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2010年1月、新しい乾癬の治療薬が登場しました。すでにお聞きの方も多いかと思いますが、2009年、全国の患者会有志が、この薬を必要とする方たちに一刻でも早く使っていただくことができるよう、厚生労働省に迅速審査の要望書の提出・署名活動を行い、早期の承認が実現したものです。皆さんがこのバイオロジックス(生物学的製剤)をより理解していただけるよう、その効果、副作用などについて、ご説明したいと思います。
バイオロジックスとは これらの薬が、生きた細胞(動物、植物、細菌、真菌を含む)で作られることから、バイオロジックス(生物学的製剤)と呼ばれています。今に限ったことではなく、北里柴三郎先生が破傷風やジフテリアの治療薬として開発したワクチンは、当時ウマを使って作られましたが、これも立派なバイオロジックスなのです。 ステロイドにしろ、ビタミンDにしろ、大半の薬剤は工場の機械の中で合成されて作られています。これら大量生産可能な薬と違って、今作られているバイオロジックスは細胞というたいへん、たいへん小さな生き物の中で作られることから、作られる量が少ない割に膨大な手間とコストがかかります。 その工場となる生きた細胞は、抗体と呼ばれるタンパクを作るためだけに特化したもので、一つの抗原(タンパク、ペプチド)だけに対して、一つの抗体だけを作らせることができます。この作られた抗体をモノクローナル(単クローン)抗体と呼びます。現在のバイオロジックスのほとんどが、このモノクローナル抗体です。何の抗原(タンパク、ペプチド)を標的にして無力化させるのか、その目的によってさまざまなモノクローナル抗体の創薬が可能です。最近ではがん細胞が持つタンパクを狙ったバイオロジックスも作られています。 乾癬の病気メカニズム、そして、そのピンポイント治療 乾癬が起こるメカニズムが近年の研究で急速に進み、免疫の異常な働きが明らかにされてきました。とくに、免疫の主役となるT細胞にその元があることが、図1のように分かってきました。そのT細胞の働きを調節する分子(タンパク)、T細胞が出す免疫作用物質(サイトカイン)をピンポイントで無力化させると、理論・実験的には乾癬が治ることになります。ピンポイント攻撃を可能とするのが、バイオロジックス=モノクローナル抗体です。バイオロジックスは、選択的標的療法とも呼ばれています。乾癬の病気メカニズムの研究で分かってきたいろいろな分子(タンパク)やサイトカインをその標的として、図2、表1のようにバイオロジックスが作られてきました。 その中でとくに良い効果を発揮したのが、TNFαというサイトカインを無力化させるバイオロジックスでした。現在、厚生労働省で審査中のInfliximab(インフリキシマブ、商品名:レミケード)、Adalimumab(アダリムマブ、商品名:ヒュミラ)です。そしてもう一つ、熱い注目を浴びているのが、T細胞の中でもTH17と呼ばれる細胞の働きを抑えるUstekinumab(抗IL-12/23 p40モノクローナル抗体)です。現在わが国でも開発試験中です。この三つのバイオロジックスの特徴を表2にまとめます。 Infliximab(インフリキシマブ、商品名:レミケード) インフリキシマブ、商品名:レミケードは、TNFαを無力化させるために作られたモノクローナル抗体です。この抗体はマウス(ネズミ)の細胞を工場として作られています。ただし、ネズミの抗体をそのままヒトに注射すると拒絶反応を起こしますので、TNFαを無力化させる部分はそのままですが、その他の部分はヒト型のタンパクに置き換えられています。それでも、一部にネズミのタンパク部分があるので、弱い拒絶反応が起こる場合があります(点滴注射中の発熱、吐き気など)。また長く使っているとヒトの体の中に中和抗体が生じ、抵抗性となってしまいます。 点滴注射で最初の2回は2週おきに、それ以降は2ヶ月に1回の注射を続けます。PASI 75という効果指標(注釈を参考)で、73~82%という高い効力を発揮します。わが国では、関節リウマチ、クローン病で使われています。 Adalimumab(アダリムマブ、商品名:ヒュミラ) アダリムマブ、商品名:ヒュミラは、TNFαを無力化させるために作られたモノクローナル抗体です。この抗体はヒトの細胞を工場として作られているので、拒絶反応はなく、また皮下注射できますので、自宅での治療が可能です。ヒトの細胞を工場として作られたヒトのモノクローナル抗体であることから、インフリキシマブよりも若干効果が劣ります(PASI 75は、53~80%)。 