な被害を引き起こしたことで、まだ記憶に新しいことと思う。北海道の町、山にも強風が走りぬけ、木々をなぎ倒した。
c0219616_17095226.jpg
9月、好天の日、当初は空沼岳散歩の予定であった。しかし登山口までの道路が車も歩行者も完全閉鎖。急遽恵庭岳に切り替えて登り始めたところ、登山道はこの惨状。はやばやと引き返してきた青年とすれちがった。「この先、とても無理です」と教えられたが、我々は突入。倒れた木々をくぐり、跨ぎ、迂回し、何とか第2展望台まで登りきった。頂上ドームへはながらく登頂禁止措置が続いているため、踏み跡も不明瞭となり、登頂することはできなかった。

c0219616_17095275.jpg
衣子は楽しんでいました。
c0219616_17095274.jpg
第2展望台にて。支笏湖を眼下に望む。
c0219616_17095258.jpg

2018年9月、台風21号による北海道大学北18条通りの惨状。大きなポプラの木が根こそぎ倒れ、太い幹がぽっきりと折れていた。2004年の台風18号(北大農場のポプラ並木に甚大な被害をもたらした)の記憶がよみがえった。
c0219616_17091901.jpg
c0219616_17091946.jpg

2004年9月、台風18号による北大農場ポプラ並木の被害。半数近くの老ポプラが根こそぎ倒れた。その後植えられた若木が今は大きく育っている。今回の台風ではポプラ並木に被害は出なかった。風向きによるのだろう。
c0219616_11322609.jpg
自然の回復力に驚嘆する。
そして人間の不屈の精神にも頭が下がる思いだ。
西日本豪雨災害、胆振東部地震からの復旧は急速に進んでいる。


[PR]
by kobayashi-skin-c | 2018-11-18 11:42 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2018年9月 『北海道胆振東部地震』 September 2018 "Earthquake in Hokkaido-Iburi"
2018年9月6日未明、広島市内のホテルのベッドで寝ていた私は、何気なく目を覚ましiPhoneの画面を覗いた。「北海道で大地震」の文字が目に飛び込んできた。

9月5日、私たち北海道広島県人会の一行は「西日本豪雨災害義援金」を湯崎広島県知事に届けた。知事に豪雨災害のお見舞いを述べ、知事からは労いの言葉を頂戴した。そしてその夜は広島マツダスタジアムで広島カープ松田オーナーを表敬訪問し、カープの試合を観戦した。カープは惜しくも試合に敗れたが、私たちは義援金を届けた安堵感とともに、楽しくやすらいだ気分でホテルにもどった。

6日未明から地震のニュースはテレビで流され続け、被害がとてつもなく大きいことに愕然とした。札幌市内でも震度6を記録したとのこと、また北海道全域の停電が生じたことに大きな不安を感じた。家族、クリニックスタッフの安否が気遣われたが、連絡はなかなか取れなかった。電話がつながったスタッフに、まず自分の身の回りの安全を確保し、集まれるものだけで皆の安否、クリニックの様子を確認するよう伝えた。私自身も気が動転し、電話でうまく伝えられたかどうか不安であったが、それ以上に札幌にいる家族・スタッフはどんなに不安であったろうか、どんなに怖かったであろうか、と思うと申し訳なく現場に居合わせなかった自分を歯がゆく思った。

9月6日は北海道のほぼ全域が終日停電であり、新千歳空港は閉鎖、JRもすべて運休の模様であった。さいわいに家族もスタッフも全員が無事であることが確認できたが、今度は自分たちがどうやって札幌に帰ることができるのか心配になった。7日に入って少しずつ電気の復旧があり、新千歳空港も午後から再開する模様であることがテレビで伝えられたので、朝からまず広島空港に向かった。驚いたことに、新千歳への10:50発直行便は定刻どおりの運行であった。ただ新千歳空港へのJR、バスすべてが運休であるとのアナウンスがあった。息子に「空港まで迎えにくることはできないか」との電話を入れたが、「ガソリンがない!」とのことであった。

9月7日13:00、新千歳空港に到着し驚いた。空港全体が難民収容所の体。待合室にもロビーにも、廊下にも、さらに空港外の歩道にも人が座りこみ寝転がっていた。アナウンスどおりJR、バスはすべて運休。ただ車は空港内にたくさん乗り入れていた。「タクシー?」と思っていたところに、空港係員が「札幌ご希望ですか?」と声を掛けてくれ、もう一人の方と一緒に三名でタクシーに乗り込むことができた。札幌までの道中、信号機のほとんどが作動しておらず、交差点内での事故も幾度か目撃したが、1時間あまりで無事自宅に辿り着いた。電気の復旧を期待していたが、自宅マンションはまだ停電のままであった。

さて自宅はマンションの39階、真っ暗な非常階段を、携帯の灯りを頼りにエッチラオッチラと登った。ところどころに人が休んでいる。声を掛け合う。普段のマンション生活ではない人とのふれあいである。日ごろから山に登っている私たちは、さほどの疲れもないまま一気に39階を登りきった。「部屋の中はどうなっているのだろうか、家具は倒れ、食器は散乱・・・?」とおそるおそる玄関を開けると、意外にも本棚の絵皿が一枚床に落ちて割れていただけで、食器棚も、本棚も、すべて元のままであり、ほっと安堵した。

日頃から緊急時への対策は、????、まったく怠っていた。ただ山行の道具、食料はあったので、あとは水のみ。また39階を下り、避難所の水を分けていただき、コンビニを訪ねたが食料品は皆無で、39階に戻った。日が暮れて、あちこちの灯りがともり始めたが、わがマンションは停電のままで、山用のヘッドランプ、カンテラを用意して「さあ、万全」と思っていたところに電気が回復した。現代生活の便利さ、危うさを再認識するとともに、広島の豪雨にしても、北海道の大地震にしても、災害は誰にでも、どこにでも起こりえるものであることを身をもって実感した。大自然の恩恵を受けながら私たち人間は生きている。しかし反面、大自然の脅威とともに私たちは生きている。大自然に感謝、畏怖し、謙虚であることが大切であると、深く思った。

「西日本豪雨災害」、「北海道胆振東部地震」被災者の皆さまに心からお見舞い申し上げます。

c0219616_12532651.jpg
9月5日、広島県庁に湯崎県知事を訪ね、北海道広島県人会で集めた義援金をお渡しした。その夜は広島マツダスタジアムにおもむき、広島カープ松田オーナーを表敬訪問するとともに、広島カープ戦を観戦した。
c0219616_12532627.jpg
c0219616_12532616.jpg

9月7日、なんとか札幌に戻り、停電で真っ暗な自宅マンションの階段を、携帯の灯りを頼りに登った。
c0219616_12541514.jpg
自宅には何の被害もなかったが、クリニックでは、ビル屋上の貯水槽の配管が破れ、9階の事務室・院長室前の廊下の天井が水漏れで抜け落ちた。
c0219616_12541616.jpg
c0219616_12541648.jpg
我家では緊急時の備えは皆無。地域指定の避難所に赴き、水を分けていただいた。避難所には多くの方(とくに外国人)が身を寄せていた。
c0219616_12541613.jpg
近所のコンビニに寄ると、食料品はすべて売り尽くされ入荷予定も不明のことであった。
c0219616_12541526.jpg

その夜の我家の全財産。山行のための食料、コンロ、ヘッドランプ、カンテラがあり不安は感じなかった。
c0219616_12541641.jpg
さまざまな教訓を学んだが、強く感じたことは「大自然に対する感謝・畏怖」そして「人と人の絆」であった。

[PR]
by kobayashi-skin-c | 2018-11-16 13:23 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2018年8月『マッターホルン最終章- 敗退 -』August 2018, "Challenge to the summit of Matterhorn"
いよいよ最終章へ。
エクラン山塊での訓練を終えて、
第8日目午前 クリストフともう一人のガイドLionel リオネルと共に、フランスのブリアンソンから、イタリアのチェルヴィニアへ 車で移動。途中ずっと雨、ときどき土砂降りとなり、稲妻が空を走る。チェルヴィニアに着いてからも雨。アブルッツォ小屋へは、4輪ジープで行くこととした。イギリス人の若者4人グループも一緒であった。この雨、山の上は雪だろうな。不安である。
 アブルッツォ小屋到着後、クリストフとリオネルから荷物のチェックを受ける。3835mにあるカレル小屋では自炊なので、三食分の食料と3リットルの水を運ばなくてはならない。重くはしたくない、しかし水・食料不足にはなりたくない。結局ザックはかなりの重量となった。