専用の注射器で2週間に1回、皮下注射を続けます。2008年から関節リウマチの患者さんに使われています。 Ustekinumab(抗IL-12/23 p40モノクローナル抗体) 乾癬の病気メカニズムの観点から、いま一番注目されているバイオロジックスです。最近行われた開発試験では、優れた効果と、高い忍容性(副作用が少ないこと)が確認されました。わが国での開発試験は現在進行形で、認可までにはあと数年は要するでしょう。 ヒト型のモノクローナル抗体であり、2~6ヶ月に1回の皮下注射でよいと言われています。 バイオロジックスの副作用 バイオロジックスは、乾癬病気メカニズムに即したピンポイント攻撃可能な治療法ですが、乾癬の病気の部分だけではなく、体全体の免疫力にも影響を与えます。いちばん懸念されるのが、免疫力低下よる感染症です。インフリキシマブを使っていたリウマチ患者さんで、約3%の頻度で重症感染症が起こっています。肺炎、カリニー性肺炎、結核などです。とくにわが国では、結核を潜在的に持っている人が多いため、バイオロジックス治療前にはツベルクリン検査を含め、注意をすることが大切です。 また、予測もしていなかった副作用が生じていることも事実です。関節リウマチ、クローン病患者さんのバイオロジックス治療中に、乾癬、掌蹠膿疱症(限局性膿疱性乾癬)が生じた症例が報告されています。そのほかにも、心臓(うっ血性心不全)、脳細胞への影響(脱髄性疾患、多発性硬化症など)も指摘されています。 バイオロジックスはまったく新しい治療法であり、免疫反応の全容もまだまだ分かっていない部分が多いことから、今までの知識で予想できない副作用が生じることがあるのです。バイオロジックスを始めるに当たっては、治療を受ける患者さんも、また治療を行う私たちも、細心の注意と緻密な検討が必要と思われます。 バイオロジックスのコスト バイオロジックスを作るには膨大な手間とコストがかかっているため、治療の際の費用も大きなものです。症状・体重により若干の差はありますが、一年間で約200万円(詳細は表を参照)がかかります。乾癬の病気の性質上、症状を抑えるために治療は長期にわたります。この費用上の問題点をいかに克服するか、みんなの知恵が必要です。乾癬のつらさに分け隔てはありません。治療に分け隔てが生じることがないよう、みんなで考えましょう。 注釈 PASI 75とは、Psoriasis Area Severity Index 75%改善、のことを表します。PASIスコアが治療以前の75%以下になることを指し、寛解に近い状態を得ることと言ってよいでしょう。 図・表を掲載したパンフレットがクリニックに用意されています。 #
by kobayashi-skin-c
| 2010-10-27 15:34
| よくある疾患Q&A
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9月3-4日、山口県宇部市で第25回日本乾癬学会が開催されました。別府市城島高原のホテルで開かれた第1回乾癬研究会から四半世紀が過ぎたことになります。今回の学会を主催した山口大学皮膚科教授武藤先生も次のような言葉を、プログラムの巻頭言で述べられています。
「顧みますと、ここ十余年間に免疫学・細胞生物学はめざましい進歩を遂げ、免疫学の精緻な理論に裏付けられた生物製剤の開発・臨床応用が現実のものとなり、乾癬は不治の病ではなく、制御可能な疾患といえるようになりつつあることは、患者さんのみならず、皮膚科医にとっても大きな喜びであります。」 武藤先生の言葉の中にあるように、今年の1月から乾癬治療の現場で使うことが可能になった生物学的製剤の登場が、この学会を特徴づけていました。昨年までは招待講演の中で、海外のデータが外国人の先生によって紹介されるぐらいにとどまっていましたが、今年の乾癬学会の一般演題では生物学製剤関連の報告がじつに25もの数に上りました。生物学的製剤の登場を待ちかねていたかのように、多くの患者さんで使用され、そしてその投与方法の工夫、効果、副作用が報告、討議されたわけです。一般演題のみならず、特別講演、シンポジウムなどで、7人の先生からの講演もありました。 生物学的製剤の詳しい内容は、このブログ中「よくある疾患」の項を参照にしてください。さて、今回の報告の中では目立った大きな副作用もなく、生物学的製剤は安全に使われているようですが、効果の面ではかならずしも満点ではないようです。費用対効果の面からは、すべての乾癬患者さんにお勧めできる治療ではありません。いままでの外用治療、紫外線治療、内服薬による治療が大切であることに変わりありません。