第9日目 晴天の朝を迎えた。5:00am小屋を出発。山頂が見えている。新雪をかぶっている。すぐに急登となりジグザグの道となり、やがてクライミング。衣子とクリストフ、私とリオネルがザイルでつながった。両端がすっぱり落ちたコルを通過すると、ロープが張られた岩壁が続く。カレル小屋を目前にした岩壁が、この日一番の難所だった。約20mのほぼ垂直な壁。まずクリストフが登り出しで何か舌打ちをした。岩が凍っているのだ。登り出し2mの高さにまずカムを入れた。順番から言えば衣子が次に続くが、リオネルが先に登り、岩壁の上でクリストフ、リオネルの二人で私たちを確保するようだ。衣子が先に登り始めたが、凍った岩壁に苦労する。そして私の順番、まず最初のカムを岩壁からはずさなければならないが、凍った岩壁に足場が取れず、ロープで体を引っ張り上げながら片手でカムをはずそうとするがはずれない。ここで両腕の力を使いきってしまった。おまけにロープも凍っていたので手袋では滑る、カムははずれない、力を失った腕は凍ったロープをつかむことができない。
 手間取っている間に、渋滞を作ってしまった。岩壁の下で待つ人々が激励してくれるが、苛立っている者もいるようだ。思わず上にいる衣子に向かって「もう、帰りたい!登れない!クリストフにそう伝えてくれ!」と叫び声を上げてしまった。そう叫ぶ自分を情けないと思ったが、とにかく万策尽きたと思った。しかし上からは降りようなどの声は聞こえない。少し回復した腕の力を使いながら、そして情けないことにクリストフとリオネルに引っ張られながら、何とか岩壁を乗り切ったが、精神的にやられてしまった。

c0219616_12230694.jpg
アブルッツォ小屋から見上げる早朝のマッターホルン。山頂付近は強風が吹いているようだ。新雪が見てとれる。


カレル小屋付近は10cm位の新雪に覆われていた。後続の登山者が続々と続く。彼らの中の誰かが、私が残置したカムを回収してくれた。
c0219616_12225318.jpg

最初に現れた固定ロープ。
c0219616_12225309.jpg
 
カレル小屋にて。晴れやかな笑顔の衣子とは対照的に私は打ちひしがれていた。
c0219616_12265626.jpg


その日の夕食と翌日の朝食を準備。日本から持ち込んだ食料に皆興味津々。
c0219616_12265625.jpg


夕食のとき、明日の行動について話し合った。クリストフから「この雪と登山者の多さからは、登頂は難しい。行けるところまで行って、山を楽しもう」と告げられた。自信を喪失していた私は「登頂できないのなら、朝一番で下山したい」と弱気。衣子は「行けるところまで行こうよ!」と強気。
c0219616_12265629.jpg



夕食を終えて外に出ると、意外にも空が晴れ渡り、Pic Tyndallのピークまで見上げることができた。ピークに登れなくても、また次に挑戦するときのために、明日もう少し経験してみるか、登ってみるか!と勇気が湧いてきた。
c0219616_12225474.jpg



第10日目登頂日。朝4:00、ヘッドランプを点してカレル小屋を出発。約2時間登るころ、登山者による渋滞が顕著となってきた。体が冷える。クリストフから「そろそろ引き返そう」の合図があった。悔しかったが「体力、技術、気力不足」と自分に言い聞かせるほかはなかった。日が昇るころ、カレル小屋に向かって下山。
c0219616_12225382.jpg

そして一気にアブルッツォ小屋まで下った。
c0219616_14440386.jpg

クリストフ、リオネル、
こんな未熟な私たちを、よくぞ4000mの高みまで引き上げてくれて、どうもありがとう。

晴れ渡り、雪も薄くなったマッターホルンの頂上を、いくぶん恨めしくみつめながら、
「また、来るぜ!」(とは、衣子の一言)


[PR]
by kobayashi-skin-c | 2018-08-29 14:54 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2018年8月「マッターホルンプロジェクトその2、La Meije」August 2018 "La Meije"
Queyras Mountainsから下山した後、休息日をはさんでブリアンソンのクリストフの家からラ・グラーブ村へ移動。ラ・グラーブからはゴンドラに乗って、一気に3000mへ。ゴンドラ駅のすぐ先からは広大な氷河が広がっていた。

ラ・グラーブからみるLa Meije北壁
La Meijeはいくつかの鋭鋒からなる山塊であり、最高峰はGrand Pic de la Meije 3983 m。北壁と南壁が屹立するLa Meijeは他の名だたるアルプスの山々が登攀された後も唯一未踏峰であったが、1877年地元フランス人カステルノーとガイド、ガスパールが初制覇した。
c0219616_15003314.jpg


ここからはピッケル・アイゼンの世界。確実にアイゼンを効かせながら氷河をつめる。下の写真中央・上の、山の中に突きあがる氷河上のコルを越える予定であった。
c0219616_15003352.jpg

しかし氷河上部には大きなクレバス。まず一番目のクレバスをなんとか越えたが、その先にもクレバスが続き、上部コルを越えることはできなかった。それにしてもマッターホルンプロジェクトにアイスクライミングまであるとは!
c0219616_15003456.jpg

予定を変更して別のコルを越えて南斜面へ出ると、またまったく別の世界が広がっていた。美しい。
c0219616_15003481.jpg

氷河地形の急坂を下りたどり着いたのがSelle小屋。急斜面にへばりつくように建てられていた。フランス人が二人、オランダ人が三人、日本人が二人、そしてガイドが二人。和気藹々と夕食を囲んだ。
c0219616_15302178.jpg
c0219616_15335749.jpg
Selle小屋からはいったんLa Meije南山麓のベラルドの村に下山し、再度La Meije南壁を目指した。美しいエタンソンの谷を黙々と登る。白い花崗岩の岩山、青い空、緑の草原と針葉樹の森。クリストフの足並みは速く、ゆっくりと景色に浸っていることはできなかった。
c0219616_15075163.jpg
c0219616_15003445.jpg


途中、クリストフのガイド仲間とすれちがった。大切な山の情報交換。上部氷河で大きな落石があり、一人が負傷したらしい。クリストフが指差しているのがLa Meije南壁。

c0219616_15003408.jpg
途中の山小屋で小休止。大きな大きなオムレツをいただいた。中にはぎっしりとチーズとハムが詰まっていた。衣子が一人で食べたわけではありません。三人で仲良く分けました。
c0219616_15003547.jpg
c0219616_15020249.jpg
さらにこの山小屋から登ること800m。やっとの思いで標高3092mのPromontoire小屋に辿り着いた。きつかった!行動時間11時間、28kmを歩いた。
c0219616_15003540.jpg
c0219616_15075167.jpg
ところでこの素晴らしいLa Meije南壁上、どこに山小屋が建っているかおわかりかな? 写真中央やや左寄りのやや上、白い小屋がぽつんと見える。

c0219616_15020280.jpg
Promontoire小屋は、La Meije登山基地。小屋には詳しいルート写真があり、さらに詳細なポイントマップも置かれていた。我々は上を目指さない。左下に引かれた黒い線のルートを行く。
c0219616_15020270.jpg

素晴らしい雰囲気の山小屋だった。小屋の主人が、山の注意点、天気予報を皆に説明する。日本語でないのが残念。
c0219616_15020251.jpg

山小屋で誕生日。みんなでハッピバースデイの歌を合唱した。
c0219616_15020298.jpg
夕食後、暮れ行くエタンソンの谷を見下ろす。ため息がもれるほど美しい。
c0219616_15101423.jpg

夕焼けに染まるLa Meijeの鋭鋒群
c0219616_15101406.jpg

明日越えるコル。氷河上にある。
c0219616_15101479.jpg

朝4時、ヘッドランプを点して山小屋を出発。朝日が昇るころ、コルに達した。
c0219616_15101499.jpg

それにしても、凄いとこまで来たもんだ!
c0219616_15101580.jpg
c0219616_15101560.jpg

コルを越えるとまた大氷河!
c0219616_15101509.jpg

登って下りて、また登って、そして最後に岩壁の下降訓練が待っていた。
c0219616_15101502.jpg
c0219616_15101347.jpg
c0219616_15101529.jpg
美しい La Meije、どうもありがとう。次に来るときは山頂へ。その前にマッターホルンに行かなければ。計7日間のマッターホルンプロジェクト訓練が終わった。