飛躍的に進んだ乾癬の発病メカニズムの解析から生み出された生物学的製剤ですが、かならずしもピンポイント治療にはなっていないようです。生物学的製剤が逆に、乾癬・膿疱性乾癬様の副作用を起こすこともあります。まだまだ分かっていないメカニズム、原因があるのです。 生物学的製剤を乾癬治療の現場でいかに生かすか、そのことについて京都大学皮膚科教授、宮地先生が次のように述べられています。 乾癬治療を考える -これからの治療戦略- 「どこまで登る『乾癬』ピラミッド」 「生物学的製剤をふくめて、いずれの治療もまだ対症的療法の域を出ていない。生物学的製剤は治療標的を次第に狭めつつあり、乾癬という高い頂きを目指してはいるものの、現実の日常診療ではいまだ麓にとどまっているのが実情であろう。・・・・・・・・、生物我的製剤が治療の選択を広げ、患者にとって大きな福音となったことは論を俟たないが、結局は、患者ごとに異なるピラミッド計画を策定し、外用剤から生物学的製剤までを併用あるいは使い分けることが皮膚科医の腕の見せ所である。」 会場からの「価値観、人生観がさまざまである患者さんと、互いにピラミッドの頂をながめながら、どのようなことをゴールとして目指すことを提案するのですか?」の質問に対し、宮地先生は「乾癬はコントロール可能な疾患であり、患者さんが幸せに生きることに障害とならないよう、いま手にすることができる最良の治療を選択することが大切である。」とお答えになっていました。 今回の学会であったユニークな提案に、シンポジウム「乾癬治療のエキスパート育成を目指して」があります。なかでも、「乾癬患者会との関わり-患者の声を聞いて-」のテーマで、お二人の先生が発表された講演には感銘を受けました。 群馬大学、安倍正敏先生は「患者会と適切な距離感を保つ重要性」と題し、「・・・・、他方、患者との懇親の場ではとことん距離を近くする。患者と酒を酌み交わすことに異論もあろうが、私にとって患者のホンネを知る貴重な時間は「乾癬治療のエキスパート育成」の大切な課外授業である。」の内容を、そして大分県立病院 佐藤俊宏先生は、「患者は患者を救う、医師も救われる」と題して、「患者の気持ちは同じ病気に悩む患者が一番よく理解できる、患者はかたわらにいるだけで患者を救うことができるのである。そして患者会活動はその範囲にとどまらず、多くの方々が熱心に勉強し、最新の情報を共有している。この情報は医師にとっても有益であり、私は大いに救われてきた。また全国の患者会による署名活動のおかげで私たちは生物学的製剤の使用をいち早く手にすることができた。すべての患者、皮膚科医が救われている。」の内容をお話しされました。また医師のみならずエキスパートナースの重要性も、聖路加国際病院皮膚科看護師の金児玉青さんから報告されました。 最後に東京慈恵医大から発表された「一般社会における乾癬に対する認識度調査」を紹介します。 乾癬の罹患がなく、家族にも患者がいない一般人1030名(20~60歳の男女)に対して、インターネットで調査を行なったとのことです。 結果① 「乾癬」 という病気を知っているか? 知っていた9.5% 聞いたことがある 40.9% 知らなかった49.6% 結果② 「乾癬」を認識していた50.4%(519名)の認知の内容は、 かゆみが激しい病気66.5% 皮膚がはがれる病気51.1% 原因は感染症33% 電車やレストランでの同席を避ける47% 入浴、水泳中の接触を避ける76% 自身が乾癬だったら肌を出したくない72% 自身が乾癬だったら精神的につらい61% (結 語)日本社会一般での乾癬に対する認知度は低く、乾癬の特徴として「症状がうつる」、発症原因として「乾癬→かんせん=感染、伝染性」という誤解が根強い。乾癬患者のQoL向上の一環として、患者会と乾癬学会による正しい広報活動を行なっていくことが重要である 。 生物学的製剤の登場により大きく様変わりすることが確実な乾癬治療ですが、やはり患者さんと一緒に歩みを進めながら治療法を選択したり、治療を続けたり、あるいは乾癬の正しい理解をふかめるための社会活動も繰り広げたり、もちろん生物学的製剤だけではなくさまざまな治療法に精通した乾癬治療エキスパートでありたいと実感した2日間でした。 学会終了後には、全国患者会が主催した学習懇談会も開催され、山口大学の山口先生が参加された大勢の患者さんに乾癬を分かりやすく講演されました。その後の懇親会では、それこそ「とことん距離を近くする」宴会場で全国患者会の皆さんと懇談することができました。涙と笑いの連続でしたが、患者会の輪は山口県にも広がりそうです。 #
by kobayashi-skin-c