[PR]
by kobayashi-skin-c | 2018-08-23 16:10 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2018年8月『マッターホルンプロジェクト始動』August 2018 "Matterhorn Poject -Part I"
2016年に登頂できなかった憧れの山「マッターホルン」に再度挑戦。2回目の挑戦をするからには、より難易度の高いイタリア側からのルート(リオン稜)をとることとした。ガイドには長年の友であり、アルプス・オートルート・スキー、モンブラン登頂を導いてくれたフランス人ガイド、クリストフ・ケルン氏に依頼した。

8月1日未明に日本を出発し、ロンドンを経由して同日夕刻にイタリア・トリノに到着。クリストフの出迎えを受けた。クリストフの根拠地はアルプス山脈の南西端、エクラン山塊に抱かれるブリアンソンの町。トリノからは車で約2時間の距離のところにある。

マッターホルン登頂に備えクリストフが準備したプランは、
第1-3日 Queyras Mountainsで岩稜、岩壁のクライミング。
第4日目を休息日とし、
第5-7日 エクラン山塊の名峰ラ・メージュ La Meije で高所順応、ピッケル・アイゼン訓練。
第8日目 ブリアンソンからマッターホルンイタリア側の登山基地チェルビニァへ車で移動、そして標高2600mのアブルッツォ小屋へ。
第9日目 アブルッツォ小屋から標高3800mのカレル小屋へ。
第10日目 マッターホルン登頂
素晴らしい計画、でもちょっと盛りだくさんなのが恐ろしい。
c0219616_12273462.jpg
第1日目、晴天の朝を向かえ、Queyras Mountains (クイラ自然公園)に向かった。サンヴェランの村で車を降りて歩くこと約2時間、小さな湖(Lac Blanche)のほとりに立つ山小屋に到着した。そして午後からは湖の向こうにそそり立つ岩山(Rocca Bianca)でクライミング訓練。クリストフのガイドでは、初めてのクライミング。英語での意思疎通が一番の目的。もちろん我々のクライミングの力量を測る目的もあるのだろう。
c0219616_12273464.jpg
c0219616_12273511.jpg
c0219616_12273540.jpg
岩の取付き点から見下ろす湖と山小屋。

c0219616_12273546.jpg
最初からいきなりきついクライミング。時差ぼけもいっぺんに吹き飛んだ。
c0219616_12265325.jpg
c0219616_12265363.jpg
これがクリストフ!冗談をよく言うが、きっちりと確保し、きっちりと教えてくれる。


無事Rocca Biancoを上り終えてイエイッ!
c0219616_12273588.jpg

c0219616_17384199.jpg
山小屋 Refuge de la Blanche は、青い湖と緑の草原に囲まれた素晴らしいところ。シャワーもあり、食事もワインもトレビアン!

夕食が終わり日が沈む頃、クリストフが訪れていた子供たちに山の物語を聞かせていた。
c0219616_12273449.jpg


第2日目は、標高2500mの山小屋から3500mの小ピーク登り、岩稜歩きと、少し難易度の高いクライミング。日が昇るころに小屋を出発。小ピークからはマッターホルンが望めるはずだったのだが、少しかすんで見えなかった。
c0219616_17464419.jpg
朝焼けのQueyras Mountainsを映し出すLac Blanche。こんな美しいところがあっていいのだろうか、と息を呑むほど。

c0219616_17464587.jpg
Queyras Mountainsは、草原と、荒々しい岩山、そして数々の氷河湖が織りなす美しいところ。草原には花が咲き乱れ、岩山にはカモシカ(シャモア)が遊んでいた。道なき草原、あやうくエーデルワイスの花を踏んづけるところ。
c0219616_17464527.jpg
c0219616_17464541.jpg
c0219616_17472955.jpg
c0219616_17472926.jpg
背後の尖った山が La Tete des Toillies 3175m。明日山頂を目指す。かっこいいけど、尖ってんね!

c0219616_17552626.jpg
行く手の稜線が今日の訓練場所。ところどころ、ナイフリッジになっている。眺めただけで少しビビッてしまったが、登るともっと大変。岩が大変もろく、つかむ岩つかむ岩が簡単に剥がれ落ちる。結局真ん中のピークまで行って迂回路を歩くこととなった。しかしその下り道で衣子が右足を滑らせ、左ひざを強度に捻ることになり、痛みを残すこととなった。

c0219616_17464518.jpg
行く手に聳える岩塔が Le Rouchon 2929m。頂上からの懸垂下降が楽しかった。クリストフは「アップ・セーリング」と言っていた。われわれが言うロープダウンも「アップ・セーリング」だった。いろいろと用語が違う。
c0219616_17464601.jpg

第3日目も晴天の朝を迎える。
c0219616_07181154.jpg
右の黒い山が今日の目標、La Tete des Toillies 3175m。左の白い岩山は初日にクライムしたRocca Bianca。衣子は昨日痛めた左膝が腫れはじめていたので、大事をとって小屋で待機。

c0219616_07222679.jpg
間近でみる頂上岩塔。尖っている。クリストフのリードでクライミング開始!
c0219616_07222605.jpg


岩は概してツルツル、ホールドを探すのに手間取る。
c0219616_07225691.jpg


このスラブを登るとき、左足がスリップ。思わずヒヤリ!クリストフがしっかりとロープを確保。もう少し体を起こして、爪先立ちにならないようにすべきであったと反省した。
c0219616_07222709.jpg


最終ピッチはまるで空中に浮いているようで、気持ち良かった。
c0219616_07225638.jpg

クリストフが「手を振れ」と言う。
c0219616_07225660.jpg

頂上には大きな十字架が立てられていた。マッターホルンのイタリア側頂上にも十字架があるという。
c0219616_07225648.jpg
ありがとう、クリストフ!
c0219616_07222700.jpg

山小屋で衣子と合流し、麓の村サン・ヴェランに戻った。Queyrasには家族連れでハイキング、トレッキングを楽しむ人々が多くいた。小さな子供がロバに乗せられて登ってきた。楽しそう。
c0219616_07334359.jpg


c0219616_07334430.jpg
サン・ヴェランの村は標高2042mにあり、ヨーロッパの村では最も高い場所にあり、「フランスの美しい村」のひとつに認定されている。

衣子の膝に不安を残したが、マッターホルンプロジェクトは楽しく、無事にスタートした。


[PR]
by kobayashi-skin-c | 2018-08-23 07:55 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2018年7月『星と月とそして山と』 July 2018 "The Star, the Moon, and the Mountain"
山の稜線歩きで最大の楽しみが朝日と夕日。南北に伸びる日本アルプスの稜線小屋に泊まると、東の朝日、西の夕日を必ず見ることができる。もちろん、晴れていれば、のことだが。
c0219616_14592564.jpg
夕日が沈むと皆寝床に帰っていく。でも、そこからまだドラマは続く。空と地球の境目は濃い茜色に染まり、その上にぽっかりと三日月、金星が浮かぶ。いつまでも見惚れているとやがて漆黒の闇となり、北極星が輝き、天の川が空を横切る。白馬山荘から旭岳のシルエット、そして月と金星。

c0219616_14592518.jpg
唐松岳頂上山荘から、唐松岳と不帰の嶮と、夕焼けの水平線。

c0219616_14592502.jpg
唐松岳頂上山荘から朝日を望む。

[PR]
by kobayashi-skin-c | 2018-07-25 15:14 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2018年7月『前穂高岳北尾根登攀』 July 2018 "Climbing the North Ridge of Mt MaeHotaka"
北アルプス白馬山域から穂高山域へと所を移し、前穂高岳北尾根登攀にチャレンジした。白馬スキー連盟副会長の清水伸也さんにガイドをお願いした。徳澤園で清水さんと合流したのち涸沢小屋に宿泊。翌早朝、まだ暗いうちに小屋を出発し、涸沢を横切り5・6のコルから北尾根に取り付いた。紺碧の空の下、岩を攀じ登り、スカイラインの世界に浸った。