| 2010-10-27 15:24
| 「皮膚の健康教室」抄録
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乾癬、シャルコー・マリー・トゥース病を持ちながらも前向きに生き、乾癬患者会作りに、また乾癬の会を全国に広めるために奔走された岡部伸雄さんからお話をお伺いしました。岡部さんは、豊富温泉湯快宿の前管理人であり、その当時の思い出深い写真、短歌も交えながらのお話で、たいへん感銘深いものでした。
岡部さんの短歌のいくつかをご紹介させていただきます。 持つすべを 人に捧ぐる喜びよ 知る人ぞ知る これぞ生きがひ 黄昏の 海辺に遊ぶ 君たちに 笑いと夢を 僕はあげたい 最北の 温泉郷に点る灯と いで湯に明日をたくしていやす 岡部さんが患者会を通して得たことには次のようなことがあったとのことで、前向きに生きること、病気をコントロールする力を得ることが大切とお話しされました。 •思いを語り合える場を持てたこと-交流・懇談会・会報・個別つながり・相談・湯治ツアー •世界的、全国的な最先端医療を聴く事ができたこと-全国・地域的学習懇談会、会報、患者世界会議 •「自分だけなぜこんな目に」の孤立感から解放されたこと •自らはもとより、他の人の幸せをも考えられる豊かさを持てたこと -活動持続の源泉 •病気を持っていても楽しく生きるすべを身につけられたこと また岡部さんの経験から、これから望まれる良い医療とは、 •① 患者の話をよく聴く ② 治療方法を丁寧に話し患者の選択権を認める ③ 患者(会)と共によりよき医療を研究するー運動の中でつかんだ三つの判断基準 •これからの医療は「患者・医師の協力共同、患者は聞くばかりでなく語れ、全国に患者会を」(2003年飛騨高山での当時の日本乾癬学会理事長金子先生の談話) •原点は「医療の民主主義」(2004年山形での米国カリフォルニア大学クー先生の講演) •小林先生の全人的医療 岡部さんのこれらの短歌、写真、そして随想は自らのホームページ『乾癬と暮らす』をご覧ください。 http://www2.ocn.ne.jp/~nob300/ #
by kobayashi-skin-c
| 2010-09-29 14:23
| 「皮膚の健康教室」抄録
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2010年は異例の暑さで紅葉は遅れるものと思っていた。そして暑さで焼けた木々の葉は、無残な茶色に焼け焦げているものと思っていた。けれども訪れた9月の大雪の山々の頂近くには、素晴らしい紅葉が広がっていた。
愛山渓温泉から永山岳、安足間岳、そして愛別岳 永山岳に広がるウラシマツツジの紅葉 ![]() ![]() 永山岳から望む愛別岳、この後は霧に隠れてしまった ![]() 層雲峡から黒岳へ、そしてお鉢巡り ナナカマドの向うに凌雲岳 ![]() チングルマの赤い絨毯、その向うに北海岳 ![]() 北海沢の紅葉、後の山は北海道第二の高峰、北鎮岳 ![]() 冷え込んだ朝、紅いウラシマツツジの葉を霜が縁取る ![]() 紅葉を欲張った翌週の旭岳は一面の銀世界。6日前の紅葉が嘘のように葉を落とし、赤いナナカマドの実だけが秋の名残を留めていた。群青色の空、白い雪、ハイマツの緑も素晴らしかったが、すでに冬山。目指した中岳分岐では、前日に遭難・凍死事故が起こっていた。 白銀の旭岳 ![]() わずかに残る紅葉と、後方の当麻岳、安足間岳 ![]() 旭岳山麓の宿「アートヴィレッジ杜季」の窓辺から、旭岳を望む ![]() #
by kobayashi-skin-c
| 2010-09-29 13:49
| PHOTO & ESSAY
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初秋の十勝岳を訪れた。秋晴れの空のもと、望岳台の登山口からまず美瑛岳に登り、十勝岳へと縦走した。美瑛岳への登りでは、エゾオヤマノリンドウ、タカネオミナエシ、イワギキョウの秋の花々が山を彩っていた。十勝岳は一変して灰色の火山礫と火山灰に覆われ、月面のような不気味で無機質な山肌。二つの異なった山に堪能した。
エゾオヤマノリンドウと美瑛岳、左後方は美瑛富士 ![]() 美瑛岳から十勝岳の縦走路、滑りやすい火山灰で覆われた道をいく ![]() 望岳台から今日登った山を振り返る、左が美瑛岳、右が十勝岳 ![]() #
by kobayashi-skin-c
| 2010-09-29 13:15
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