c0219616_13160882.jpg
徳沢からみる明神岳と前穂高岳。青い空に心が躍る。

c0219616_13160833.jpg
涸沢小屋から目指す前穂高北尾根を望む。左端の頂きが6峰、右へ5峰、4峰、3峰、2峰、そして最終こぶの1峰(前穂山頂)へといたる。涸沢にはまだ雪がたっぷり。

c0219616_13160976.jpg
山を眺めながら飲むビールは最高!1杯目は生ビール、2杯目は自販機で。ビールのボタンを押したはずがこんな缶がゴロン。一瞬長野りんごジュースが出てきたと目を疑ったが「黒ラベル」だった。


翌朝は3:30amに起床。簡単に朝食を済ませ、ヘッドランプを点して涸沢小屋を出発。残雪の涸沢はアイゼン、ピッケルで登った。
c0219616_13160927.jpg
5・6のコルを目指す頃、穂高の峰々が朝日に照らされた。荘厳な景色に大感激。
c0219616_13160811.jpg
c0219616_14152081.jpg
c0219616_14152080.jpg
スペースのある5・6のコルで登攀準備を済ませ、いよいよ北尾根登攀へ。「清水さん、よろしくお願いします!」。


c0219616_14152073.jpg
5峰頂上にて。昨年歩いた北穂高岳、槍ヶ岳をバックに。


c0219616_14152095.jpg
これが、核心部の北尾根3峰。

c0219616_14152137.jpg
c0219616_14152138.jpg
c0219616_14152128.jpg
c0219616_14243712.jpg
c0219616_14243776.jpg
c0219616_14243769.jpg
9:50am、前穂高岳山頂へ。爽快の一言に尽きる。何故こんなにも晴天に恵まれたのか、天恵というしかない。天に感謝、清水さんのガイドに感謝、そして一緒に登った衣子に感謝。

前穂頂上から、岳沢を経由して無事、上高地に下山した。あそこに登り、あそこから下山してきた。よく頑張った。
c0219616_14243758.jpg

素晴らしい山行であった。この経験がマッターホルンに生きるだろう。

[PR]
by kobayashi-skin-c | 2018-07-25 14:32 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2018年7月『北アルプス白馬岳から唐松岳へ』 July 2018 "Japan Alps: From Mt Hakuba to Mt Karamatsu"
今年の夏も北アルプスの山行を満喫することができた。
はじめての白馬岳。まずは猿倉登山口から白馬大雪渓を登り山頂へ。白馬山荘に泊まり、翌日は不帰の嶮を越えて唐松岳への縦走。唐松岳頂上山荘に泊まり、八方尾根を下った。

c0219616_10410433.jpg
白馬尻小屋を出てすぐにキヌガサソウの群落を見つけた。北海道では見ることができない花にみとれる。そしてすぐに大雪渓が現れた。

c0219616_10410504.jpg
標高差600m、約2㌔の雪渓は涼しく歩きやすい。12本爪アイゼンを装着したのでまったくスリップなく快調にとばした。ただときおり落石の音がこだまし、先行者の「ら~~く」の声がとびかう。白馬岳側の尾根から数メートルの大きさの岩がゆっくりとゴロゴロ転がってきたのには肝を冷やした。そして葱平(ねぶかっぴら)でアイゼンを脱ぎ尾根筋の登山道を登った。葱平だから雪渓歩きのあとは平らな道かと思ったら、急坂が続く。標高2500mを越えるのでだいぶ息があがった。道脇に咲く花々にしばし癒される。
c0219616_10410518.jpg
白馬山荘が目前に迫ってきた。お花畑の上にそびえる天空の城のようだ。
c0219616_10580368.jpg

山荘に荷物をデポしてすぐに山頂に向かった。白馬岳2932.2m。
c0219616_10581055.jpg
夕刻はスカイレストラン!でジョッキに注がれた生ビールを飲み、夕陽に照らされる北アルプスのスカイラインに見惚れ、そして日本海に沈む夕日を見送った。
c0219616_10410538.jpg
これが山小屋だなんて信じられないよな!

c0219616_10410554.jpg
右端の三角錐が剱岳、たくさんの雪渓を抱く立山連峰、ずっと左の遠くに槍ヶ岳、穂高岳!

c0219616_10410414.jpg
そして、夕日は富山湾、能登半島の向こうの日本海に沈んでいった。

2日目、5:00amの朝食を済ませ白馬山荘を出発。白馬杓子岳、白馬鑓ヶ岳、天狗平を越して、いよいよ不帰の嶮。高度感たっぷりの岩稜をアップダウンし、唐松岳山頂へといたった。唐松岳頂上山荘は後立山連峰屈指の眺望の山小屋。
c0219616_12332781.jpg
白馬岳山頂をバックにお花畑の中で。

c0219616_12332710.jpg
白馬鑓ヶ岳山頂にて。後は白馬岳。

c0219616_12325455.jpg
大好きな花々。ミヤマオダマキ、ウルップソウ。あっ、ライチョウ一家が!
c0219616_12310376.jpg
c0219616_12310283.jpg
この写真の中、あかちゃんライチョウを何羽見つけられるかな?

不帰の嶮が迫る。まずは「天狗の大下り」から。一枚スラブ状の岩壁をクサリを頼りに降りる。
c0219616_12332854.jpg
降りた先に不帰の嶮1峰、2峰、3峰が立ちはだかる。
c0219616_12332861.jpg
c0219616_12332820.jpg
最難関の2峰北峰頂上にて。

c0219616_12332875.jpg
6時間半の縦走のフィナーレ、唐松岳山頂。今日も眼前に剱岳がその美しい頂を見せていた。
c0219616_12332743.jpg
稜線上に立つ唐松岳山頂山荘を目指す。
今夕も素敵な夕陽が待っていた。残照の北アルプスと不帰の嶮に沈む夕日。
c0219616_12520759.jpg
c0219616_12520729.jpg

三日目、朝日を拝す。
c0219616_12534165.jpg
5:30amの朝食を摂り、八方尾根を下山。ゴンドラ、リフト客が登ってこない、まだ人のいない八方池を目指した。
c0219616_12562858.jpg
下山路からは五竜岳、鹿島槍ヶ岳を望むことができた。あっちまで足を伸ばしたかったな。

c0219616_12562817.jpg
八方池は風のためさざ波がたち、鏡の様ではなかったが、白馬三山、不帰の嶮を映し出していた。

c0219616_12562811.jpg
誰もいなかった八方池に、朝一番のゴンドラ・リフトで上がってきた人たちが現れた。この三人組「シュパーーッ」と音をたてて、おいしそうにビールを飲み始めた。まだ朝8時だぜ!

c0219616_12562761.jpg
八方尾根リフト乗り場付近の湿原に咲くニッコウキスゲ。その向こうに白馬三山(左から白馬鑓、杓子、白馬)。右端に見える小屋の壁にはオリンピックの紋章が掲げられている。長野オリンピックスキー滑降のスタートハウスか。

リフト、ゴンドラを乗り継ぎ白馬村へ。さらにJRで松本市に移動し、上高地へと向かった。今回の目的『前穂高岳北尾根登攀』を目指す。上高地の奥、徳澤園に宿をとった。
c0219616_13130028.jpg

[PR]
by kobayashi-skin-c | 2018-07-25 11:08 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)
2018年5月 『北大キャンパス、春のオシドリ』 May 2018 "Mandalin Duck in Hokkaido Univeristy Campus"
「菜種梅雨」と言うのだろうか。今年の北海道のゴールデンウィークの天気はいまいち。天気予報を信じてごろ寝を決め込んでいたら、なんと、快晴の朝を迎えた。なんとも恨めしい。この落ち込んだ心を、北海道大学キャンパスのオシドリ夫婦が慰めてくれた。
c0219616_17073013.jpg
c0219616_17073159.jpg
c0219616_17073231.jpg
c0219616_17073198.jpg
c0219616_17073199.jpg
c0219616_17073148.jpg
もうすぐ雛も加わるのだろうな。
大都市札幌の一画に広がる自然、繋がる命、永遠に続け。

[PR]
by kobayashi-skin-c | 2018-05-04 17:12 | PHOTO & ESSAY | Comments(0)